第3話 みこのみみの物語 神の耳の巫女さんはすごい耳の持ち主だった

俺の小屋は、神様の力によって、

異世界へ通じる空の扉をくぐった。

そこからは、異世界クロッキアスの、空の果ての国。

どんなものかと思って外を見ていると、

延々雲が続いている。

「どれ、この辺に小屋を降ろすか。ああ、この雲は歩ける。安心しろ」

神様の力で、小屋と俺たちは、雲の上に下ろされた。

俺は、小屋の端っこから、雲に向かってジャンプする。

端的に言うと、干した布団に飛び降りる感覚で降り立つことができた。

あたりを見渡すと、背に羽根の生えた人たちが忙しくしている。

天使と言えばそう見えなくもない。

「まずは、この空の果ての民に、耳かきを施してほしいのだが」

「先程の神速の能力ですね」

「そうだ。では、リラ、神語を頼む」

神語とは何だろうかと俺が思っていると、

巫女のリラは言葉を選ぶようにして、

顔をあげ、胸を張り、朗々と言葉を紡ぐ。

『イマカラ アナタタチノ ミミヲ キレイニ シマス』

最初にリラから聞いた、通じるのだけど不思議な言葉だ。

確かに意味は通じる、海外の変な日本語でもない。

その言葉を聞くと、脳に直接意味が通じるような、

すべての言語が通じるような感覚だ。

忙しくしていた天使のような空の果ての民は、それを聞いて集まってきた。

口々に何か言っているが、俺には通じない。

なるほど、耳が呪われているのかもしれない。

リラの神語という言葉についてはあとで聞くとして、

俺は耳かきを構えた。

魔法の杖というより、居合のような格好で、

神速は速度が上がるらしいから、耐えられるよう、金属の耳かき。

俺の周りでエネルギーがスパークを始める。

「神速の耳かき!」

雷のような音とともに、エネルギーが解放され、

俺はものすごいスピードで耳をかいていく。


シャシャシャッ…ビュンッ…クリクリッ…コリコリッ…ビュン…カリカリカリッ…

ビュン…コリコリ…ビュン…カリッコリッ…ポロポロッ…ビュン…コショコショ…


すべての空の果ての民の耳の感覚が、すごいスピードで伝わってくる。

何十人という耳が、すべて手に取るように把握できる。

俺は確実に彼ら彼女らの耳の良いところをかいていく。

呪いは片っ端から解けていく。

ジャスト10秒。

空の果ての民の耳をかき終えた。

俺が息を整えると、空の果ての民たちがふらふらと膝をついた。

「気持ちいい…」

「これは一体…何が…」

「耳が、耳が聞こえるぞ!」

「巫女の神語で、耳をきれいにするというのは、これだったのか!」

「お前の言っていることが通じるぞ」

「ああ、こっちも通じるぞ」

「耳の呪いが解けたんだ」

空の果ての民は大喜びだ。

神様もそれをよしとしたようだ。

空の果ての民が神様に集まってきて、

神様は、俺が耳かきの勇者であるということ、

世界中の呪われた耳を、こうして解いていくと説明していた。

今度は俺も空の果ての民が何を言っているかわかる。

耳の呪いが解けたからだろう。


俺は、リラのもとにやってきた。

リラは雲の椅子に腰かけていたので、

俺も隣に座った。

「なぁ、神語ってなんだ?」

とりあえずはそれが疑問だ。

「神語とは、すべての存在が通じる神の言葉です」

「それはすごいな」

「巫女の中でも使えるものは少なく、言葉を間違えると大変なことになります」

「なるほどなぁ」

「聖職者のいる陽の国でも、神語は学ばれているようですが…」

「ですが?」

「乱れた神語と呪われた耳で大変なことになっていると聞きます」

「なるほどなぁ…」

言葉が通じないという呪いもそうだが、

乱れた言葉というのも厄介な問題だなと俺は思った。

俺はもう一つ、疑問を投げかけた。

「そういえば最初、リラの耳をかいたとき、耳の感覚が共有できたんだが…」

「それも、神語の能力です」

「そういえば、さっきもみんなの耳の感覚がわかったな」

「私が神語で、耳をきれいにしますと宣言したからです」

「その宣言をすると、耳のかき手に何かがつながる、とか」

「耳を浄化にするものに、耳の感覚が伝わります」

「なるほど、それで確実に呪いが解けるんだな」

俺は納得する。

そして、あることに思い当たる。

「この異世界では、リラの力がどうしても必要だな」

「私もその覚悟ができております」

「覚悟というか、仲間であってほしい。お互いの足りないところを補えるような」

「仲間…」

「リラは神語でみんなの耳と言葉をつなげてくれ、俺は確実に耳をかく」

「私は、必要とされているのですね」

「ああ、末永くよろしく頼む」

「はいっ」

リラは大真面目に答えた。

大きな役目を果たさんとするように見えたが、

そこまで力を入れすぎなくてもいいと俺は思う。

耳かきは本来、リラックスするものだ。

「どれ、リラの耳をかいてやろう」

「え、私の耳はもう呪われてはいないのですが…」

「耳かきはマッサージでもあるんだ。心地いいことを感じるためにするものだ」

「そう、なのですか」

「座ったままでいいから、じっとしててくれよな」

「はい、きゃっ」


今度は耳の感覚は伝わってこないけれど、

一度かいた耳は俺が覚えている。

耳の穴の癖まで記憶済みだ。

大体ここが心地よかったかも、このポイントが良かったかも、

一度耳を繋げた関係だ、理解できている。

リラの顔が心地よさにとろけていく。

リラックスを感じてくれたようだ。

リラの両耳を耳かきし終えると、

空の果ての民の相手をしていた神様が、

俺たちのもとにやってきた。

「神様の耳もかいてくれんか」

「神様も、呪われてるのかな」

「呪いはどうかわからんが、それだけの心地いい顔をされたら気になるだろう」

リラははっと顔を整える。

「いいぜ、神様の耳もかいてやるさ」

「それでは神語でつなげるぞ」

神様は息を吸って、

『ミミヲ キレイニシタマエ イセカイノ ミミカキテ』

リラと同じくらいかそれ以上に脳に響く神語だ。

さすが神様だ。

俺は神様の耳をかく。

若干の呪いが見受けられた。

聞こえなくなるほど、ふさがっているわけではないが、

これが増殖すると神様ですら危ないかもしれない。

俺は丁寧に、しかし心地よく耳をかいていく。

神様と俺の耳の感覚はつながっている。

はっきりと、どこが心地いいかがわかる。


カリッカリッ…コリコリッ…カリッコリッ…コショコショ…コリッ…。


神様の両耳をかき終えて、

俺はため息をつく。

「ふむ、耳の聞こえが全然違うな。これが耳かきか」

「若干呪われていた。ほっといたら神様も危なかった」

「そうか、呪いはここまで…」

柔らかい表情だった神様が、顔を引き締める。

「耳かきの勇者よ。世界中を回り、皆の耳の呪いを解いてくれ」

「ああ、そのために来たんだ」

「巫女よ、勇者の助けになってくれ」

「はい、神様」

「神にまで呪いが来たということは、世界はもっと呪いが進行している」

「一刻を争うってわけか」

「空の果ての国から、竜便が出ている。おおい、次の便はどの国だ」

神様が空の果ての民に呼びかけると、

「青の国です神様ー!」

と、遠くからも聞こえる声が帰ってきた。

「特に選ぶ国もないならば、そこから頼むが、どうだろうか」

「構わないぜ。リラは?」

「私はあなたの行きたいところならばどこでも」

「それじゃ、青の国からだな」

「よし、竜便に彼らを追加してやってくれ」

遠くで空の果ての民の声が、はーいと答えた。


空の果ての民の耳、その呪いは解かれた。

俺たちはこれから、竜便というものに乗って、

青の国に行くことになる。

何が待ち受けているかは、まだ、わからない。

それでも、俺たちならばきっと大丈夫だ。

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