『アイリの異変と、ディアの苦悩』(4)

数時間後、アイリは自室のベッドで目を覚ました。

ふと顔を横に向けると、悪魔の女性の医師が付き添ってくれている。


「アイリ様。ご気分はいかがですか?」

「う……ん……大丈夫……」


目眩や不快感は治っていて、呼吸も穏やかだ。

しばらく間を置いた後、医師が静かに話を始める。


「アイリ様のお体を診させて頂きました」

「うん……」

「どうか、落ち着いてお聞き下さい」

「うん……」


アイリは窓の外を眺めながら、どこか上の空で同じ相槌を繰り返していた。

そして、医師が打ち明けたのは衝撃的な真実だった。


「アイリ様の中には、もう1つの命が宿っております」


「うん…………え?」


衝撃で一気に意識が覚醒したアイリは、勢いよく上半身で起き上がった。

ハッとして、思わず自分の腹部を両手で触れる。


「そ、それって、もしかして……え、え!?」

「はい。お察しの通りです」

「も、もちろん、ディアとの……だよね?」

「はい。間違いなく、ディア様の魔力を宿した生命です」


嬉しさよりも、信じられない、まさか……という思いの方が強かった。

愛しい人が隣にいない今、なぜこんな時に、という歯痒さも感じる。

だが、医師は喜ぶどころか祝いの言葉も口にせず、浮かない顔をしている。

何か、とても言い辛そうにして、ようやく話を続けた。


「その、ここからが問題なのですが」

「……え?何が?」

「確かに、アイリ様の中に生命反応が認められます。ですが……」


ひと呼吸置いてから、医師は思い切って打ち明ける。


「どこにも、実体が、ないのです」


アイリは、それが何を意味するのか、全く理解できない。

混乱どころか、頭が真っ白になる。


生命反応はあるのに、どこにも、いない……?

赤ちゃんの姿が、ない……?

え?だって普通は、お腹の中に宿るものでは……?


アイリは脳内で自問自答を繰り返すが、確かな答えは出ない。


「魔界の医学でも前例のない事で困惑しております。今は経過を見るしかありません」


そんな医師の言葉は、すでにアイリには聞こえていない。

果たしてこれは、本当に『懐妊』なのだろうか……?


医師はアイリに配慮して、この事実をアイリにしか伝えなかった。

そしてアイリもまた、この事実は、まだ秘密にしておこうと思った。

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