第30話

 花待ちの間に他の生徒と部屋の備品チェックをしていたロートスとマルクスは、舞踏会ホール担当の生徒に声をかけられる。


「照明魔具の調子悪いみたいなんだけど見れる?」

「別にいいけど……部品壊れてたら流石に直せないよ?」


 接触不良程度であるならば一度バラして組み直せば調子が戻る事もあるが、部品の破損であるならば流石に替えの部品がなければ無理だと前もってロートスが言うと、彼は一応見てみてと再度ロートスに頼んだ。


「あ、脚立もいるんだ。マルクスも手伝ってくれるか?」

「えー。お前持てよー」


 ブーブーとホール担当の生徒に文句を言うマルクスであったが仕方がないと言うように立ち上がると、同じ部屋で作業をしていたオスカーとモーリッツに声をかけた。


「ちょっと行ってくる」

「わかった」


 騎士団志望であるマルクスに力仕事を頼むのも当然かと思ったオスカーは既に終わりかけの部屋の整備リストに視線を落としながら返事をした。

 そして物置に寄って大きめの脚立をマルクスは借りるとそれを担いでホールの方へ向かう。


「悪い。この照明魔具なんだが」


 ホールで待っていたのはベルント。一ヶ月前に足りない備品がないか確認した時は問題が無かったのに、今日試しに照明を点けてみたら三つほど反応がないのだと少々苛立った様に説明をする。

 今からミュラー商会に発注をしても在庫があるか怪しい上に、予算の追加まで必要になってしまうとぶつぶつと文句を言いながらロートスが登る脚立を抑えていたのでマルクスは笑う。


「前日で良かったね」

「まぁ、そうなんだけど」


 そう言いながらとりあえず一つ外してロートスはその魔具を分解する。そして僅かに眉を寄せると、マルクスに他の魔具も外しといてと短く言葉を放った。

 魔具の構造などマルクスにはわからなかったのだが、ロートスが外装を外した所で手を止めているのを不思議そうに眺めながら点灯していない残りの魔具を外す。


「これ、誰かが壊してる」

「は!?」


 思わずベルントが声を上げたので、説明するようにロートスは魔具の中身を指さした。


「ここの部品が刃物で切られてる。自然摩耗だとこんな切れ方しない」


 言われた部品にマルクスとベルントが顔を寄せると、確かに鋭利な刃物で切断された切り口が確認できて思わず声を上げた。


「備品になんてことするんだ!!」

「でも三つだけとか変だよな。三つで壊すの疲れちゃったとか?」

「何を呑気なことを……」


 怒り狂うベルントを眺めマルクスが思わずそう零したのだが、確かに三つだけなのは不思議だと思いながらロートスは首を傾げてベルントを眺める。


「消耗部品と言えばそうなんだけどどうする?うちに多分部品はあると思うけど。明日の朝とかで良ければ直す」

「価格は?」

「さぁ。ヴァイスに聞かないと」


 おそらく備品なので修理をするにも予算申請をせねばならないのだろう。この忙しい時期にとベルントが苛立っているのに気が付いたマルクスは口を開く。


「これ教会の照明と一緒じゃん。とりあえず明日は教会の照明魔具で乗り切って、落ち着いてから修理申請出せば?ホールなんて滅多に使わないし」

「教会の照明魔具同じ型だった?」

「メインじゃなくて、控室……聖典とか置いてる部屋。今週掃除当番だったから照明磨いた。いけるいける」


 思い出せないというベルントにマルクスは明るく言うと、ロートスに確認するように視線を送る。


「同じ型だった。僕も掃除の時見たから大丈夫。直ぐ外せるタイプだし教会管理者に一言言って借りたら?」

「そうか……じゃぁそうしよう……」

「決定!脚立いるし俺が運んでやるよ。ロートスはその魔具バラしたの戻したら、どっかによけといて先に帰ってて。オスカーがブーブー言ってそうだし」

「うん」


 そして脚立を抱えたマルクスとホールに残る面々に指示を出したあとに教会管理者の元へ向かったベルントを見送ってロートスは再度魔具に視線を落とす。

 何故こんな事をしたのか意味がわからない。ぼんやりとそんな事を考えながら、再度魔具を組み上げる。


「あ、こちらで預かっておきますね」

「ありがとう」


 ホール担当の生徒が、修理申請と書いた紙を片手にそばに寄ってきたので照明魔具を渡す。そしてその紙に追加するようにロートスは破損部品を書き付けた。


「ロートス!!」


 そんな事をしていると備品の確認をしていたはずのオスカーが突然ホールへ駆け込んできてロートスは目を丸くする。


「何?」

「イリス様が倒れた」

「は?」


 休憩でもしようと控室担当の生徒が集まって茶を飲んでいたのだが、その時に突然倒れたのだと言えばロートスは眉を寄せた。


「今日イリス様は具合が悪かったのか?」

「元気だったけど。部屋で寝てるの?」

「いや、他の生徒が医務室に運んでる。俺はお前呼びに行けって言われて」

「ありがと」


 そう言うとロートスが駆け出したのでオスカーもそれについて駆けてゆく。実際オスカーもイリスの調子が悪そうにも見えなかったので突然の事で心配になったのだろう。

 そして医務室にロートスが駆け込むといつも在中している治癒師の女が不思議そうな顔をして二人に声をかけた。


「どうしたのですか?怪我でもしましたか?」

「姉さんは?」

「姉さん?イリス・ノイですか?」

「倒れたのでここに運ばれた筈なのですが」


 治癒師の表情に違和感を覚えたオスカーが確認するように言葉を放つと、彼女は驚いたように首を振った。


「いえ。今日は朝に一人硝子で手を切った生徒が来ただけで他は来ていませんよ」

「はぁ!?どうなってんだオスカー!」

「俺が聞きたい!!まだ運んでるは……ないか。休憩した部屋から医務室は近いし……」

 そして廊下を見た感じ人を運んでいる様子はなかった。するとオスカーは自分がロートスを呼びに行っている間にイリスが気が付いたのかもしれないと言い、ロートスを連れて茶を飲んでいた部屋へと移動する。


「イリス様はさっき医務室に運ばれてましたよ」

「医務室に姉さんいなかった」

「え!?」


 声をかけられた女生徒は狼狽えたように廊下に視線を送る。


「でも、医務室へ行くって……医務室に入る所を確認したわけじゃないんですけど」


 女生徒の話によるとイリスをおぶって男子生徒が医務室へ向かったのだと言う。付き添いをしようかとその女生徒は声をかけたのだが、まだ準備を終わっていないからとその男子生徒と同じ班の面々だけが付き添って部屋を出ていったらしい。


「どこに連れてったんだよそれ!?」


 苛立った様にロートスが声を上げたので女生徒はその雰囲気に涙目になりながら首を振る。そして周りの面々もどうしたと言うように集まってきた。


「とりあえず姉さん探してくる」

「俺も行く。皆は準備続けて。イリス様が戻ったら俺たちが探してるって伝えといて欲しい」

「わかりました」


 こくこくと女生徒が頷いたのを確認してロートスとオスカーが部屋を出ようとした所、大きな音が響く。硝子が割れたような音とテーブルなどをひっくり返したような低い振動。ぎょっとしたように他の生徒も不安そうに辺りを見回す。


「姉さん!?」


 不安が胸を過りロートスが駆け出す。それをオスカーが追いかけたのだが、一つの部屋の前に生徒が集まっているのに気が付き二人共足を止めた。

 談話室の一つであるが今回は控室として使われないので余分な備品などを一時的に置いておく部屋だった。


「どうした」

「あ!オスカー。この部屋の窓ガラスが割れたのが外から見えたんで様子見に来たんだけど」


 恐らく武芸大会の準備で外にいた生徒なのだろう。何事かと外から部屋を覗き込んだら誰かが倒れている様子であったので慌ててこちらに来たらしいのだが、鍵がかかっていて立ち往生していたのだ。

 そして不気味なのは、どんどんと内側から扉を叩く様な音がしている事であった。それもあってその生徒は外から鍵を開けるようにと声をかけていたのだが開ける様子がなく、今鍵を取りに行かせていると眉を寄せて言った。


「オスカー、ロートス。何事ですか?」

「多分中に姉さんいる」


 騒ぎを聞きつけてオリヴァーが来た事にロートスはホッとすると、一緒に駆けつけたルフトに視線を送って口を開いた。


「殿下、扉燃やしていい?弁償はする」

「他に燃え移らないか?」

「オスカーに対応させて」


 そう言い放つとルフトの返事を待たずにロートスは扉に手を当てる。

 そしてあっと言う間に重厚な木製扉は消し炭になる。幸い他に燃え移ることなくいつでも水魔法をうてるようにと身構えていたオスカーはホッとしたのだが、それも束の間部屋の中の様子に青ざめた。

 置いてあった備品は乱雑に部屋に転がり、唯一無事なカウチにイリスが横たわっていた。けれどその制服は鋭利な刃物で切り裂かれておりカウチのそばには短刀が転がっている。

 驚いたルフトが部屋に入ろうとするが、鞭で叩かれた様な衝撃で押し返されたので室内に再度視線を送った。部屋の中で吹き荒れる暴風。

 

「助けて……」


 呻くように声を上げるのは数名の男子生徒。彼が助けを求めるように手を伸ばせばその制服の袖部分が切り裂かれたので、男は悲鳴を上げて手を引っ込める。頭を抱えるようにうずくまる男子生徒に視線を落としてロートスは怒りを隠そうともせずに口を開いた。


「……お前ら姉さんに何した」

「ちょっと閉じ込めようとしただけだ!!」

「はぁ?制服破って?ふざけんな。消し炭にしてやる」

「待ちなさいロートス!!話を聞けなくなります!」


 慌てたようにオリヴァーが止めると、ロートスは舌打ちをして再度部屋に視線を送った。


「イリス様の魔力が暴走しているのか?」

「どっちかと言うと防御反応。意識が途切れる前に身を守るために魔力暴走させてる感じ。多分姉さんの魔力量だとまだ収まるのに時間かかる」


 普通意識がなければ魔法は使えないのだが、わざとだと言われれば恐らく制服を裂かれた時に意識を取り戻して身を守るために暴走させたのだろうとオスカーは納得した。けれど監禁など物騒なことをした理由がわからない。


「何故イリスを監禁した」

「……エーファが……ヴァイス様と話をしたいから……イリス様を暫く部屋に閉じ込めてくれって……制服でも破れば出てこれないからって……」


 ルフトの問いに一番扉に近い場所にいた男子生徒が怯えたように言葉を零す。そして出てきた名前にルフトは絶句する。


「エーファが?」

「そうですよ!!頼まれたんです俺たち!!」

「貴方達は自分が何をしたかわかっているのですか!?」


 頼まれただけだと主張する生徒にオリヴァーが怒りの言葉を叩きつけた。普段比較的温厚なオリヴァーが強い言葉を放った事に驚いた男子生徒は、何度も謝罪の言葉を述べる。


「……お茶に薬を盛ったのか?そこまでエーファの指示?」

「薬まで!?」

「奥の生徒が休憩の時にお茶淹れて配ってました。あと、あの生徒はホールの魔具が壊れたってロートスとマルクスを連れて行ってたんです。それで彼等はイリス様から離れる事になって……全部エーファ?」


 驚いたようにオリヴァーが声を上げると、オスカーは僅かに俯きながらそう声を絞り出した。全部エーファの指示であるなら悪質すぎると思ったのだろう。己の思いは届かなかったが、ひっそりと彼女の幸せを願っていた。生徒会の仲間として共にいれれば良いと思っていた。そんな気持ちが一瞬で冷え切るのには十分で、オスカーは泣きたいのを堪えて口を開いた。


「どうなんだよ!!全部エーファか!?イリス様が何をしたって言うんだ!!ヴァイス様と話をするためだけにここまでするのか!?」


 暴発するようにオスカーが声を上げれば、男子生徒は悲鳴を上げて震えだした挙げ句に自分は頼まれただけだと繰り返す。


「ともかく話を聞くにもこの状況ではどうにもなりませんね」

「多分止めれる」


 オリヴァーの言葉を聞いたロートスは手を伸ばすと、弾かれそうになるのを押し留めて掌に魔力を集める。


「姉さん聞こえる?怖い思いした時にそばにいなくてごめん。助けに来たよ」


 弾かれないようにと力を身体中に込めているが、声色は優しく語りかけるようであった。僅かに抵抗が緩んだのに気が付きロートスは更に言葉を続ける。


「姉さんをこんな目に合わせた聖女候補がヴァイスに会いに行ってる。ヴァイスを迎えに行こう」


 パンッと何かが弾けるような音がする。それと同時に暴風はピタリと止まり周りからは安堵の吐息が漏れた。

 そしてロートスはそのままイリスの所へ歩いていったが、オスカーは一人の生徒の所へ駆け寄ってポケットというポケットを探る。


「……くっそ。最悪だ」


 やはり薬を用いてたのだろう、小さな包が出てきてオスカーは舌打ちをする。慌ててそれを男子生徒は取り戻そうとしたがルフトがその腕を掴んで静止した。


「オスカー。悪いがこの生徒たちから事情を聞いてくれ。私はエーファを探しに行く」

「……はい」


 後は任せると言うようにルフトが言うとオスカーは頷いた。野次馬をしていた生徒も、部屋で蹲る面々を拘束するのを手伝ってくれ別の部屋へと連れていく。


「姉さん」

「……ロートス君」


 うっすらと瞳を開けたイリスは、その後暫くロートスの顔を眺めていたが飛び起きた。

 予想外の反応に驚いたが、ロートスは己の上着をイリスにかけると彼女の顔を覗き込む。


「大丈夫?」

「部屋が……やりすぎた……」

「いいよ。馬鹿達は怪我してないみたいだし。オスカーが事情聴取するって」

「……あの子どこ」

「あの子?」

「聖女候補!!何考えてんのよ!?こんな事唆してどうなるか解らない訳!?」


 そう言うとイリスは立ち上がり部屋を出ようとしたので、慌ててルフトは彼女の腕を掴んで制止した。


「イリス!君は医務室へ行くんだ。エーファは私達が……」

「冗談でしょ?ここまで虚仮にされて黙ってろって言うの?」


 冷ややかなイリスの声色にルフトは驚いたように彼女の顔を眺める。今まで自分に向けてそんな声色を出されたことがなかったのもありルフトは露骨に狼狽える。その様子に気が付いたオリヴァーはイリスを説得するように口を開いた。


「私達に任せられませんかイリス嬢。貴方の身体が心配です」

「ご心配はありがたいですが、聖女候補の面倒を見きれてない面々に何を任せられるのかお聞きしたいですわオリヴァー様。ヴァイスは再三彼女に関しては忠告をしていたと記憶していますけれど」

「……でしたらロートスも連れて行きます。ですから貴方は……」


 何とかイリスを引き留めようとするオリヴァーの言葉を遮って、集まっていた生徒の中の一人が意を決したように声を上げる。


「イリス様!エーファは教会の方へ行きました!ご無理でないなら行ってください!!」

「ありがとう。後でお礼させて頂くわ!行くわよロートス!」

「君はっ!!」

「殿下は結局エーファを甘やかしてばかりじゃないですか……イリス様が傷ついても……ヴァイス様やレア様がどれだけ忠告しても……エーファは入学した頃からなにも変わってません……」


 普段ならそんな事を言う生徒ではないと知ってるルフトは思わずその言葉に息を詰める。エーファと同じ学年であるその生徒の言葉を遮る者は誰もいない。それが答えなのだろうとルフトは呆然とした。


「ともかく私達も行きましょう殿下。イリス嬢に何かあればそれこそ取り返しが付きません」


 ヴァイスやレアだけでは無くオリヴァーも婚約破棄からはエーファに対して苦言を呈する事もあったのだが、慣れない彼女に無理をさせるのもと半分聞き流していたのも事実。愛しい人との仲が理解されない苛立ちもあったが、それでも何とか彼女を周りに認めさせようとルフトは躍起になっていた。しかし結局その甲斐も無く、例えば己の目の前にいる生徒は何も変わっていないと言い放つ。


「わかった。行こうオリヴァー」

「はい」


 彼女の顔を見たら何と言えばいいのか。そんな事を考えながら、ルフトはオリヴァーのあとを追って駆けた。

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