第19話 邪神、火竜を従える
見れば見るほど、このイフリートが何を引き起こしてどう脅威なのかがわからぬ。
過去に何かやったらしいが、こんなものが幅を利かせられていた時代があったとはな。
大した興味もないのだが一点だけ聞いてやりたいことがある。
「貴様、なぜ火竜を使って生贄など要求していた?」
「火竜を使って人間どもを脅して生贄に捧げさせる……。私の業火で焼くことによって力を得ることができるのだ。人間の生命力は我が糧となる」
「つまり貴様にとって人間は餌というわけか。それならば一気に焼いてしまえばいいものを……」
「それでは餌がいなくなって終わりではないか。餌に餌を育てさせて、常に増えてくれたなら私は半永久的に力を得ることができる」
つまりファムリアの見解と相違ない。
人間が家畜を育てて餌を得るように、こいつは似たようなことをしていただけだ。
ただ一つ、こいつが人間と違うところがある。それはこいつが魔物であり、人間よりも遥かに恵まれている点だ。
「涙ぐましい努力をしたものだ。人間でもあるまいに、力を得なければ生き延びることすらできんと見える」
「何だと……? 人間に滅ぼされたお前が言うかッ!」
「確かに私は人間に敗れた。だがあの人間どもを相手にすれば、お前など数分とかからずに滅ぼすだろう」
「フ、フハハ……! ハハハハッ! これは傑作だ! 言うに事を欠いて人間に迎合しおったか!」
イフリートが全身に炎の竜巻を纏わせた。高らかに笑って自慢げだが、これがこいつの自慢する力というものか?
ふむ、私が言えた口ではないが無知というものは恐ろしいな。
この程度の力では間違いなくあの人間どもには勝てん。おそらく勝負にもならないだろう。
「人間に敗れて神の座から転落した貴様の時代は終わっている! とはいえ、貴様は元邪神! かの時代を支配していた絶大な力を知らんわけではないのでな……敬意を表してから殺してやろう!」
「お前は本当に救いようがないな」
指先を向けてから、イフリートの片腕を波動で消滅させた。
その勢いでイフリートの体が吹っ飛んで火口の完璧に激突する。うむ、これは思った以上だ。
「貴様、思った以上に弱いな。今までよく討伐されずに済んだものだ」
「ぐ、ががが……! わ、私の、腕がァァ!」
「私の力を知る割に、私のことを何も知らんと見える。いいだろう、いつ敬意とやらを表したかはわからんが私も応えてやる」
「応えてやる、だと……」
神に挑むのなら最低でも波動というものを見知っておかなければいけない。
認知していなければ今のこいつのように、何をされたのかすらわからんからだ。
「私は破壊の波動を使って戦う。今のは波動をほんの少しだけ放っただけだ」
「波動……?」
「やはり知らぬか。大方、貴様も魔術などという児戯で満足している手合いだろう。いいか、波動は様々なことに応用できる。例えば貴様が好きな炎として転用することも可能だ。こんな風にな」
「あ、ア、アァ……!」
こいつがやって見せたように、私も炎を全身にまとわせた。
ただしこれは破壊の波動、いや。破壊の炎だ。これはすべてを焼き尽くす。
不燃物と呼ばれているものであろうと魔術の結界であろうと、おおよそ人間が常識としているものは通用しない。
私の破壊の波動は確実に破壊できるのだ。たとえそれが病であろうともな。
「貴様が武器としていたものが恐怖となる気分はどうだ?」
「わ、私は三百年前よりも、力をつけたはずだ……。神にも劣らんほどの炎を……。いずれ神として君臨すべき器がある……あるはずなのだァ!」
イフリートが一帯を吹き飛ばさんばかりに炎の竜巻を発生させた。
そんなものが通用するほど甘くないのはもう奴自身が理解しているはずだ。
私の波動は何であろうと破壊する。故に奴の攻撃が届くはずもない。
「つまらんな。あまりに弱すぎる」
「こ、これが、邪神、バラルルフス……邪神が、よ、蘇った、のか……!」
「今更、何を怖気づく? 貴様は己の力量を見誤ったのだ。愚かにも元邪神ならば滅することができるなどと思い上がった罰を受けるがいい」
「うあぁぁーーー!」
イフリートが火口から離れて逃げ出しおった。
私に背中を見せたまま生き延びられるはずがないだろう。
その情けない背後を破壊の炎で追わせて、イフリートを取り囲む。
「じゃ、邪神様! 本当はあなたに憧れていたのです! あなたこそが私の主神です!」
「そうか。それはよかったな」
「あなたに尽くします! どうか……オガギャァァァァアァァーーーー!」
これ以上、聞き苦しい声など聞くつもりはない。
せめて断末魔の叫びを上げる余裕を与えてから、ゆっくりと焼き尽くしてやった。
破壊の炎は何一つ残さずにイフリートを消滅させて、そしてひゅるりと空中に溶けるようにして消える。
「さて、ファムリアとエリシィは無事か?」
火口から少し離れたところに二人は立っていた。ここからでも私の強さは観測できたのだろう。
エリシィが呆然としていたものの、すぐに笑顔になった。
「邪神様! お、お疲れ様です!」
「ファムリア、後で抱っこをしてやろう。貴様はエリシィを守ったのだからな」
「はぅわっ! 心の準備がががが!」
そんなものは知ったことではない。ファムリアを抱っこしてやると大慌てだ。熱気のせいか、顔が赤い。
そしていつもならここでエリシィが何か反応を示すのだが、今は真面目な様子だ。
「テオ様、あの化け物を一瞬で討伐してしまうなんて……。あれはたぶん災厄の魔物よ」
「災厄の魔物だと?」
「歴史上、人間ではどうすることもできなかった魔物をそう呼ぶの。大体、封印されたり弱体化させたりと何とかやり過ごすことしかできなかった……」
「あの程度で災厄なのか? 話にならないほど弱かったぞ」
私が改めて呆れていると、火口から火竜が出てきた。
イフリートに脅されて生贄なんぞを要求していたようだが、私はこいつを見込んだのだ。
今更、見限るようなことはよほどでなければしないつもりだ。
「まさかあなたがあの邪神バラルルフスの生まれ変わりとは……。情けないところを見せてしまいました」
「つまらんことを気にするな。あの訳のわからない魔物よりも、お前のほうが見どころがある」
「ありがたきお言葉です……。私はこの火山でひっそりと暮らして、噴火を抑えて暮らしておりました。ところがある日、あのイフリートが現れていい様にされてしまったのです」
「ファムリアが言った通りだな。私が倒されてから、あのイフリートのようなザコが調子づいたわけだ」
何とも下らなく情けない話だが、害虫はどうしても沸く。
その都度、処分すればよいのだが手間は手間だ。だからこそ、この火竜のような手下が欲しい。
こいつこそ力をつけてしまえば、あんな小物に後れを取ることなどないはずだ。この燃え盛るような波動を見ていればわかる。
「火竜。私の下につけ」
「願ってもないお言葉です。これより私は邪神様の手足となり、あなたに尽くします」
「私は邪神ではない、領主のテオだ。お前にはこの領地を小物から守ってもらおう」
「承知しました。力の限りお応えします。それでは麓までお送りしますので背中にお乗りください」
火竜が私達を乗せると、翼を広げて飛び立った。
これはなかなか便利だ。私も飛べぬわけではないが、エリシィのような人間と同行しているとそうもいかぬ。
この火竜は実に力強く、雄々しい。オーク、トレント、スケルトンに続いて我が領地の精鋭が揃いつつあった。
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