第一章 チーズダメですか
お前要らねー
「はいよ」
俺は三枚の金貨を投げ付けられた。
別に、珍しくもなんともない。
むしろ、嬉しかった。
これが、いつもの事だから。
「じゃあなノージ、手切れ金だと思ってとっとと失せな」
でも、次の一言は嬉しくなかった。
「そんな、俺はずっとお前たちと」
「お前たちじゃねえだろ、アックー様達だろ」
アックーの言葉に、俺は完全に失望した。
これまで数年間、一緒にやって来たのに。
「ああお前口の利き方なってねえから一枚没収。もう一度言う、とっとと失せろ」
「アックー、そこまで」
「ルワーダ、お前俺に逆らうわけ?」
で、そのアックーは俺の仲間だった戦士の首元に剣を差し出し、黙って従うか自分に殺されるかの二択を迫っている。
「だいたいだ、こいつが俺達「閃光の英傑」で何をやってたかお前忘れたのか?もしかしてお前の舌はこいつにすっかり支配されたのか?」
「……」
「本当にお前は胃袋で動いてるんだな、この隠れデブ」
ルワーダは確かに厚い鎧を着ているけどその下はむしろ細身だ。
ああ、そんな事を言っている間に、本当に金貨を一枚持って行った!
「だいたい閃光の英傑と言えばもはやAランクパーティーよ?それがどうしてお前みたいな飯炊き&荷物持ちを抱えてなきゃならねえわけ?ああ飯炊きっつーか、飯配りだな、アッハッハッハッハッハッハッハ!」
で、その金貨を指で弾きながら笑う。本当に楽しそうに笑う。
これまで、いっぺんも見せた事のない笑顔で笑う。
「ノージ?俺様はすごく優しいんだぞ?これまでたくさんの魔物を狩りとって、そのおこぼれをお前に分けてやったのをすっぱり忘れたのか?
ああそうだよな、チーズの事しか頭にねえもんな!」
チーズ。そう、俺はそれしか能がない。
俺がまともに人間扱いされるようになったのは十歳の時だ。
それまでは村中の大人からきつい仕事ばかり押し付けられて寝る事だけが幸せと言う人生を送っていた俺は、あまりの空腹に耐えかねてじっといるかどうかわからない神様に祈った。
すると、手の中から見た事のなかった食べ物が出て来た。
それをチーズって言う事を知ったのは、それからひと月後の事だ。
「何よその言い草!」
「ギビキ、お前も人のいいこったな」
「どうしてもって言うんなら私も付いてくから」
「ああ勝手にしろ」
その名前を教えてくれた、幼馴染のギビキ。
彼女だけはいつもこうだった。こうして俺を守ってくれていた。
「あの、すまなかったな、ノージ」
「黙れよデブ、お前給料減らすぞ」
剣がルワーダの首筋に食い込んでいる。
アックーは勇者とか英雄とか、そんな力を持っている。本当に武器をうまく使いこなす。
「わかったらどうすべきかわかっているだろ?ハッハッハ…………」
俺は、もうどうにもしようがなかった。
「チーズ、くれる?」
「はい」
俺とギビキは草原に座りこんで、チーズを食べた。
ちょうど正方形のチーズを、半分に切って。
「おいしいねこれ」
「ありがとうな」
「ノージってどうしてこんな物を出せるのかしら」
「わからないよ、もしかしたらタレントって奴なのかな」
「たぶんそれだよ」
タレント。つまり才能の事だ。
ギビキは昔っからとんでもない魔法を使えた。たくさんの魔物や雑草を焼いたり、強風で吹き飛ばしたり。
そのギビキに連れられて出会ったのがあのアックーとルワーダで、ルワーダは単純にとんでもない力を持っていた戦士で、そしてアックーは勇者だった。
「アックーは本当に強い。どんな魔物でもアックーが倒してた」
「そうよね」
「ルワーダは本当にガチガチで守りが固くてついでに力も強くてな」
「そうね」
「で、お前は本当に魔力が高くてな」
「そうね」
ギビキと話していると本当、いやな事も全部忘れられる。
「そしてなぜかわからないけど、あなたのチーズを食べると勝てる気がして来るのよね。そのおかげで私たち閃光の英傑は連戦連勝、あっという間にAランクパーティに」
なんだか、すごく気持ちいい。
なんだか、すごく……ふぁ……
「どれだけおめでたいのバーカ。チーズしか能がないのにどうしてそこまで好かれてると思ってるのこの勘違い男。勘違いの罰としてもう一枚金貨持ってくから。
じゃあせいぜいチーズと一緒に死んでちょうだい」
……置手紙。実際に金貨が一枚減っている。
眠りの魔法を俺にこっそりかけてたんだろう。
本当なら延々と魔法を詠唱しなければいけないけど、それがいらないのがあいつの才能だった。
ともあれ、こうして俺は仲間を失い、残ったのは一枚の金貨だけになった。
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