邪神、貧乏貴族に転生する~英雄の娘である公爵令嬢に溺愛された上に魔物を使って自重せずに領地改革したら最強領地になった~

ラチム

第1話 邪神、転生する

「人間にしては良い波動を感じるぞ」


 この邪神バラルルフスまで迫った人間どもだけあって面構えが違う。この魔空城に辿りつけるとはな。

 男二人、女二人。黒髪の男は剣を構えて青髪の女を守るようにして立っている。巨漢は斧を両手で持ち、金髪の女は魔術師か。

 あの剣は確か見覚えがある。人間の間で神殺しと呼ばれており、選ばれた人間にしか扱えないというものだ。

 名は忘れた。末席の神々を殺すには十分であろうが、最高神に属する私にとっては取るに足らぬ玩具でしかない。

 私が記憶する限り、あれを持って挑んできた人間は初めてだ。つまりあの人間は本当に何らかに選ばれた者ということになる。

 選んだのは神か? 人か? いずれにせよ、これはなかなか面白い。

 こいつらはこの魔空城にやってきただけのことはあり、傷つきながらもここに立っている。いい波動だ。人間にしては、な。


「バラルルフス、お前の蛮行もここまでだ」

「私達は人々の希望を託されてここにいる。あまり侮らないことね」

「邪神などというふざけた肩書きも今日で終わりだ」

「……皆、これが最後の戦いよ」


 この人間どもは私を本気で討つつもりでいるようだ。

 弱き人間の分際で、なぜ私に挑もうとするのか?

 人間は弱い。すぐに傷つき倒れる。風が吹けば死ぬ。雨が降れば流される。大地が裂ければのまれる。

 たかが天災ごときで死ぬような脆弱な生き物が生きようとするのが間違いなのだ。

 弱い生物は弱いことを自覚して、それなりに生きればよい。

 そうすれば怒りに駆られて、こうして無駄に命を散らすこともない。短いながらも生を謳歌できるだろう。

 ふむ、少しだけ話をしてみよう。こいつらはあまりに奇妙で面白い。


「人間よ。何をそう猛る?」

「なんだと?」

「私を討ってどうしたい?」

「……本気で言ってるのか?」


 もしやリーダー格の男が怒りの感情を示したのか?

 たったこれだけの言葉のやり取りで、なぜそこまで怒る?

 つくづく理解できない生き物だ。


「お前がどれだけの人達の命を奪った! ここにいるフェリスも、お前の手下の魔物に故郷を殺されている! ドウガは最愛の妹を失っている! エウーラは親友を殺された!」

「……なるほど。まさか貴様らに同族の死を憂う感情があったとはな」

「お前はッ! 邪神という存在は! すべての生きとし生ける者の未来を閉ざす! お前はこの世から消えるべきだ!」

「私は何もしていない」


 男が怪訝な顔をしているが、不可解なことを言ったつもりはない。

 間もなく男の形相が怒りに満ちた。


「何もしていない、だと?」

「魔物という下等生物どもに関しては勝手に私を崇拝して暴れただけにすぎん。それに対して人間は守る術をもたずに殺された。ただそれだけであろう?」

「こいつッ……!」

「私はただ存在していた。私を恐れ、崇めた者達がいる。恨まれる謂れなどない」


 四人の人間どもが私に返す言葉がないようだ。ただ睨みつけて武器を握る。

 そうだ。私を殺したければ、かかってこい。ただそれだけだ。


「すべては弱き者に原因がある。強者がこの世界で生きる。太古の昔からそれは何も変わらない」


 私の言葉を皮切りに人間どもとの戦いが始まった。

 最初は遊んでやろうと手加減をしていたが、思った以上にやるようだ。

 人の身で繰り出せるはずがない剣術、人の身で扱えるはずがない究極古代魔術、私の攻撃を受けきるほどの結界魔術。

 巧みに動いて叫ぶ。刃を私の肌に食い込ませる。驚いたことに私は初めて自分の血を見た。どうやら血を流すのは人間だけではなかったようだ。

 少し感心した。ここまで辿り着くだけあって、やはり人間の中ではマシのようだ。


「バラルルフスッ! お前はッ! お前だけはッ!」

「ぬ……」


 またも手傷を負ってしまったようだ。どうやらあの神殺しの剣が原因か。

 よもやこの私にも通用したとはな。たかが玩具にこの私が。


「いいだろう! では本気で相手をしようではないか!」


 ここからはそう時間はかからない。大斧を持った男ドウガは立つことすらできずにいる。あれでは死ぬのも時間の問題だろう。

 魔術師らしき女のエウーラは魔力など尽きかけており、もはや私に攻撃する手立てなどない。

 残る二人のうち一人は神殺しの剣を持った男であり、かろうじて膝をついて立っている。青髪の女フェリスは半歩下がって呼吸を乱していた。

 なんと必死な。そうまでして私を殺したいのか?

 感情に身を任せて私に挑まなければよかったのだ。身の程を弁えて余生を過ごしていればよかったのだ。

 そうすれば今頃は弱者なりに慎ましい暮らしができたものを。


「バ、バラルルルフ。もう終わりか?」


 神殺しの剣を持った男がそう問いかけてきた。剣を握って、また挑むつもりか。

 なんだ、この男は? その表情や波動から、まったく恐れや絶望を感じない。

 そうか。どうやら私は人間を買い被っていたようだ。

 私が考えているよりも、人間は己の命に対する危機感というものが欠如しているのかもしれん。


「ハァ、ハァ……お前、笑わなくなったな……。お、俺達がまだ生きているのがそんなに不思議か?」

「私が笑わなくなっただと?」


 やはり神殺しの剣の男は絶望するどころか、まだ戦意を失っていない。仲間が無様にも倒れたというのに、勝ち目などないというのに。

 なぜまだ戦おうとする? 私は何か見落としているのか?


「最初の余裕が……完全になくなっているぜ……。つまりお前も……それなりに……追いつめられているって……ことだ……」

「この私が、貴様ら、ごときに……!」


 なぜだ? なぜ、こんな人間ごときに私は感情を動かされている?


「ハ、ハハ、たかが人間に……追いつめられて怒ったか? 邪神なんて……呼ばれちゃいるが……お前も感情を持った……生物だよ」

「黙れッ!」


 確かに多少の手傷を負ったことで動揺したかもしれん。

 だが依然として私のほうが圧倒的に強い。次の一撃で確実に殺す。不愉快だ。塵も残さず果ててしまえ。


「来い! 人間ッ!」

「皆、力を……貸してくれッ……!」


 男の神殺しの剣が光った。たまらなく不快な光だ。心がざわつく。

 光が魔空城の外部から次々と集まっている。大小、無数の光だ。視界の端で倒れているドウガやエウーラからも光が抜け出た。

 それらがすべて男の神殺しの剣に集まり、まるで生まれ変わったかのように光の刃となる。


「テオール! まさか……!」

「フェリス、イチかバチか……やってみるよ」


 神殺しの剣の男テオールがフェリスに笑いかけている。なんだ、何を隠し持っている?

 テオールが膝に力を入れて立ち上がり、剣を構え直す。


「俺達はな! 多くの人に支えられてここまで来たんだよ! 生きてるんだよ! お前にはわからんだろうがな!」

「ならば、ここで散るがいい! カタストロフッ!」

「デュアライトッ!」


 男の光を帯びた剣など、どうということはない。私のカタストロフはすべての物質を消滅させる。

 どんな装甲も防御も魔術も例外ではない。これにて終わり――


「男、テオール・クラフォートの名にかけて! お前を討つ!」

「な、何だとッ!」


 一瞬だった。男がカタストロフを切り裂いて、私に神殺しの剣を深々と突き刺した。

 鋭い衝撃と感覚が私の内側から広がっていく。なんだ、これは。これが、まさか痛みというものか?


「ぬぅぅ……!」

「こいつには俺以外の波動を乗せているんだ!」

「あ、あぁ、わ、私の身体が、くず、れ……」

「あばよ、バラルルフス……」


 全身が砕かれて、私の意識が消えていく。

 私が敗れたというのか? これが死という感覚なのか?

 

「フェリス……娘のところへ……帰る、ぞ……」

「テオール! テオールッ!」


 それが最後に聞いた人間どもの言葉だった。

 意識が少しずつ闇に沈み、私はもうすぐこの世から消滅する。おそらくこれが死というものなのだろう。

 神であるこの私を殺すとはな。脆弱な生物にこの私が――


                * * *


「シュタイト様! 元気な男の子が生まれましたよ!」

 

 どれほど時間が経っただろうか? 今、意識が覚醒した。

 見える、聞こえる。が、場所が不明だ。ここはどこだ? なぜ私はここにいる?

 私の目の前にいるのは人間の女だ。私はどうなってしまったのか?

 女がはしゃぐと、男が寄ってきてなんと私を抱き上げた。この私がこうも簡単に抱き上げられるだと?

 こいつ、人間の分際でなんという力だ。いや、何かがおかしい。そもそもここはどこだ?

 私はあの人間どもと戦って、そして――


「アリア! よくやったぞ!」

「あなた、名前は以前から二人で決めたものでいいの?」

「あぁ、名前は……」


 こいつらは何者だ? 私は殺されて冥界へと落ちたのではないか?


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