死に際に思い出した前世は私を愛憎の赤き炎に突き落としました〜魔王様の我々への裏切りは阻止します〜

白雲八鈴

第1話 真実を知っても私の愛は変わりません

 太陽光を反射する光に思わず目を細め、光から距離を取るべく一歩二歩と後に下がった。その瞬間鼻先に風が吹き抜け、視線を目の前の者に向ける。


 太陽の光を反射しているように煌めく金髪に澄み渡る夏の空を思わせる吸い込まれそうな青い瞳が私を捉えている。その者の手には大剣が両手で握られており、振り切った様に地面に向けられていた。


「よく、避けたな」


 見た目は好青年だけど、口調は平民出身であることがわかるように砕けている。


 この顔を知っている。いいえ、もちろん彼が勇者であることは知っている。だけど、そういうことではなく、もっと別の知識。

 そう、この私の現状です。魔王軍幹部であるサキュバスのリリーベルはこのあと目の前の勇者に殺されるということを。


「しかし、俺は今までの俺ではない!聖剣を手に入れた俺に敵う者など存在しない!」


 この後の私は聖剣の試し斬りのように斬られ死んでいく。そして、私を倒していい気になった勇者は次の相手にこっぴどくやられてしまうのです。


 しかし、私はこのまま勇者に突っ込んでいくことはしない。私は右手に持っていた棘があるムチを腰に戻し、背中にしまっていたコウモリの様な翼を広げる。


「その金ピカの成金が好みそうな剣が聖剣なの?趣味悪いわー。そんな物の相手する気が無くなったから私は帰るわね」


 私は翼をはためかせて、青く澄み渡った大空へ飛び立った。


「待て!逃げるな!」


 地上で騒いでいる勇者を振り返り、首を傾げて笑みを浮かべる。私はサキュバスだからそんな脳筋の戦い方は本来向いていないのよという意味合いの笑みを。


 騒いでいる勇者の隣に駆け寄っていく銀髪の聖女。

 空を飛ぶ私に魔術を放とうとするエルフ。

 剣を抜くこともせずに私を仰ぎ見るフルプレートアーマーをまとった騎士。


 魔王を討伐すべく旅を続けている勇者の仲間。私の愛しい魔王様の邪魔をする愚かな者たち。

 その者たちに背を向け私は空高く舞い上がった。そして、魔王様が支配する暗黒大陸の方向を見て視界が滲む。


 私は思い出してしまった。

 私は知ってしまった。


 前世を。

 この世界の結末を。




 私はこの世界を知っている。聖女アリアが勇者と共に苦難を乗り越え、愛を育みながら魔王という世界の脅威に立ち向かっていく物語のアニメだった。


 魔王は……魔王様は世界を魔族の者たちを日が昇らない暗黒大陸だけでなく、他の大陸にも住むことができるように領土を広げようとされているのです。

 そのことが魔族以外の種族の者たちにとって脅威に感じ、魔王様を討ち滅ぼそうと勇者という者を率いて討伐隊を暗黒大陸へと向かわせた。 


 なんて愚かな種族たちなのだろう。魔王様のお優しさが何もわからない下等なる者たちだと考えていました。


 しかし、真実は魔王様は一人の人族に恋をし、その人族を暗黒大陸へ攫ってきたものの一日中夜であり続ける場所では人族は生きてはいけず、元の国へ帰したのです。それからというもの魔王様は心ここにあらずとなられ、側近のヴァンレイド様がその魔王様の想い人がいる国ごと手に入れようと画策し、現状として我々魔王軍があちらこちらで小競り合いを起こしているのです。



 そして、私は愛する魔王様に褒めてもらいたく、勇者を倒せばいいと浅はかな考えをもって、何度か勇者を退けるところまでいくも、勇者が行動不能となれば、聖女が勇者をかばい転移で去って行くので、決着がつかないでいたのでした。

 本来であれば、今日私は勇者に殺され死ぬはずだったのですが、聖剣を掲げる勇者の顔を見た瞬間、突如として前世という記憶を思い出し、踏み込むはずの足を引いたことで助かったのです。


 魔王様。真実を知っても尚、私の愛しい魔王様。


 私は魔王様にいつもの報告という名の会いに行くために魔王城に転移をします。

 透き通る青い空から一転、暗闇が支配し空には朝も昼も夜も関係なく星々が満たしている闇が支配した魔王様の国。


 隊長クラス以上が使用できる二階のテラスに降り立ち、黒く高くそびえ、闇と同化しているため全貌が見ることができない魔王城の中に入っていきます。

 青白い光が照らす長い廊下を歩いているけれど、誰も擦れ違うモノなんていやしない。誰もこの魔王城に居ないのかと言えば全く違うのです。


 私はリリーベル。サキュバスであり、魔王軍淫魔族を率いる第八将軍の地位を与えられています。私の前に立っていいモノは将軍の地位を与えている13人の将軍と魔王様の側近であるヴァンレイド様。そして、私の愛しい魔王様だけ。


 魔王軍は力が全て、私は魔王様に少しでも近づくために第八将軍の地位まで上り詰めたというのに。


 私は漆黒の巨大な扉の前に立つ。この先に魔王様がいらっしゃると思うとドキドキします。

 大きく深呼吸して、目をカッと見開きます。魔王様の一挙手一投足を見逃さない為に!


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