第20話 邪神、火竜を守護竜とする

 火竜の背に乗ってアフテスの町に降り立つと、当然ながら人間どもが大騒ぎだ。

 火竜の背から降り立ち、その足で町長の家へ向かう。

 ドアを蹴破って中に入ると、町長が手に持っていたカップをテーブルに落とした。

 己の処分がどうなるかという時に呑気なものだ。


「テ、テオ様!? 火竜討伐から帰られたんですか!」

「わかりきったことを聞くな。火竜は従えて噴火の心配はなくなった。外に出ろ」

「従えた!?」

「いいから出ろ」


 町長の家の外に出ると人間どもが火竜を恐れて逃げ惑うか、或いは腰を抜かしている。

 エリシィが必死に説得を続けているが、しばらく収まりそうもないな。

 手がかかる人間どもだ。だがこれすらも今は愛おしいと思えるようになってしまった。

 もはや私自身がどうかしているとしか思えんな。


「テオ様! 竜が、が、が……」

「うろたえるな! あれは私の手下となった! こいつは我が領地の守護竜となる!」

「守護竜……」


 私が声を張り上げると人間どもが静かになった。

 火竜は鎮座しており、尾一つ動かさない。最初こそ怯えていた人間どもは次第に竜を見上げて佇むようになった。

 この火竜はその辺の浅ましい魔物とは違う。見た目こそ人間よりも遥かに巨大な竜だが、その波動は穏やかなものだ。

 波動を感じ取ることができない人間どもとて、いわゆる雰囲気で察するだろう。


「おとなしいな……。どこか神秘的な雰囲気がある」

「どこか品があるように見えるわ」

「テオ様の言う通りだ。この火竜は我々を守ってくれそうな気がする」


 この火竜には品格がある。波動が感じられなくとも伝わるものがあるのだ。

 人間どもが火竜を囲んで、中には祈りを捧げる人間さえいた。人間にとっては火竜ほどとなれば、神に等しい存在だろう。

 祈ったところで人間になど見向きもしない神が多いが、火竜であればその祈りは届く。

 この領地の守護竜となれば、こいつらの平穏が確約されたようなものだからな。


「邪神様。人間どもが意外と物分かりがよかったですね」

「当然だ。何せ私が一目で惚れた火竜だからな」

「ほ、惚れたと!? 今、惚れたと言いましたかぁ!」

「何を騒いでいるのだ?」


 ファムリアが翼をばたつかせている。

 これほどの波動を持つ竜など滅多にいない。私が魔空城で飼っていた竜も、あの火竜には及ばないだろう。

 さて、騒ぎが落ち着いたならやることがある。私は町長を人間どもの前に突き出した。


「こいつらの前で貴様の処分を発表する」

「そんなぁ!」


 動揺する町長に対して何とも冷たき目を向けている人間が多い。

 当然だ。私が来なければ、自分達が生贄に捧げられていたかもしれんのだからな。

 町長が私を懇願するように見上げてくる。


「貴様には町長の座を下りてもらう。そして私の町にて労働力となれ」

「私が、町長を下りる、ですと……」

「貴様は我が領地に貢献すべき人間を安易に殺そうとしたのだ。未遂だからといって許されることではない」


 町長が肩を落として何も言葉を発さない。

 他の人間どもがざわついており、口々に何かを囁き合っている。

 こいつらが何をどう言おうが私には関係ない。話はまだ終わっていないのだからな。


「それから働き次第では新たな地位を与えんこともない」

「え……? そ、それはつまり?」

「町長の座だろうが、貴様次第で手に入るということだ」

「テ、テオ様……!」


 町長が涙を流し始めた。泣こうが喚こうが、この決定が覆ることなどない。

 こいつに関しては私の目下で今一度、見定める必要があると考えた。 


「貴様には父親であるシュタイトが助けられた。まったく救いようがないというわけでもあるまい」

「テオ様……! ありがとうございます! こ、心を入れ替えて、一からやり直させていただきます!」

「せいぜい頑張ることだな」


 涙と鼻水で何とも汚らわしい顔となった町長が私の手を握る。

 口だけではないことを証明してもらいたいものだ。そしてより我が領地に貢献しろ。

 この決定で、人間どもが次第に盛り上がり始めた。


「あの町長は許せないが、テオ様が決めたんならしょうがないな」

「テオ様はなんて心が広いんだ!」

「しかもきちんと領地の未来を考えた上での処分だ! 俺も仕事をがんばって、もっともっとこの領地の発展に貢献するぞ!」


 概ね理解したようだな。この奮起こそが人間の強さだ。

 ズナラの町に続いて、このアフテスが発展を遂げれば我が領地は決してグラシール領などに引けをとることはない。

 だが、まだ足りん。私が見たいのは更なる上の力だ。

 小さき人間どもが起こす奇跡を望む。テオールが私を討ち破ったようにな。


「邪神様、ちょっと甘すぎませんか?」

「そうかもしれんな。シュタイトと面識がなければ、容赦なく処分していたのかもしれん」

「邪神様もすっかり人間かぁ。でも、そんな邪神様もとっても素敵ですっ!」

「さて、火竜に乗って帰るぞ。町長、来い」


 火竜に乗ると知った町長が悲鳴を上げていた。首根っこを掴んで強引に乗せると、この時点で震えておる。 


「あ、あの。これって、お、落ちない、ですよね?」

「貴様次第だ」

「せめて安全だと言ってほしいんですけど!?」

「おとなしくしろ。飛ぶぞ」

「ひぃぃーーーっ!」


 火竜が飛び立つと、町長が白目となって泡を噴き出した。

 なんだこいつは? 死んだのか?


「邪神様、これ気絶してますよ」

「情けない。支配者の座に返り咲きたいなら、この程度で臆すな。おい、起きろ」

「よ、容赦ないなぁ」


 目が覚めた町長を押さえつけながら地上を見ると、人間どもが手を振っていた。

 いい見晴らしだ。この光景を町長の目にも焼き付けてもらわねばいかん。

 支配者となれば、様々なものを見ておかねばいかんからな。かつての私は人間のことを何も知らなかった。

 こいつに同じ轍を踏ませる必要はない。

 だが町長の頭を地上に向けた時、また泡を吹いてしまった。これでは支配者に返り咲くなど夢のまた夢かもしれん。

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