第11話 邪神、人間どもに戦利品を与える

 盗賊の巣から持ち帰った硬貨や物品は我が領地で役立てることにした。

 物の値打ちなどさっぱりわからぬ私が所有するよりも、領民どもに分配したほうがいい。

 私の手元には最低限の資金として残しおくだけにとどめた。町の広場で盗品をぶちまけると、人間どもが群がってくる。


「聞け! これらはすべて盗賊の巣から持ち帰ったものだ! 中には貴様らの生活に役立つものもあるだろう! 各々が持っていけ!」

「う、うおぉぉーーー! テオ様、マジかぁーーー!」

「最高だぁー!」


 人間どもががっつくようにして次々と物品を持っていく。

 このまま何事もなく終わるのであればいいが、そうはいかぬのが人間という生き物だ。

 次第に至るところで争いの兆しが見えてくる。


「こ、このネックレスはルビウス製か! 売ればかなりの値で引き取ってくれるぞ!」

「こっちは金の延べ棒だ!」

「金は俺がもらう!」


 盛り上がったのはいいことだが、下らん争いを始めるようであれば消えてもらおう。

 殴り合いを始めそうになったバカ二人の足元に向けて、私は破壊の波動を一直線に打ち込んだ。

 石畳が砕けて、場が静まり返る。


「力による奪い合いを望むのであれば、まずは私を殺してからにしてもらおうか。何せそれらを所有しているのは私なのだからな」

「す、すみません!」

「は、は、話し合おうか……」


 人間どもが互いに腰を据えて話し合いを始めたようだ。

 互いが譲らぬのであれば、今度は石畳が破壊される程度ではない。

 いくつかのグループができており、その中で物品を誰が所有するかを決めていた。

 そこで気になったのは、互いが片手を様々な形にして出し合っているところだ。

 出し合った後で片方は喜び、片方は落胆する。

 それが至る所で目につくものだから、さすがの私も気になってしまった。


「ファムリア。あれは何をしているのだ?」

「あれはジャンケンですよ。グー、チョキ、パーのどれかを同時に出し合って勝敗を決めるんです。グーがチョキに勝ち、チョキがパーに勝ちます。そしてパーはグーに勝てるんですよ」 

「ほう、人間にしては実に平和的な解決方法を思いついたものだ。ファムリア、私とジャンケンをしろ」

「ボ、ボクがですか!? お、おお、恐れ多いです!」

「グダグダ抜かすな。では私はグーを出すぞ」


 私のグーに対してファムリアがチョキを出した。

 これは一応、私の勝利ということになるがどうも腑に落ちん。


「ひゃあぁーー! さすが邪神様! 敵いませんよ!」

「お前は私を愚弄しているのか?」

「うぇいぃ!? そ、そんなことありませんって!」

「ではもう一度だ」

「わかりましたぁ。さ、ボクはパーを出すぞ、出すぞ……」


 パーに対して強いのは確かチョキだ。つまりここで私がチョキを出せばいいわけだな。

 この勝負も私の勝利のわけだが、やはり腑に落ちん。


「お前は私を愚弄しているのか?」

「ししし、してませぇん! そうだ! エレシィもやんなよ!」

「私が? いいけど……」


 次の相手はエレシィか。私は再びチョキを繰り出そう。


「ジャンケン! グー!」

「……私が負けただと?」


 このジャンケンという勝負にて私はエレシィに敗北した。たかが人間の遊びだ。

 遊びなのだが、この不快感は一体何だと言うのだ?

 強いて言えばテオールに敗北と似たような気分を味わっている。

 これが私の二度目の敗北、だがしかし。あの時と違って私はこうして生きている。

 生きているのならばチャンスはあるというもの。


「エレシィ。再戦だ」

「う、うん。ジャーンケーン、チョキ」

「……負けただと? 先ほどはグーを出しておきながら、貴様……!」

「テ、テオ様! もう一度やろう! あー! 私、パーを出そうかな!?」


 再戦してみれば私の勝ちだ。勝ちなのだが、やはり腑に落ちん。


「あ! 邪神様! そろそろ話がまとまりつつあるみたいですよ! やりましたね!」

「下らん争いをせずに分配できたか。人間にしては上出来といったところだな」


 眺めてみれば盗品を配られた者達の中になぜか涙を流している者がいた。

 問題が解決したのではないか? 何によって感情を動かされている?

 近づいてみれば、人間同士で抱き合っているではないか。こいつらは親子だな。


「よかったねぇ、これだけのお金があればまた店を始められるよ。いい食材が売られるようになったのに、まったく買えなかったからねぇ」

「死んだお父さんに顔向けできるね。よかったね……ううぅ……」


 なるほど。この人間どもの親族は死んでいるわけか。

 しかし問題が解決したのになぜ涙を流す? 悲しむ必要などあるまい。

 そう考えていると、私に気づいた人間どもが深く頭を下げてきた。


「テオ様、何から何まですみません。まだ幼いあなたにここまでさせてしまったんです。この恩は必ずお返しします……!」

「ならば泣くことはあるまい? なぜ泣く?」

「これは嬉しいのです。嬉しくてつい涙が出てきてしまいました」

「嬉しくて泣く? 訳がわからんな」


 なんとも奇妙であるが、救われたというのであればそれでいい。

 ここまでしてやれば、後は自力で立ち上がるだろう。現にこの町もずいぶんと様変わりした。

 人間どもの活気ある声があちらこちらから聞こえてくるようになり、それでこそ私が支配するに相応しい。

 ふと上を見上げると、ファムリアが何やら遠くを眺めていた。


「じゃ、邪神様! 大変です! この町にアンデッドが攻めてきます!」


 ファムリアが遠目で確認した情報によれば、アンデッド達は一丸となって向かってきているようだ。

 アンデッドにそこまでの目的意識があるものか?


「エレシィ、思い当たる原因はあるか?」

「い、いや。さっぱり……」

「ならば仕方ないな。攻めてくるなら滅するまでだ」


 アンデッドが発生する理由は単純に死者の数が多いからとのことだ。

 治安の乱れによって死んだ人間、盗賊によって殺された人間、食料不足や災害によって死んだ人間。

 それらがアンデッド化したとなれば、その数は尋常ではあるまい。

 これは確かに私の両親の手に負えるものではなかったようだな。

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