耳かき職人が異世界に来たらチート耳かきを作る勇者になってしまった物語

七海トモマル

第1話 はじまりの物語 異世界から神の耳を持つ巫女さんがやってきた

ここは極東と呼ばれる地域の島国。

いわゆる日本である。

その中でも山深い田舎。

集落から山道を上がったところに、俺の小屋はある。

古民家を改築して作った、住宅兼仕事場。

アトリエというほどは洒落ていない。

小さく畑があり、仕事のための材料がある。

俺は毎日ここで、職人の耳かきを作っている。

俺は耳かき職人。タケダセイジだ。

ちなみに、漢字では、竹田清耳と書く。

清い耳と書いてセイジ。

ちゃんとした音や声を聞けるようにという、親の願いだ。

俺は耳かき職人の師匠から、耳かき制作の手ほどきを受けて、

修行すること数年、やっと免許皆伝をして、

俺は自分の作りたい耳かきを作るべく、

いろいろな場所を探して、やっとこの山奥に落ち着いた。

この小屋で俺は、こだわりの耳かきを作り続けている。

あまりにもこだわりすぎて、

一日に数本が限度。いや、そこまで本数はできないかもしれない。

とにかく、作りたいものを、こだわって作る俺の性格が災いして、

少ない本数しか制作できない。

それも買い手が、すぐにつくわけでもなく、

俺の生活はあまり豊かなものではない。

まぁ、耳かき作って金持ちになったという話は聞かないし、

そんなものだろうと俺は割り切っている。

とにかく、たまに集落に、山道を歩いて買い出しに出かけ、

この山奥で半分程度の自給自足をしながら、

俺は俺のために耳かきを作っている次第だ。


ある日の朝。山の朝もやが深い日。

俺は起きて、まずは小屋の外に出て体操。

朝もやの空気を吸って、頭を冴えさせる。

やはり頭がぼんやりしては、いい耳かきは作れないからな。

背伸びを数秒。背中が伸びて心地がいい。

作業にかかると腰も背中も固まるから、この運動は必要だ。

背伸びしながら、もやのかかった空を見上げる。

太陽が、もやでぼんやりしている。

そこに、点が見えた。

点はみるみる大きくなって、

影になり、人のような形になり、

どんどん近づいてくる。

落ちてきていると俺は瞬時に思った。

とにかく人だ、どうにかしないと。

俺は動転したまま、落ちてくる人影の真下に立って、受け止める姿勢になった。

耳かき職人の鍛えた筋肉を舐めんな。

どんな素材も扱えるように、筋肉と健康だけには自信があるんだ。

俺は自分の身体を信じた。

人影はどんどんスピードを上げて落ちてきて、

俺の腕の中に勢い良く落ちてきた。

衝撃はあったけれど、俺も何とかこらえた。

土埃が上がって、落ち着いた。

「おい、大丈夫か」

俺は声をかけた。

落ちてきたのは多分女性。小柄だから少女か。

日本では見ない格好をしている。

頭からすっぽり白い布をかぶっている。

少女が顔をあげた。

布の隙間から顔が見えた。

赤い目をした白い髪の少女だ。

あまり見慣れない目の色や髪の色だが、美人という部類に入るだろう。

外人かなと俺は思ったけれど、なんとなく違うなとも思った。

違和感の正体は、よくわからない。

少女はたどたどしく、何かを唱えようとしている。

いくつか言葉を選んだあと、少女は言った。

『ワタシノ ミミヲ キレイニ シテクダサイ』

根拠はわからないが、俺の中で少女と、何かが繋がれた感覚があった。

とにかく、耳かきをしてほしいということならば話は早い。

俺は少女の手を引いて小屋に入った。

少女を椅子に座らせ、耳を確認。

小屋の中を明るくしても、耳の中が暗い何かで覆われている。

これをきれいにしてほしい、ということだろう。

俺は耳かきを手に取り、耳の暗闇に耳かきを挑ませる。

不思議なことに、少女の耳の感覚が手に取るようにわかる。

少女の耳がふさがれていて、

それが俺の耳かきで除かれていっているのを感じる。

どういった理由かはわからないが、

耳の感覚がわかれば耳かきが楽だ。

俺は少女の耳を両方かいていく。


コリコリ…コショコショ…カリカリ…コリコリ…カリッコリッ…

ゴソッゴソッ…ゴソゴソッ…コリコリ…ズザザッ…ゾゾゾゾッ…


視界は少女の耳を見ているのに、

その少女の耳の感覚が俺に伝わってくる。

耳かきの心地よさがダイレクトに伝わってくる。

なるほど、俺の耳かきも多分捨てたものではない。

ふさがっていた暗闇は、耳かきでかきだすと煙のように消えた。

耳垢とはまた違うもののようだ。

耳かきを終えると、少女は頭を振って、耳に手を当てて、

山奥の音に耳をすませる。

あれだけ何かが詰まっていたんだ。

多分楽になっているだろう。

「ああ、耳が…ちゃんと聞こえる…」

少女が先ほどとは違う言葉で話す。

俺が感じる日本の言葉だ。

「耳の呪いが解けました。やはりあなたは神の選んだ勇者なのですね」

話がわからないなぁと思っていると、

彼女は自己紹介とともに、話をしてくれた。

やはり、俺がわかる言語でだ。


彼女が来たのは、いわゆる異世界というもので、

クロッキアスと言う世界らしい。

その世界に昔、世界を不幸にしようとしていた魔王がいた。

自分以外がすべて不幸になればいいというものだったらしい。

その魔王を、世界中全ての民族種族が、

勇者を中心に一致団結して、

魔王を封印に追い込んだらしい。

ただ、魔王は封印される間際、

世界中の存在の耳に向けて呪いをかけた。

まともに言葉が通じなくなる呪いだ。

この呪いで、普通に話していても、罵り文句と耳は判断してしまい、

まともに言葉が通じなくなってしまい、

言語も様々に分裂して、民族種族もばらばらになった。

呪いの所為で、わけのわからない言葉を話すものは、

すべて罵ってくる敵と捉えられてしまい、

世の中が争いで満ちてしまった。

そして、この日本に落ちてきた彼女は、

リラという名の、神の声を届ける巫女だという。

ただ、そのリラの耳も呪われてしまい、

神の声が断片的にしか届かなくなった。

最後に届いた神の声の導くままに空からこの日本にやってきて、

俺のもとにやってきた。

リラの耳の呪いが解ければ、

リラはクロッキアスすべての存在と言葉を交わせる。

リラの耳は神の言葉とつながっているからだ。

「お願いします。クロッキアスに来て、耳かきをしてください」

世界中の耳の呪いが解ければ、

また、世界は一つになり、平和が訪れるはず。

そうすれば、もし、魔王の封印が解かれてしまったとしても、

世界で対抗することができるはず。

そのために、耳かきをしてほしいというのだ。

俺は考えた。

しかし、考えるまでもない。

俺のこだわりすぎた耳かきが、世界を救うかもしれないのだ。

「耳かきが世界を救ってもいいじゃないか。行こう、異世界に」

疑問はたくさん、不安がないわけではない。

けれど、俺の耳かきが世界を救うのならば、

異世界を平和に導くのならば、

俺が異世界に行かない理由はない。


俺の物語は、ここから始まる。

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