第31話

 学園内に設置されている教会は、創立祭の準備で慌ただしいのもあり逆に人気がない。

 灯される照明魔具が淡い光を放ち祈りを捧げるその場を薄く照らしていた。


「やっぱりここにいると思った。私の運命はやはり貴方ですね、ヴァイス様」


 灯りに照らされた美しい黄金色の髪。翡翠の瞳は嬉しそうに細められ、その場に佇むヴァイスに向けられる。


「第二王子の婚約者になりたかったんじゃねぇの」

「ルフト様の事も勿論愛してます。でも私の本命はヴァイス様ですもの。ふふっ。邪魔ばかりでなかなかフラグが立たなかったけど、このイベントさえ押さえれば大丈夫だって思ってた」


 心底嬉しそうに笑うエーファを眺め、ヴァイスは冷ややかな視線を向けた。


「……」

「ヴァイス様……こうやってまた貴方と巡り会えて嬉しい……覚えてないかもしれないけど、ずっとずっと私は……」

「俺は今も昔もイリスを助けることだけが望みだよ」

「何を言ってるのヴァイス様。あの女は関係ないでしょ!?」


 一番聞きたくない名前をヴァイスが口にした事にエーファは苛立たしげに声を上げるが、それを眺めて彼は口元を歪めた。


「本当邪魔な人。大嫌い。でも心配しないで、これ以上邪魔なんてさせない」

「手前ェの邪魔してたのは俺だよ」

「……え?」

「フラグっつったか?全部俺が潰した。今回は時間たっぷりあったしよ」

「覚えてるの?全部?嘘でしょ」


 ヴァイスの言葉にエーファはぱぁっと表情を明るくする。やはり自分の運命はヴァイスだと確信して。本当に覚えてくれていたのだと。以前の記憶を持つ人間は今まで巡り合わなかったのだが、ヴァイスはちゃんと自分を覚えていてくれたのだとエーファは思わず満面の笑みを浮かべる。


「……俺は人の幸せを踏みにじって弄ぶ存在を許す気はねぇよ。何が何でも追い詰めて報いを受けさせてやる」


 ゾッとするような笑いを浮かべるヴァイスにエーファは思わず言葉を失った。以前同じ言葉を聞いた。けれどその時とは意味が違って聞こえて震えが止まらなくなる。


「私が死んだら困るって……」

「手前ェがいねぇと神様殺せねぇだろ」

「セカイが巡っても必ず探し出してくれるって」

「探し出して、関わらねぇ様にちゃんと避けてただろ。まぁ、水面下では色々手回ししたけどよ」

「私は!!神様に愛されてるの!!私は皆に愛されるべきなの!!ルフト様にも!貴方にも!オリヴァー様にも!オスカーにも!ベルントにも!ロートスにも!」

「神様なんざとっくにいねぇよ」

「……あの女を助けたいのに、神様と一緒に殺したの?貴方狂ってる」


 溢れたエーファの言葉にヴァイスは赤い瞳を細めて笑った。


「俺は一回目の失敗以降自分が正常だなんて思った事ねぇよ」

「やだやだやだやだ!!やり直す!!!やり直す!!」

「ここは七番目の世界なんだと。最後の世界。だから俺の全部をイリスを助けるためにつぎ込んだ」

「……何であの女なのよ……何で私じゃないの?」

「手前ェは自分の大切な人間を踏みつける奴好きになんのか。俺には無理だ」

「あんな女に取られる位なら……」

「聖女の力は顕現しない。詰みだクソ女。諦めろ」


 俯きぶつぶつと言葉を吐き出すエーファを眺め、ヴァイスは小さく息を吐き出した。これでおしまい。これでこの女は詰み。だから自分の役目は終わりだと。

 どうせ刺されるならあの時自分が彼女を刺したように胸がいいとぼんやり考える。彼女と同じ痛みがイイ。そう思ったのに、最後に見る顔は彼女がイイと欲がでて思わず笑った後瞳を閉じた。


「放せ!!!邪魔するな!!」

「邪魔するに決まってんだろ!!ヴァイス様も何覚悟完了してるんですか!!ベルント!!頑張って抑えろ!」

「解ってる!!」


 驚いてヴァイスが瞳を開けると、エーファをマルクスとベルントが二人がかりで押さえつけている。まだ短刀は握りしめられてるが、それを引き剥がそうとベルントが手を伸ばすと彼女は更に暴れる。


「ヴァイス!!」


 そして背後の扉から聞き慣れたイリスの声が聞こえてヴァイスは反射的に振り返った。


「放せ!!」

「イリス様!!ナイフ!!ナイフ何とかして!!ヴァイス様刺される!!」


 悲鳴のようにマルクスが声を上げるとイリスは慌てたように魔法を放った。鞭で叩かれたような衝撃がエーファの手に走り彼女は短剣を取り落とす。それを慌てたようにオリヴァーは拾い上げてベルントに渡すと、マルクスを振りほどいてイリスの方へ駆け出そうとするエーファを素早く拘束して床に這いつくばらせた。


「怪我ない!?大丈夫!?」

「……ああ」


 ヴァイスに駆け寄ったイリスは、確認するように彼の身体にペタペタと触れて怪我の有無を確認する。それを眺めながらヴァイスは小さくそう返事をした。最後に顔が見たいと思った為の幻かとも思ったが、己の身体に触れる彼女の体温からどうやら本物らしいと漸く引き戻される。


「これは……どういう事だ……」

「こっちが聞きたいですよ!訳解んない事いい出したと思ったらヴァイス様刺しに行くとか!」

「本当か?」

「ヴァイス様を刺そうとした件に関しては僕とマルクスが証人です。……本当になにがなにやら……」

「違うんですルフト様!!私はただ!!ヴァイス様があの女に騙されているから!」

「はぁ!?私の事を貴方が好きじゃないのは知ってたけど何でヴァイス巻き込むのよ!刺すなら私にしなさい!」

「煩いわね!!ヴァイス様巻き込んだのアンタでしょ!?アンタのせいでヴァイス様おかしくなっちゃったんだから!」


 イリスの言葉にエーファが反論をするように声を上げる。その勢いにルフトは押されそうになったが、それでも事情を聞くために口を開こうとするのをイリスが遮る。


「ヴァイスは元々こうでしょ!?」

「そうだよね。ヴァイス元々ちょっと変わってると思うよ」


 イリスに同意するようにロートスがしれっと言うと、この空気の中笑ってはいけないと解っているのにこみ上げる笑いが堪えきれずマルクスは小さく吹き出してしまった。そばにいたベルントがそれに気がついたのであろう、笑ってる場合かと冷ややかな視線を送って来たので慌てて口元を引き締める。


「……可哀想な人。どんなに頑張っても貴方はその女の手を取る資格なんてない。私が踏みにじったと責めるなら、貴方もその女を人柱にした咎人」

「そんな事俺が一番良く知ってる」


 呪詛のように放たれたエーファの言葉を聞いたヴァイスは、僅かに瞳を揺らすとそう小さく零す。助けるために殺した。その罪は消えない。助けたからと言って無かった事にはできない。脳裏にちらつく悪夢はそれを許さない。


***


 赤い花で髪を飾ってやれば嬉しそうに微笑んだ彼女に惹かれた。

 生死の境を彷徨う自分の手を一晩中握りしめ、涙を浮かべながら励まし続けてくれた彼女に恋い焦がれた。

 けれどその感情は心の奥底に押し込める。

 クライス王国の第二王子であり親友の彼ならばきっと幸せにできると信じて。例え己の手を彼女が取ることが無くても、優しい彼女が幸せになる事を願って。

 けれどその選択を後に死ぬ程後悔した。

 その矜持を、その家名を、その優しさを踏みにじられた彼女はこの世にあっさり見切りをつけたのだ。

 止める間もなく己の手をすり抜けた彼女の命。

 呆然としている間にセカイは終わった。



 何度も何度も己の手をすり抜ける命。

 いっその事狂ってしまえればよかったのかもしれないが、彼女への未練が、執着が己をこのセカイに縫い止め続け、終わらない悪夢の円環に囚われる。




『やっぱり■■■■様は他の面子攻略後に隠しルート行けるから最後かな』

『今回はサクサク進んだわぁ。やっぱツンデレチョロい』

『あー!早く神様倒して逆ハールート解禁したい』

『流石に六周は怠いけど、逆ハーでは学園スタート前からイベント始まるし。推しの幼少期見たい!』

『追加イベントも楽しみ』

『ホント、マジプリ自体は好きだけどスキップ機能搭載して欲しい』




──何度も何度も繰り返す悪夢の中で、拾って、解体して、再構築して至った答え。




 ベッドに眠る彼女のそばに男は佇む。青白い顔は嘗ての面影を僅かに残すばかりであったが、うっすらと開いた瞳を見れば男は吸い寄せられるように彼女の頬に手を滑らせた。

 

「……悪い神様ごと私を殺しに来たの?」

「今はその時じゃねぇよ。けど、神様殺すために死んでくれ」

「それが貴方の望みなら……仕方ないわね。今まで私のことを助けてくれた貴方になら殺されてもいいわ」


 淡く微笑む彼女を見て男は瞳を僅かに揺らす。


「助けられてねぇよ。一度も」

「……貴方は幸せになってね」


 その言葉に男は彼女の手をとり掌にくちづけを落とした。





「やっぱり彼女を……どうしてこんな事に……」


 涙を浮かべて俯く救国の聖女に対し、何の感慨も抱かないまま男は小さく言葉を零す。


「この世界を箱庭だって弄んでる神様引き剥がす方法ねぇんだろ」

「でも!!彼女だってこの世界に生きる人です!」


 国で一番魔力の高かった彼女の身体が悪神に乗っ取られて数日。神殿や歴史研究をする者たちが何とか引き剥がせないかと手を尽くしているが、出た結論は彼女ごと悪神を倒すという方法。寧ろ通常であるなら人の手の及ばぬ場所にいる悪神を人に身に押し込める事で漸く人の手で倒すことができるのだと。

 国の人柱となり死んでくれと言われたも同然の彼女はそれを了承した。

 彼女を縛る神殿の封印ももう長くは持たない。封印が破られればその力をふるい、国を滅ぼし、世界を滅ぼし、別のゲームを始めるのだと封印される直前に高らかに悪神に宣言されていた。


「……俺は人の幸せを踏みにじって弄ぶ存在を許す気はねぇよ。何が何でも追い詰めて報いを受けさせてやる」

「おい!!」


 男の言葉に眉間に皺を寄せて声を上げた第二王子にちらりと視線送った彼は、冷ややかに言葉を放った。


「手前ェも覚悟しとけ」

「……元婚約者に手をかけろと言うのか」

「俺が殺す。俺が背負う。だから手前ェらはそいつ守っとけ」


 弾かれたように顔を上げた女は涙を拭いながら震える声で男に言葉を捧げる。


「貴方にだけ背負わせません!一緒に!一緒に生きて帰りましょう!みんなの力を合わせればきっと……」


 それでも最後は徐々に俯きながら不安そうに言葉を零す女に男は綺麗に笑った。


「手前ェに死なれたら俺が困るんだよ」

「わ……私も……貴方が死ぬなんて……考えるだけ……」


 ポロポロと涙を零す女を慰めるように第二王子は言葉を放つ。


「とりあえず今日は休もう。封印もそう長く持たない」





 ボロボロになりながらも必死で食い下がって、仲間の援護を受けて立ち続ける。


「こんなっ!たかが箱庭の住人が!!」

「貴方にとっては箱庭でも!!彼らは!!この世界に確かに生きているのです!踏みにじっていいはずはない!!」


 女の杖が光り輝く。そして悪神のまとう闇の衣が剥がれ、現れたのは国の為にと人柱になった女の姿。

 胃の腑が捩れるような不快感と軋みを上げる胸。けれどそれをすべて押し殺して男は地面を蹴った。

 深々と女の胸に刃を押し込む。

 その衝撃に大きく瞳を彼女は見開いたが、男の顔を認識して口元を緩めた。


「……■■■■」


 ちいさな、ちいさなこえ。子供の頃に彼女に耳元で囁かれて、自分もだと言えずにずるずると此処まで来た。あの時返事をして彼女の手を取っていればこんな悪夢の円環は無かったのだろうか。


「俺もだよ。助けられなくてごめんな。次は絶対に助けてやるから、先に逝って待ってろ」


 男の言葉は、救国の聖女にも、第二王子にも、仲間にも届かないちいさな、ちいさなこえ。けれど彼女はそれを聞いて、嬉しそうに瞳を細めると悪神と共にこのセカイから消えた。

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