ノイ一族と生真面目騎士・5

「貴方から見てどうだった?」

「お互いに一番信頼しているとは思いました。ただ、ヴァイスはイリス嬢の面倒を見るのも殿下の手伝いをするのも仕事だからと言っていたので余りお二人の関係を改めて考えたこともなかったのですが……」


 一緒にいるのが当たり前過ぎていたのもあるが、そもそもヴァイスが仕事以外に余計な労力を割くタイプでもなかったので周りも気にしていなかった。例えば第二王子と聖女候補が親しくすれば直ぐに話題に登ったというのに、不思議とイリスとヴァイスはそんな話が出たことがない。オリヴァーもなのだが。


「ローゼ様の勘違いでは?わたくし個人としてはヴァイスとイリス様が上手くいくという未来は嫌ではないのですが」

「……見ちゃったのよ……」


 視線をウロウロと彷徨わせたローゼは小さく零すと顔を覆う。その仕草にレアもオリヴァーもぎょっとするが、彼女が耳まで赤くしているのに気が付き、まさかと狼狽える。


「え!?何をご覧になったのローゼ様!!あ、もしかして先日イリス様が公爵領に狩りに行かれた時にこう……なにか!?なにか見たのですか?」

「いえ。元気に三つ首のタテガミを丸刈りにされてましたわイリス様。更にヴァイスやフォイアー様をこのまま連れて海竜を狩りに行かれると」


 ぱっと顔を上げてローゼが言い放つとレアはがっかりしていいのか、元気そうなのを喜べばいいのか分からず微妙な顔になる。


「そうじゃなくてね。ずっと前なのだけれど」


 そう言って話しだしたのは本当に昔の話。王族教育の為にイリスが週に数回王城に通っていたのだが、その時に婚約者としての交流も深めるために第二王子とのお茶会もセットで行われていた。

 レアはなかなかそのお茶会に呼んでもらえず、イリスと交流したいと駄々をこねていた。そんな中、たまたま作法の授業中にイリスの髪飾りが破損したのだ。


「あ、覚えているわ。ヴァイスがお茶会用にとりあえずってお花をイリス様に渡した時ね。私がお庭を案内してヴァイスに花を選ばせたのよ」


 とりあえず茶会の間だけ持てば良いとヴァイスは庭に降りて髪を飾る花を探し、レアが自慢の花壇に案内したので彼女はよく覚えていた。そしてそのまま素知らぬ顔でヴァイスについて行き、レアは茶会に強引に参加したのだ。


「……花を髪に飾る時に少し加工するでしょ?」

「そうね、ピンや紐を通したり、針金で花を支えたりしますわね。そう言えばヴァイスがそれもやってくれてた気がします」


 思い出すようにレアがそう付け加えたのは、ヴァイスは器用なのだとその時思ったのが印象に残ったからだろう。ヴァイスが別室で加工をしている間にレアはたっぷりとお茶会前にイリスと自己紹介やらの交流を図っていた。


「……加工した花飾りに愛おしげにくちづけを落としてのよ」

「ローゼ様の見間違いでは?」

「否定がなぜ早いのレア様」

「その……えっと……ヴァイスも表情を緩めることはありますけど、こう……愛おしげというローゼ様の表現が……想像できませんでしたので……オリヴァーは見たことある?」

「ありませんね」

「それ以外表現のしようがありませんわ!!あのヴァイスが!!三白眼の癖に!!あんな表情で!!本当ルフト様の婚約者に横恋慕なんてひっぱたいてやろうかと思いましたわ!!イリス様に懸想するなんて生意気ですわ!!十歳にも満たない子どもが!!」


 それを言えば当時のローゼも十歳にも満たなかっただろうし、三白眼気味なのは事実なのだがそこは関係ないだろうとぼんやりと考えながオリヴァーは首をかしげる。


「ひっぱたいたのですか?」

「……その後もずっとヴァイスを監視してましたけれど、表には出していないようでしたので見逃して差し上げましたわ。表に出したら締め上げようと思っていましたけど」


 ずっとというのはどのくらいの期間だろうかと若干怖くなったオリヴァーは思わず胡乱な表情を作る。先程もしかしたらローゼがヴァイスに好意を持っているのではないかと愚考した己を締め上げたいとすら思った。これはどう考えてもレアと同じイリス派であるとオリヴァーは漸く気がついたのだ。

 そんなオリヴァーの微妙な表情に気が付かないのか、ローゼは小さくため息をついたあとにレアに視線を送った。


「そう言えばイリス様からお土産を預かりましたの」

「え!?」


 椅子から跳ね上がりそうなほど勢いよくレアは身体を起こすと、満面の笑みを浮かべる。そしてローゼから渡されたのは向日葵のコサージュ。ローゼやレアの様な高貴な令嬢が身につけるには少々安っぽく見えるが、土産物と言われれば納得できる造花で、それを受け取ったレアは小首をかしげた。


「イリス様はどこへ?」

「クラウスナー領の花祭に行かれたそうよ。ほら……ロートスにくっついてる藁色の髪の子の」


 あぁ彼かとオリヴァーが直ぐに思い出せたのは、飴を渡した時に満面の笑みで礼を言われたからだ。ロートスの唯一の友人。人懐っこそうな表情をぼんやりとオリヴァーは思い出した。


「その後もクラウスナー領の魔物討伐をしたり、随分と楽しかった様ですわ」

「……わたくしも行きたかった……」


 レアがしょんぼりと眉を落としたのも仕方がない。大好きな元お義姉様が楽しかったと言うのだ、是非一緒にと思ったのだろう。


「来年もイリス様が行かれるならお忍びでわたくしと行きます?」

「ローゼ様!!行きましょう!!行きましょう!!今から宿を抑えておいたほうが良いかしら!?」


 ぱぁっと表情を明るくしたレアを眺めローゼは苦笑する。そしてちらりとオリヴァーに視線を送った。


「貴方も息抜きにいかが?」

「臨時の護衛が必要であればルフト様にご依頼下さい」

「本当、貴方ってそうよね」


 けれどそれでこそオリヴァーなのだと知っているローゼは呆れたような、けれどどこか納得したような表情を作る。


「……そういえば……」

「はい」

「具体的にはどうなの?」

「はぁ……」


 具体的にがどの部分をさしているのか分からなかったオリヴァーが首を傾げると、小さくローゼは咳払いをする。


「自立している女性というのは、手に職を持っているということかしら?」


 今は女性も文官として働いているし、女性王族の為に騎士となる者もいる。市中では商会等で女性向け商品を開発するなど大昔に比べれば自立した女性と言うのは意外と多いのだ。実際軍属で戦う風切姫等は女性の憧れでもあった。


「手に職があれば私が死んだ後も安心ですが、そうですね……どちらかと言えば精神的に自立しているタイプと申しますか……無論私に何かあれば私の実家が援助もしますが、伴侶の実家も太ければなお安心ですね」

「そもそもオリヴァーは次男よね?将来的には爵位をご実家から譲り受けるの?」


 そういえばオリヴァーが第二王子の護衛を続けるのは知っているが、学園卒業後に実家を出るのか等は聞いていなかったレアが確認するように声をかける。

 そして実家から譲り受ける爵位というのは、ゲルツ伯爵家が持つ別の爵位のことである。大破壊で跡を継げるものがいなくなったり、領地運営が破綻し中央に爵位返上をしてしまった貴族も多い。余りにも多いので、中央だけでは管理しきれず、分家筋が潰れるのなら一旦本家筋に爵位を預けるなどの応急処置が取られた。

 公爵家も本来は四家なのだが、現状は三家である。長らく空位であった公爵を第二王子が再興する予定であったのだ。

 ノイ伯爵家等は管理が面倒臭いと爵位は一つしか持っていないが、複数の爵位を抱える家も多く、例えばミュラー伯爵家等はアイゼン侯爵家の持っていた爵位を弟に譲ったと言う形である。


「私の場合は騎士爵というのも考えていました。領地運営などできる気がしませんので……。伴侶の方で領地運営が回せるのなら爵位を実家から譲り受けるのも悪くはないのですが」


 領地を持たない爵位は文官や騎士、魔術師に与えられる。オリヴァーの場合は第二王子の護衛という役割を考えれば騎士爵の方が良いのかもしれないとレアは考えながら口を開いた。


「なら婿養子もありね」

「そうですね。元々次男以下はスペアの役割を終えればそうする方も多いですし。我が家は兄がもう結婚しましたし、甥っ子もいますので……」


 ゲルツ伯爵家は安泰だと言うようなオリヴァーの言葉にローゼは小さく咳払いをする。


「婿養子なら……希望の爵位などは?」

「貰って頂けるだけでありがたいことです。流石に第二王子の護衛が平民というのも格好がつきませんし、騎士爵も直ぐに頂けるものでもありませんから」


 恐らくゲルツ伯爵家の当主が父親の間は今のままで、兄に代替わりした際に騎士爵が間に合うならそちら、間に合わなければ繋ぎに爵位を借りる、そんな形になるだろうとオリヴァーは言うと小さく笑った。


「……私も学園を卒業後の事をしっかり考えなければいけませんね。ヴァイスのようにしっかりと先を考えられれば一番いいのでしょうが、なかなか彼のようにはいきません」

「ヴァイスが異常なのよ。けれど……まぁ……婚約者位は考えてもいいのではなくて?」

「そうですね。一度父や兄に相談してみます」


 ローゼの言葉にオリヴァーは小さく頷きながら返事をした。まだ卒業まで一年以上あるのだが、既に婚約者を据えている子息令嬢も多い。今までは婚約者のいないヴァイスやロートスといることが多かったので余り気にしていなかったのだが、改めて言われてみれば動くのが遅いぐらいである。


「ローゼ様には何か良い縁談が来ましたの?」

「ルフト様が片付くまで保留。腹立たしい事ですわ」

「それは……そうですわね」


 第二王子の婚約者候補に一応上がっているので今は身動きが取れないのだろう。ローゼの返事にレアは眉を下げた。


「いっその事さっさと婚約者を決めて候補から降りるのも考えているわ」


 本当に振り回されるのが嫌なのだろう、そんな言葉をローゼがはけばレアは瞳を丸くする。


「誰か気になる殿方でも?」

「……」


 レアの質問にローゼは無言を貫く。それに対してオリヴァーは首をかしげたが、レアはニヤニヤと口元を緩めた。

 そんな微妙な沈黙の中、公爵が迎えに来る。折角なので見送りをと言うレアについてオリヴァーも一緒に部屋を出た。そのまま第二王子の執務室に戻るという選択肢もあったのだが、レアが見送りをするのに自分はしないと言うのも失礼かと一緒についていくことにしたのだ。

 長い廊下を歩くローゼは扇を広げると己の後ろを歩くオリヴァーに言葉を放つ。


「わたくしは筆頭公爵令嬢です」

「存じております」


 それ以外の返答があるならば聞いてみたいと心の中で思いながらオリヴァーが返事をすると彼女は満足そうに小さく頷いて言葉を続けた。


「公爵家はお兄様が継ぎます。わたくしはどこに嫁いでも問題がないようにイリス様のように……いえ、イリス様以上の教育を受けていますわ。……流石に他国の事や言語はヴァイスやイリス様に負けますけれど」

「ヴァイスは商人的な側面が強いですからね」


 情報は鮮度が命であるし、物流も流行も常に流動している。それを把握してこそ商売で勝ち上がって行けるのだ。そういう意味ではヴァイスは元々ミュラー伯爵がしっかりと枠組みを作り上げていたのを差し引いてもよくやっているし、今後国外に対しても商売を更に広げたいというミュラー伯爵の希望に沿って学んでいっている。それに負けるのは仕方がないことである。


「……領地運営なども旦那様の手助けになるようにと学んでいますわ。殿方から見れば生意気だと思われるかもしれませんけれども」

「いえ。ご立派だと思います。多くはありませんが女性当主も我が国では認められておりますから」


 法的に認められているが基本やはり男性が継ぐことが多い。言ってしまえばレアも王位継承権がないわけではない。低くはあるが何かあれば王位につくこともできるのだ。


「……オリヴァー様」

「はい」


 ぱちんとローゼの扇が閉じられる。


「ルフト様や聖女候補の件が片付きましたら是非またわたくしとお茶をして下さいませ」

「仰せのままに」


 オリヴァーの返事を聞いたローゼは満足そうに笑うと公爵に手を引かれながら馬車へ乗り込んだ。それをレアとオリヴァーは見送るのだが、ちらりとレアはオリヴァーに視線を送る。


「オリヴァー」

「はい」

「婚約の件は貴方保留しなさい」

「……急ぐつもりもありませんが……」


 なぜと言うような表情を作ったオリヴァーにレアは眉間にシワを寄せる。


「お兄様と聖女候補の件が片付いたら、という感じよ。わかった?」

「はい」

「分かってない!!分かってない!!」


 突然そんな声をレアが上げたので、オリヴァーは何かおかしなことを言っただろうかとオロオロとする。


「いい!!変な縁談受けちゃだめだから!!これはわたくしからの命令よ!!」

「そもそも私に縁談が来るかどうかもわからないのですが……」


 眉を下げて言い放つオリヴァーの脛をレアは思いっきり蹴り上げた。

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