第5話 子狐の名前

 缶チューハイを手に固まっているザックを見ながら、自分も何か食べようかなと思っていると。


「おまえさん、この腕の傷をどうみる?」

「ん?」


 ザックは左の袖を捲って、肩近くの傷跡を自分に見せた。


 見た感じ、矢とか、ナイフのようなものが刺さった感じの傷かな?


「ナイフとか矢とかが刺さったんです?」

「まぁそうだな」

「ちょっと触れても良いですかね?」

「あぁ」


 いったん立ち上がり、ザックの元に寄り、傷跡に触れた。傷口付近をチェックしたが特に異常はみられず、全身をチェックすると、首の部分に異常がある事に気づいた。頚椎椎間板ヘルニアか、もしかしてどちらかもしくは両方の手先痺れとかありそうだなとか思った。


 チェックをしていて少し気になった事がある。

 患部を見る際に顕微鏡で見ているような拡大図が頭の中に浮かんだ。もしかして顕微鏡を必要とする手術もできるのか?


「手に痺れがあったりしますか?」

「傷口を見ただけで分かるのか?」


 肩付近の傷口を見ただけで手先の痺れを言い当てる医者は居ないと思うが、動きを見て手先に痺れがあるかな?とか思う事はある。


「手先の痺れとその傷は関係ありませんよ、どちらかって言うと、首に強い衝撃を受けたことありませんか?」

「冒険者やっていた頃に何度かあるが?」

「首の椎間板が神経を圧迫しているんですよ、そのせいで手先が痺れているんですよ」

「シンケイ?」

「えっと、神経を知らないです?」

「しらんな」


 そう言えば、地球でも19世紀に神経を発見したんだっけか……、2~5世紀前後の文明レベルなら仕方ない気がした。


「脳が色々な事を体の各地に指令をだしているんですが、その情報を伝達する組織が神経なんですよ」

「ほぉ、それで脳とはなんだ?」


 そう来たか……、各臓器の役割がまだわかってない時期だもんね仕方ないよね……、その後、アイテムボックスから簡単な医学書を取り出し、脳と神経と各種の骨の説明をした。


「おまえさんが医者なのは分かったが、この手の痺れは治せるのか?」


 チェックしたときにみた顕微鏡で見ることが出来るなら出来るだろう。


「治せますよ、神経を圧迫しているものを取り除いて、その際に穴をあけた頸椎に骨を移植したり、人工骨を埋めたりすればいいだけなので」


 口では簡単に言えるが、神経や食道、頸動脈が近くにある為、結構神経を使う作業だ。


「この場で出来るのか?」

「出来るわけないでしょ!ちゃんとした場所でならできますが」


 思わず突っ込みを入れてしまった。


「そうか、どのような場所ならできるのだ?」

「まずは屋内で清潔な環境であることですかね?」


 必要な道具を思い浮かべてみると、ハイテク機器がないから成功率は下がりそうだが、やれない事は無いと思う。


「そうか……」

「しびれは酷いんです?」

「どうだろうな、冒険者としてだったら支障が出るレベルだが、鍛冶師としてならそこまででもない気がせんでもない」


 鍛冶師としても支障があるレベルなのね……。地球では何度か見た事がある手術だが、この環境下だと少々不安だ、神様と呼ばれた秋津先生ならどんな状況下でもやり遂げそうだな、師匠の様な医者になりたくて医者になったんだ患者が望めばそれを成せなくてどうする自分!


 ちょっと自分に活を入れ、ザックが望むなら最大限の結果を出せるよう努力しようと思った。


「絶対に成功しますとは言えませんが、やれるだけの事はやりますよ」

「そうか、しばらく考えさせてくれ」

「どうぞ」


 そう言えば、ザックが子狐の名前とか言っていたな。毎回毎回子狐ってのもあれだし、名前つけるか?


 肉をカジカジしていると思った子狐は牛乳も飲み終えて自分の足の近くで丸くなって寝ていた。どんな動物でも子どもは可愛いと思うけど、この子も例に漏れず可愛いな。


 白い毛だしな、男の子ならハクで、女の子ならユキでいいかな?

 性別が解らんので寝ている所失礼して抱き上げようとしたところ、子狐がッバっと体を起こし自分の手を引っ掻きやがった!


「いって!何すんねんおまえ!」

「キュ!」


 子狐も少々怒っているような感じで鳴いた。


 っ引っ掻かれた場所を見てみると、傷口から少し血がにじんでいたが、直ぐに傷口が塞がっていき、滲んだ血だけが残っていた。


 なんぞこれ、こんなに早く傷口が治るとかありえんだろうと思っていると。


「何に驚いているんだ?」

「いやこいつが引っ掻いて出来た傷がもう治ったんですよ」

「そりゃそうだろ、お前さん絶対健康をもってるだろうが」


 絶対健康の恩恵?


「これスキルの恩恵なんですか?」

「そうだ、毒状態にもならんし、子狐の幻覚も見ることないだろうな」


 ってか、なんで絶対健康を持っていると知っている?話してないぞ?


「子狐の幻影ってなんですって言いたいんだけど、なんで自分が絶対健康を持っていると?」

「ワシが鑑定をもっているからだ、無断悪いと思ったが鑑定させてもらったよ」

「そうですか、で子狐の幻影とは?」

「ホワイトフォックスは基本幻影魔法を持っていてな、こいつらは狩や逃げる際に幻影魔法を使うんだよ、だからこいつらを直接見る事はめったにないんだ、だがな、幻影を見るという事は状態異常扱いなんだよ、お前さんの絶対健康が、子狐の幻影魔法を打消していたんだろうな」

「じゃあ、自分が絶対健康を持っていたから、子狐に接触できたと?」

「だろうな」


 もし絶対健康が無かったら、どんな幻影を見せられていたんだろうか?


「んで、おまえさん子狐に何をしようとしていたんだ?」

「あぁ、まだ名前がないから、男の子か女の子かを調べようとしたんですよ、そしたら引っ掻かれたんですよ」

「なるほどな、ちなみにこいつはメスだ、あとな俺らの言葉をちゃんと理解しているからな、簡単な答えでいいなら返事してくれるはずだぞ」

「人の言葉分かるんです?」

「あぁ、こいつ言語理解をもっているからな、どんな言語でも理解できるんだよ」


 ちょっとうらやましい!地球に居るとき言語理解欲しかった!中学時代の英語のテストで何度赤点取った事か!


「そうなんですね、女の子なら、“ユキ”って名前でどうかな?よかったら飛び跳ねてくれる?」


 そう言うと、ちゃんと理解しているらしく、飛び跳ねてくれた。


「ユキか、良い名前を貰ったな」

「キュッキュ!」


 嬉しそうな感じだし、喜んでもらえたならよかった。


「誠明よ、お前さんはこれからどこに行くんだ?」


 いきなり名前を呼ばれてびっくりした。


「どこって決まってないですけど、とりあえず最寄りのイナンロに向かおうかと」

「イナンロに向かう理由は特にないのか?」

「ないですね、ただ最寄りの町だからって理由なだけですから」

「そうか、ならアイロスって町にいかんか?」

「アイロスに何かあるんです?」

「そうだな、わしの知り合いが居るからな、部屋借りる事が出来る」

「それならアイロスでいいですよ」

「そうか、ならばアイロスで治療を頼む」


 そう言うとザックは深々と頭を下げた。


「いいですよ」


 その後リスク等についても詳しく説明したが、ザックは手術を受けると答えた。


 手術をする上で必要な薬品を考えると、麻酔に該当する物が無いな……、骨はセラミックスがあるから人口骨をつくればいいかな


 問題は人工骨を作る際、成形後に高温で焼く必要があるが、炉かなにかあるかな?


「ザックさん、高温で焼ける炉とかってありますかね?」

「金属を溶かす炉で良いならあるぞ」


 大丈夫かな?

 となると吸引用の全身麻酔かと思っていると頭の中に、“ロナンという草をすり潰し、綺麗な水に混ぜる”という工程が思い浮かんだ、もしや製薬スキルか!


 綺麗な水って事はミネラルウォーターでいいのか?

 蒸留水じゃなくていいのか?


「ザックさんロナンって草知っていますか?」

「知っているぞ、矢の先に塗って狩する際によく使うからな」

「持っていたりします?」

「いや、持ってないが、そこらへんを探せばあるはずだ、明日の朝探してみようか」

「お願いします」


 これで必要な物はそろうかな。


「ワシが見張りをするから朝まで休め」


 と言われてもなぁ、キャンプ道具はあるが、これまでキャンプしたことないしこんな場所で休めるとも思えないが、とりあえず目を閉じて休む位ならできるかな?


「ありがとうございます。少し休ませてもらいますね」

「あぁ」


 近くにある木の根元に移動し木に寄りかかるようにして目を閉じた。

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