悪夢専門探偵事務所

小鳥遊 蒼

Case 1 : 溺れる夢

1-1 いつからこの街は……

 ——視線が痛い。


 大通り沿いを南へ横断している間、すれ違う人たちの視線が集中する。道路を走る車、バス、路面電車の窓からもこちらに目を向けられているような気がした。

 仕方ないか、とわたるはため息まじりに腕の中にいる生き物を見下ろした。

 小さく腕の中に収まる動物——見た目はウリ坊のようだ。テレビや図鑑の中でしか見たことのない、実物は初めて見る。その名のとおり、イノシシの子どもかと思ったが、それにしてはまだら模様が目立つ。

 暴れることなく渉の腕に大人しく抱えられている動物の種類も判然としないが、なぜこんな街中にこの生き物がひとりふらふらと歩いているのかも理解し難かった。


 祖母の一周忌に渉は故郷へと帰ってきていた。祖母の危篤の報せを受けて駆けつけたとき以来なので、実に1年ぶりだ。

 1年もあれば街並みは変わる。まず県庁が移動、新設され、大きくきれいな建物になっていることに驚いた。開けた場所に、オシャレなオフィスビルのような佇まいをしている。ここだけ切り取れば、都会にも劣らないだろう。

 渉が暮らしていた頃にあった店はなくなり、新しい商売が始まっている。帰ったらもう一度行こうと思っていた場所がなくなっているというのは、何とも言い難い哀愁を感じさせた。


 やるべきことはすぐに終わり、渉は行くあてもなく街を散策していた。久々の帰省だが法事以外の予定はなく、このあとどうしようかと途方に暮れていた。

 駅を出て南下し、県庁を過ぎて10分ほど歩いたところにある広場に差しかかったところで、渉の足元に何やら小さなものがぶつかった。なんと、ウリ坊ではないか。

 変わったのは街並みだけではないのかと、目を疑った。

 猫が足に擦り寄るように、渉に懐く素振りを見せるウリ坊を渉は何が何だかわからないままに抱き抱えていた。

 自慢ではないが、渉は犬や猫に懐かれたことはない。吠えられるか、そっぽを向いて逃げられるかがオチだ。

 まさかここにきて懐いてくれる動物が現れるとは。しかもウリ坊ときた。

 イノシシが住宅街に出没するというニュースを見たことはあった。そんなことを思い出し、辺りを見回すが、母親らしきものは見当たらない。いたらいたで困ることに変わりはないが。


「迷子か?」


 腕の中のウリ坊に目を落とす。視線は自然とウリ坊の首元へと移動した。

 ウリ坊は、同系色かつ材質の異なる何かを首元に身につけていた。リボンチョーカーのようだ。何ともオシャレなウリ坊だ。

 さらに驚くことに、チョーカーにはタグまでついていた。そこには住所が記載されていた。なんと、このウリ坊は飼われているらしい。ウリ坊を飼おうなんて思う稀有な人を見てみたいと思う好奇心半分、渉はウリ坊を連れて記載された住所へと向かっていた。


 坂が多い街だが、一番大きな駅から南にまっすぐ進んでいる間は平坦な道が続く。唯一の平らな道だと言っても過言ではない。

 とはいえ、何泊かするためのバックパックを背負い、おまけに小さいとはいえウリ坊を抱えて歩くとなると、坂道を登っているときと同じくらいの労力を要した。さらに、ウリ坊を抱えている異様な光景に奇異な目を向けられ続けていることもまた精神をすり減らせた。


 早く人通りの少ない場所へ、という一心で渉は歩いていた。

 大通り沿いを小道に逸れ、しばらく進んだところで閑静な住宅街にあたる。

 この辺だろうと、もう一度ウリ坊の首元につけられているタグを見る。タグに書かれている住所と照らし合わせながら進んでいると、有名な坂のふもとに建つ一軒家にぶつかった。

 二階建てで、外には大きな階段がある。階段の先が玄関になっているのか、大きな扉が備え付けられていた。

 それとは別に一階にもガラス張りの扉があった。下はお店でも経営しているのだろうか。

 近づいてみると、ガラス戸の扉に白い文字が書かれていることに気づく。白い文字はこう記載されていた。


『悪夢専門探偵事務所』


 何やら怪しげな名前だと眉根を寄せる。「本当にここが君の家なのか?」とウリ坊に訊ねるが、もちろん返事は返ってこない。

 事務所に明かりがついていたので、ひとまずこちらで訊いてみようと軽くノックをする。インターホンなどの類はなかったので、そうするしかなかった。

 返事はない。

 留守か? と思いながらも渉は扉に手をかけた。

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