死体と旅する私。
椎出啓
序
この中華の帝国において、方士というものが現れたのは、かれこれ千年以上前、という。はじめは仙人を目指す修行者のことを言っていたのだが、人の身でちょいと数十年修行して、それで仙人になれれば苦労しない。仙人とはもっと別の存在なのだ……として、方士の在り方は少しずつ変わってきた。仙術とは言わなくても『物事の道理』にもの申す術は確立しつつある。それを使って生活を便利にする技術者——南蛮西戎では「まほうつかい」とかいうような、そんなのが、この時代の方士だ。
方士のやる仕事にはいろいろなものがあるが、大体はまじない、厄除け、健康祈願。しょせん人のやることだから抜群の効き目とはいかないが、それでもいろいろ役に立つから、食いっぱぐれない。その程度にはオイシい仕事なので、まあ人としては下の下のようなのも時々いる。だが、そんな下の下でもやりたがらない仕事が、方士にはあった。それが屍人術(きょんしーじゅつ)である。
屍人術は方士が不老不死を目指していた頃からある術で、ぶっちゃけて言えば『死体を操る』術のことだ。故郷から離れたところで死んだ奴を、無理矢理死体を動かして自分の足で故郷まで歩かせる。ほらな、あんまりやりたくない仕事だろ。損傷が激しい死体だとたまに途中で崩れたりするしな。
さて、そんな嫌な話をしていたのには、理由がある。
今、方士である私は、死体を一つ預かったのだ。『じゃあ、よろしく頼むよ』と。ずいぶん遠くだ。足代は貰えるが、これから当分は死体と仲良くふたり旅、というわけで。
いやあ、どんな死体だろうな。
ここは北狄との戦場も近い邑だ。戦死体だ、と聞いている。だいたいこういうのは、丈夫だけどあちこち『死にそうな』傷で痛んでる。途中でいろいろ『もげ』たり『千切れ』たり『こぼれ』たりする。その度きれいにするのも方士の仕事。あまり割には合わないが——まあそれでも、久々の仕事だ。
死体を寝かせてあるのはこの奥だ、と建物に通されて、いよいよご対面である。広い部屋の床に白い布を敷いて、その上に『そいつ』は寝かされている——と。
「おい、戦死体と聞いてたが?」
「その通り。戦死体だ。女の」
『そいつ』は若い女だった。まあ時には兵として女が混じることもあるんだが、あまり聞かない。しかも『そいつ』は金髪だった。鼻筋はわたしら中華の人間に比べてずいぶん高い。死んでるんで目は閉じてあるが、多分碧眼だろう。
「いやいや、こりゃどう見ても西戎の女じゃあねえか! まさかそこまで連れて行けってんじゃないだろうね!?」
「元々は都の総領事館にいた、軍官って話だ。北狄とのドンパチを見たいってんでここまで来たらしいが、ドンと撃たれたのは自分の頭だった、ってこったな』
なるほど『そいつ』の後頭部には布が巻かれている。『中身』が幾ばくかこぼれたのだろうか。
「そりゃなんともお気の毒……」
気になることは無くもないが、別に国や生まれが違っても屍人術は効くだろう。都までなら、そんな危険なこともあるまい。
「はあ。まあ仕事だ、やるよ。これから術を始める。ちいとばかり時間が必要だから、その間ここには人が入らないようにしておくれ。騒がれても面倒だし」
あ、ああと小太りの男(結局どこの誰って言ってたか?まあ金はもう貰ったのでどうでもいい)は出て行き、この部屋は方士の私と、死体の『そいつ』だけになった。
死体と旅する私。 椎出啓 @siidekei
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