第16話
カフェテラスでケーキを頬張るマルクスは小さくため息をつく。それに気がついてロートスは不思議そうな表情で彼を眺めた。
「どうしたの?」
「いや、一ヶ月後には定期試験だと思って憂鬱。ついでにこんな素敵なカフェで野郎二人が向かい合ってケーキ食ってるのが微妙に悲しい。ケーキ美味いけど」
「お前が食べてみたいって言ったんだろ」
学園で流行りらしいから食べてみたいが流石に一人は敷居が高いとマルクスに言われロートスがついてきたのだ。
「ついてきてくれてありがとう!俺はお前が甘いもの好きだって知らなかった!」
「うちは皆甘いもの食べる。魔具作ってるときとか父さんの消費量凄い」
「まじで。やっぱ頭使うと甘いもの欲しくなるって本当なのかな」
「ヴァイスも結構食べる」
「真実味がぐっと増した!」
元気よくそういうマルクスを眺めロートスは思わず笑う。人懐っこい性格で友達も多いし、こうやって気軽に自分に声をかける。彼の隣にいれば勝手に知り合いが増えるのも不思議だと考えながらロートスは紅茶に口をつけた。
「試験だけど、お前どうなの」
「多分真ん中位じゃねぇかなぁ。ロートスは?」
「去年の問題ヴァイスから貰ったのやってみたけど九割は取れたから多分問題ない」
「……え?なにそれ。去年の問題?」
「座学は教官変わらないから出題傾向似たりよったりだって」
「ヴァイス様出た問題全部覚えてんの!?」
「覚えてるって言ってた」
「去年卒業した俺の兄ちゃんなんて、なーんも覚えてない!って言ってたのにぃ!」
頭を抱えるマルクスの様子が可笑しくてロートスは破顔する。その様子を眺めマルクスは口を尖らせてロートスの顔を眺めた。
「まぁ、九割とか出来たならヴァイス様に問題教えてもらわなくても楽勝じゃん。っていうか、イリス様も毎回五番以内らしいしお前ら優秀だよな」
「姉さんはちゃんと勉強してるよ。ヴァイスはあんま勉強してないって言ってたけど」
「まって。ヴァイス様ずっと首席なのに?勉強してないとか」
「記憶力良いんじゃないの?」
記憶力云々で片付けてしまうロートスにマルクスは唖然とした表情を向ける。去年の問題を全部記憶しているのなら確かに良いのかもしれないが、それ以外の能力もずば抜けていると言うことなのだろう。
そんな事を考えているマルクスの顔を眺めながらロートスは首を傾げる。
「この後うち来る?」
「え?」
「ヴァイスが置いていった問題あるけど。持って帰る?」
「喜んで!いや、でも持って帰るのはお前に渡したヴァイス様に悪いから写させて!」
「いいよ」
遠慮をしているのかしていないのか解らないマルクスの言葉が可笑しくてロートスは瞳を細める。表情がくるくると変わるマルクスは賑やかで面白い。ヴァイスが余り表情を動かさないのもあって新鮮だと思いながら残ったケーキを口に放り込んだ。
「イリス様はいるの?」
「姉さんはヴァイスやオリヴァー様と一緒に第二師団の演習見に行ってるけど」
「あ、そうなんだ。お土産にケーキでもって思ったんだけど」
「持って帰ったら夜にでも食べると思う」
「そんじゃノイ伯爵にも……あ、お前も夜だったら一緒に食べる?三個にしようか」
「そんな気ィ使わなくていいけど」
「俺の気持ち!!迷惑だったらやめるけど!甘いもの好きなんだろ?」
「好き。ありがとう」
持ち帰り用を準備してもらう為、一足先にマルクスは席を立ってケーキの並ぶ冷蔵魔具の前に立つ。ロートスはフルーツ系が好みだし季節のフルーツタルトにしようか、それとも三個とも別のにして選ぶのも楽しんでもらおうか、そんな事を考えながら選んでいたのだがふと視界の端に入ったモノに意識を一気に持っていかれる。
「は?何で?」
思わずそう小声で零したのは、店の前を仲睦まじく歩く男女の姿に驚いたからだろう。一応お忍びというように一般貴族の様な格好をしているが、溢れんばかりの王族オーラが隠しきれていない。そしてその隣を歩く黄金色の髪の娘。
右よし!左よし!誰もいねぇ!!!心の中で頭を抱えたマルクスは絶望的な気持ちになりながら二人を凝視する。例えば生徒会の面子と懇親を深めるためにお出かけという感じでもないし、よくよく考えてみればいつも護衛としてそばにいるオリヴァーは第二師団の演習を見に行っていると聞いたばかりなのを思い出して握る手が嫌な汗をかいているのに気がつく。
オスカー!オスカーいるだろ絶対!といつも彼女のそばにいる眼鏡の同級生の姿を探すも見当たらない。そんな事をあせってしている間に、するりと彼女の手が伸びて男の腕に絡みつく。
それを振りほどく様子もなく親密な様子で店の前を通り過ぎる二人を眺め、声をかけてくる店員の声がマルクスには酷く遠くに聞こえた。
「どうしたの?ケーキ選んだ?」
真後ろから聞こえるロートスの声にマルクスは我に返ると、満面の笑みを浮かべて彼に返事をする。
「めっちゃ悩む!お前どれ食べたい?フルーツ系多くてさ」
「さっきの美味しかったけどこっちも気になる。お前が食べてたのも美味しそうだった」
「お。そんじゃそれ二個とこっちのタルトにするか」
「うん」
声が震えていないだろうか、笑えているだろうか、そんな事を一瞬考えたがロートスはケーキの方へ視線を送っているので大丈夫だろうとマルクスは注文を済ませて商品を待つ。
「そう言えばイリス様って殿下とデートとかすんの?」
「デート?」
「こう……今日の俺らみたいに街歩いたり店覗いたりとか」
「僕らはデートじゃないだろ、気持ち悪い。けどあんましてないかな。王族って出歩くにも許可いるし。子供の頃はお忍びででかけたりもしてたけど、学園入ってからは殿下は生徒会で忙しいし。長期休暇の時はうちの領にレア様とオリヴァー様連れて来てたりはしてた」
「王族って大変なのな」
「護衛とかそんな問題あるんだって。殿下に何かあったら護衛のクビ飛ぶから、お忍びでもオリヴァー様だけは絶対連れていけってヴァイスがきつく言ってる」
商品を受け取る手が震えるのを感じながらマルクスは笑顔を作ると口を開いた。
「俺は貧乏子爵の息子で良かったわ。面倒臭い」
「それは同意。自由に歩けないとか無理」
それじゃぁ行こうか、そんな様子でロートスが店を出る背を眺めながらマルクスは途方に暮れたように遠い目をした後に乾く口内の唾を無理矢理飲み込んだ。
それはそれ。これはこれ。テスト対策大事と言うように、ノイ家に招待されたマルクスはせっせとヴァイスの過去問題を写す。
「ヴァイス様は字が綺麗だな。イリス様も綺麗だったけど」
「姉さんの字見たことあるんだ」
「前のお茶会中断の時に貰った新作茶葉に手紙ついてた。今も大事に置いてる」
「気持ち悪いなお前」
呆れたようなロートスの言葉にマルクスはヘラヘラと笑うとまた作業に戻る。そして漸く全て写し終えたマルクスは背伸びをしてロートスに声をかけた。
「終わったー!ありがと!」
「早いな」
「あんま字は綺麗じゃないけどな。俺が読めればいいし」
「それもそうか。次のテストの時は貰ったら直ぐ声かける」
「え。また写させてくれるの?お前めっちゃいいヤツだな」
「大げさ」
笑いながらロートスはそう言うとマルクスは立ち上がって窓の外に視線を滑らせる。まだ日が暮れる程ではないが、それでも寮に着く頃には大分薄暗くなっているだろう。そう考えてマルクスは帰る旨をロートスに伝える。
するとロートスは玄関先までマルクスを見送ってくれたのだが、丁度そこにイリスが帰宅した。
「あら、もう帰ってしまうの?」
残念そうなイリスの顔を眺めマルクスは曖昧に笑う。そしてちらりと彼女と一緒にいるヴァイスとオリヴァーに視線を送った。屋敷に招かれる様子もないので、恐らく彼女を送っただけなのだろう。そう思ったマルクスはさっさと己の馬車に戻ろうとするヴァイスに声をかけた。
「あの!」
「どーした」
「ええっと……そのぅ……ロートスからテスト問題をお借りしまして……」
「あぁ、別に構わねぇよ。兄弟いるやつは割と上から貰ってんだろ」
何を言うべきか、何を言いたいのか、自分でもよくわからないままヴァイスに声をかけてしまったマルクスはしどろもどろになりながら言葉を探す。その様子にヴァイスは僅かに眉を上げると、口を開いた。
「手前ェ歩いて寮まで帰んのか」
「はい」
「送ってやっから乗れ。そんじゃなオリヴァー」
「ええ。お疲れさまでしたヴァイス」
彼とは別の馬車だったのか、そう思いマルクスは恐る恐ると言うようにヴァイスの顔を見上げる。すると彼はその赤い瞳を僅かに細めて口元を歪めた。
「そんで。何か話あるんじゃねぇの」
「何から話せばいいのやら」
「全部話せ。必要な所は俺が判断する」
ぴしゃりと言い切られれば洗いざらいマルクスは馬車の中で話をする。できるだけ自分の主観は入れずに、あったことをできるだけ正確に、そう考えて必死に言葉を選んだ。
それを黙って聞いていたヴァイスは、つまらなさそうに瞳を細める。
「序列と子どもこさえる順番守れば、愛妾を許容しねぇ程イリスは狭量じゃねぇよ」
そう言われてマルクスは少し思案する。要するに正妻の座はイリス、そして嫡男もイリスが生む。それを守れば良いと言う事だろう。しかしモヤモヤとしたものを抱えて恐る恐ると言うようにマルクスは口を開いた。
「それはわかってますし、婚約も政略的な事だって聞いてます。けど……そのぅ……」
「何だ?」
「イリス様頑張ってるのにって思って……うちは貧乏子爵で、政略結婚にすら縁がない家なんです。貧乏だけど両親の仲は良くて、皆で頑張って何とか家を維持してみたいな」
自分は何の話をしているのだろうと思いながらマルクスはポツポツと話をする。
「だからその……頭では政略的なものだって解ってても、こう……せめて頑張ってるイリス様は殿下に大事にされて欲しいなぁって……。ロートスもイリス様大好きだし、そう思ってるだろうし……ああ、何言いたいのかわからないですよね。すみません。俺もよく分かりません」
貴族の政略結婚も愛妾を持つことも理解はできる。自分には無理だが。でもイリスは第二王子の婚約者としてしっかりとやっているのに、例えばデートに行くとかそんなこともなく、淡々と役割を果たしていて、それすらも労われずと思ったら急に泣けてきたマルクスは言葉をつまらせて俯く。
「……まぁ、本気でイリスを降ろしたいなら円満解消に持ち込むだろうよ」
「え?可能なんですか?」
婚約した頃と情勢が変わったので再度婚約を見直すべきだと双方話し合いの場を設ける。その上でノイ家が伯爵家では荷が重い等適当な理由をつけて婚約者の地位を返上し、それを王家が受理すればお互いに瑕疵のない状態での円満解消ができる。そんな話をヴァイスはする。
「王太子も無事に結婚したし、昔程第二王子の婚約者の椅子ってのは魅力的じゃねぇしな。そんでも欲しがる奴はいっけど」
「イリス様は欲しがってないんですかね」
「政略的なもんだって手前ェ言ってたろ。義理で座ってんだよ」
「……八年も?」
「そーだよ。国がノイ伯爵家に頭下げて円満解消可能前提で婚約した。言いふらしたら消すからな。ここだけの話にしとけ」
「ヒェッ」
思わず喉で悲鳴を上げたマルクスを眺めヴァイスは意地悪く口元を歪める。あ、この人やるわ。絶対俺の事消す、そんな事を考えてマルクスは唾を飲み込んだ。
普通は中央での権力拡大の為に娘を輿入れさせたいと貴族などは考えるのだが、ノイ家は確かにそちらには興味がない。国が頭を下げてなどマルクスには思いもよらなかったが、宰相の三男であるヴァイスが言うのならそうなのだろうと納得もできた。
「円満解消するにしても時期見てだろうし、今は放っておけ」
「えっと……イリス様を妾にとかそういう心配はないですかね。ほら、イリス様は優秀ですし能力的に手放したくない的な」
「んな事してみろ。可愛い娘が能力だけ欲されて妾とか許さねぇノイ伯爵がブチギレて研究所辞めて国庫が傾く」
「え!?そんなにノイ伯爵稼いでるんですか!?」
研究所を通して作成した魔具に関しては利権料が国にも入るようになっているので国庫を潤している。もしも研究所を辞めて個人的に商会等を通して販売すれば国がとっていた利権料は丸まま懐に入ることになるのだ。多少商会からの売上にかかる税収で国庫に回収できるが、それでも研究所に所属していた頃に比べれば微々たるものであろう。
「例えばですよ?国が研究所を辞めるならノイ家の魔具を商会に扱わせないって言った場合は?」
「まぁうちの商会は徹底抗戦だな。魔具の扱いなきゃ潰れる。多少税金面で圧がかかっても扱う。その前にノイ家が爵位返上して国外逃亡の可能性高いけどよ」
「ノイ家の思いきりが良すぎる!!」
「あんま爵位に頓着してねぇだろあの家」
「……ですよねぇ。完全に国庫がノイ家頼り切りでちょっと引く」
「そもそも金の卵産ませたくてノイ家に爵位与えたんだろ国は。そんでも家畜じゃねぇからな。気に入らなきゃさっさとどこぞにでも行くだろあの一族は」
「イリス様に幸せになってほしいけど、婚約解消も困る……」
「円満なら問題ねぇって言ってんだろ」
呆れたようにヴァイスが言うと、マルクスは顔を覆ったまま口を開いた。
「ヴァイス様は」
「ん?」
「もしも……本当にもしもですけど、殿下とイリス様が……ノイ家と国が仲違いすることになったら……どうします?」
「どうってのは?」
「俺は……貧乏子爵の五男坊でなんもロートスにしてやれねぇけど、こう……爵位返上とかになったら当座の資金とかいるだろうし、住む所とか困るだろうし……国外逃亡までなんとか匿うとか……そんな感じで助けたいんです。でもぶっちゃけお金ない」
「だろうな」
「借金とかさせてくれますか?一生働いて返します。軍属になってめっちゃ出世して、ガンガン稼ぎますから」
「手前ェがそこまでする義理ねぇだろ」
「ロートスの友達だし」
「……出世はできねぇな手前ェは。人が良すぎる」
「がんばります」
「俺がノイ家は面倒見っから心配すんな。命の恩人切るような事しねぇよ」
驚いたようにマルクスがヴァイスの顔を眺めると、彼は赤い瞳を細めて笑う。
「もしもの話をそこまで真剣に考えるとか見かけによらず真面目だな手前ェは」
「いやいやいやいや。もう今日はえらいもの見てしまったとか!気が気じゃなかったんですよ!?殿下もこっそりいちゃつけばいいのに!!王族オーラダダ漏れであれはない!!イリス様をデートに誘わないってのもない!!」
「まぁ、イリスのデートは仕方ねぇだろ。護衛の問題あるし」
「……でもエーファとはしてましたよねお忍びデート。結局やる気の問題なんだと思いますけど」
「そーだな」
思わず冷ややかな声をマルクスは出してしまった訳なのだが、ヴァイスがそれを気にした様子もなく咽喉で笑ったのを眺め口を尖らせる。
「何がおかしいんですか」
「いや。ロートスにいい友達が出来たって思っただけだよ」
嬉しそうに瞳を細めるヴァイスを眺め、この人本当にノイ姉弟が好きなんだな、そんな事を考えてマルクスは口元を緩めた。
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