2-3 明るく輝く場所の裏側で

 薄暗い路地にいた。人気はない。

 裏路地とは正反対に、一本先、表通りには灯りが煌々としていた。繁華街でもあるのか人々の賑わいもみられる。都会ほどの華やかさはないが、それでも人は多い方だった。

 路地裏はくたびれている、と形容するのがしっくりくるようなところだった。誰も住み着いていないのか、建物に灯っている明かりはひとつもない。唯一、まばらに配置されている街灯は切れかかり、チカチカと点滅を繰り返す。その明かりに夜光虫が音を立ててたかっていた。

 暗闇の中に動くものがあった。猫だ。夜目の効く目を光らせ、自由に動き回る。


 不意に猫が脱げ出すように走り去った。悲鳴のような声が聞こえたのは、ほぼ同時だった。

 目の前を女性が横切る。慌てているかのように駆ける女性の表情は、恐怖に歪んでいた。

 女性を追いかけるように、誰かがあとを駆けて行った。

 二人の距離は縮まらない。体格差から、すぐに追いつくかと思われたが、一向にその差は変わらない。一定の距離を保っているかのようだ。

 二人が鬼ごっこを続けていると、路地裏から一人、また一人と現れる。いずれも二人と同じ方向に向かって歩いていた。


 女性のあとを追う人物は、手に何も持っていなかった。小さな荷物ひとつ持っておらず、手ぶらで女性を追いかける。

 繁華街を歩く人たちは、路地裏には目もくれない。

 眩い光が放つ場所から暗闇が目に入ることがないとでもいうように。




 ***




「おはよう、ピョン吉くん」


 朝食ができたタイミングで六夏が起きてきた。何ともタイミングがいい。見計らっていたかのようだ。

 席についたところで、ご飯を盛った茶碗を六夏の前に置く。


「依頼人が言っていたとおり、追いかけられている夢を見ているというのは本当のようです」

「おや、早速見たんだね」六夏は前のめりになる。「で、追いかけているのは人だったかい?」

「人は人でした。あ、でも顔は見えませんでした。路地裏でほとんど明かりもなく……」


 不意に、人じゃない可能性もあったのかと脳裏にそんな考えが浮かんだが、口にはしない。夢なのだから、愉快な登場人物がいたっておかしくはない。ただ、、夢の中で追いかけているのは間違いなく人間だった。

 

「他に見たことを教えてくれる?」


 渉は見た夢の話をした。

 繁華街の脇にある路地裏で女性が逃げていたこと。その女性が依頼人だったこと。そのあとを追いかけている人がいたこと。追いかけている人は一人ではなかったこと。そして追いかけている人物は皆、鞄の類を含め、何も持っていなかったこと。

 この夢に関して話せることはそれ以上はなかった。


 今回の依頼人は、進藤しんどう結愛ゆあ。23歳。バーで働いていると言っていたが、実際は水商売のようなことをしていた。

 夜8時に出勤、深夜1時に帰宅。職場からはバスまたは路面電車を使わなければいけない場所に一人で暮らしている。帰りは交通機関はすべて終了しているので、タクシーを使うことが多い。

 家族構成は両親と兄の四人家族。両親は他県に暮らしているが、兄は同じ市に在住しているとのこと。

 仕事仲間と仲はよさそうだが、他に友達と呼べる人はいないようだった。そのせいか、休日は家で過ごすことが多かった。


 これが六夏から提供された依頼人の情報だ。


「職場に来ている客が犯人という可能性は?」

「それはどっち? 夢? それとも現実?」

「え、えーと……現実?」


 言葉尻が上がるままに、首も傾げる。

 正直なことをいうと、この場合、夢も現実も同じなのではないかと思っていた。そういった仕事をしていると、ストーカー被害に遭いやすいと何かで見た記憶があり、その恐怖心が夢にまで出てきたのではないかと。その場合、現実も夢も犯人は同一人物だ。


 厄介なのは、夢の中で依頼人のあとをつけている人物が一人ではないということ。

 六夏が渉を見つめる。無言でただ渉に視線を向けていた。


「何ですか。……偏見がひどいとでも言いたいんですか」


 六夏がおや? というような顔をしたので、渉は早々に席を立った。

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