第10話

「俺の数年分の小遣いが畑の肥やしになる所だった」


 顔を覆いながらマルクスがそう言い放つと、ロートスは思わず笑う。

 場所は学園内に設置されているカフェテリア。食堂は昼しか開いていないが、軽食やお茶を飲むこの場所は学園が開いている時間内は営業している。


「間に合って良かったな」

「早馬飛ばしたし。干してる所にミュラー商会の人来て、なめし方教えてくれたって」

「うちの領は子どもが小遣い稼ぎに魔物の素材加工するけどな」

「まじかよ。ノイ領民たくましすぎない!?」


 小型ならば討伐隊がでなくても領民が狩ってしまうこともあるし、それを子どもが素材として加工しミュラー商会に持ち込む。余りにもよく見る光景なのでロートスにはマルクスが驚いた理由が解らなかったが、呆れたようにヴァイスが口を開いた。


「大破壊ん時に魔物は生命脅かすモンで、とりあえず倒せってイメージついたからな。素材を取ろうとかそんな余裕他の領にはねぇんだろ。ノイ領は珍しい。あそこでは昔から魔物は素材か食料扱いだからな」


 大破壊時に食糧難もあったので、肉などは毒性がなければ食用とされていたし今も流通している。ただ、素材を取るには綺麗に討伐せねばならない。そこまでの余裕はないのだろう。マルクスの所で溺死させた蛇型魔物の皮が高値で売れたのは偶然皮に傷が入らない討伐方法を取っていたからだ。


「あ、ヴァイス様。これ」

「それ何?」

「俺の友達の領でよく出る魔物リスト」


 マルクスがヴァイスに渡したメモをロートスは覗き込んで口を開く。それを受け取ったヴァイスは僅かに瞳を細めながらその文字を追って、リストの横に文字を書きつけた。恐らく取れる素材と価格だろう。


「うち以外で魔物素材って売る所少ないの?」

「それ専門の奴もいるけど、服とか装飾として使えるって皆知ってるモノ以外は持ち込み少ねぇんだ。魔具に何の素材使われてるとか知らねぇ奴多いし。まぁ、今は多少魔物討伐に余裕出てきた領もあるからできれば売ってくれって声かけてる」


 その一環として友達の多いマルクスに他領の情報を集めさせたのだろう。ロートスもマルクスを通して知り合った貴族令息は増えてきたが、この辺りの情報収集は圧倒的に人懐っこいマルクスのほうが得意なのだ。恐らくヴァイスもそれを知っているから彼に任せたのだろう。


「魔具かぁ。そう言えば知らないなぁ。すげー使ってるのに」

「普通はそんなもんだろ。俺もノイ家とか中央研究所の発注で何となく分かる程度だし、イリスがバラした魔具見て他より知ってるレベルだな」

「え?イリス様も魔具触るんですか?」

「そりゃうちの人間は皆魔具触るし、改造とかするよ。流石に父さんみたいにボコボコ新作作ったりはしないけど」


 余りイリスが魔具を作ったりするイメージが無かったのだろう、マルクスは驚いたように声を上げる。

 第二王子の婚約者で、礼儀作法・ダンス・教養、どれを取ってもマルクスから見れば上級である。欠点らしい欠点も見当たらないし、性格も穏やか。言ってしまえばパーフェクト。


「姉さんは休みの日に工房に籠もってよく魔具バラしてる。学園入る前は王族教育とかで忙しかったけど、今はマシだし」

「王族教育かー。こう!ビシバシ!って感じ?」

「ダンスとかは僕も付き合って結構仕込まれた。勉強はまぁ、姉さん元々好きだからコツコツやってたし」

「コツコツか。イリス様っぽいなぁ。こう……真面目な?」

「そーだな。ヴァイスも割と指導もしてた」

「え?ヴァイス様凄いですね」


 ヴァイスは宰相の三男であるので王族ではない。けれど、第二王子の乳兄弟と言うことで、その辺りはきちんとできるのだろうか、そんな事を考えてマルクスはヴァイスを眺める。黙っていれば顔も良いし紅茶を飲む姿も絵になる。口を開けば喋り方が雑なので残念な上に、キツイ物言いをするので敬遠されがちではあった。一言で言えばおっかない、嘗てロートスにマルクスが言った印象どおりである。

 ただ、ロートスにくっついてちょこちょこ話をすれば、それなりに面倒見はいいとマルクスには思えた。

 そしてマルクスはちらりとヴァイスと背中合わせに座る黒髪に視線を送る。

 隣のテーブルで行われているのは女生徒の軽いお茶会。レアが友人を連れてイリスをお茶に誘ったのだ。いつも一緒にいるヴァイスやロートスも同じテーブルにつくのかと思えば、隣のテーブルでこうやってお茶を飲みだしたのでマルクスは驚いた。女性同士の楽しみに水を差さないようにと言う気遣いなのだろう。


「そう言えばミュラー商会の新しいフレーバーお試しになりました?」

「先日行ったら売り切れでしたわ」


 春の陽だまりに響くのは可愛らしい会話。新しいフレーバーというのは、去年からミュラー商会が季節限定で出している茶葉の事だと言うのはマルクスでも解った。学園のカフェテリアも人気のその茶葉を入れているのだ。安価とは言えないが、庶民でも手の届く価格帯であり、季節に合わせて調合を変えて販売されるのもあり大人気である。

 やはりお茶会等開くのもあり女性はその辺りきちんとチェックしているのだろうとぼんやり考えるマルクスの耳にレアの鈴を転がした様な可愛らしい声が聞こえる。


「わたくしは先日。お義姉様から新しい調合になる度に頂いていますので。春らしい優しい後味の調合でしたわよ」

「それは楽しみですわ!でも私は冬のフレーバーをとても気に入ってましたの。とても身体が温まるので飲むとよく眠れましたし……。入れ替わってしまうのが残念です」


 少し残念そうな令嬢の声。すると突然ヴァイスがメモに何かを書き付けて立ち上がったので、ロートスもマルクスも驚いたような顔をする。

 そしてヴァイスはそのメモを令嬢に差し出した。突然の行動に面食らった様な表情を令嬢は作ったが、そのメモを受け取り更に困惑したような表情を作る。


「紅茶缶の裏底に調合毎に番号振ってある。それをミュラー商会に伝えて注文すれば二、三日で手に入る。それは冬の調合番号」

「まぁ!本当ですか!?」

「今は新作分の作成で忙しいから少し時間かかるかもしれねぇけど、今までの商品は全部調合表が商会にあっから、他にも気に入ったのあったら注文してくれ」


 瞳を丸くして令嬢はメモに視線を落とした。茶葉の入っている缶自体は見たことがあるが、屋敷で飲む場合は侍女が淹れることも多いのでそんな番号が振ってある事も知らなかったのだろう。気に入った調合がまた手に入る事が嬉しいのか令嬢は微笑みを零した。それに対してレアはやや呆れたようにヴァイスに視線を送って口を開く。


「本当ヴァイスは商売に対しては熱心よね」

「折角イリスが調合したんだ。売れた方がいいだろ」

「まぁそうですけど……」

「え!?イリス様が調合なさってるのですか?」

「ええそうよ。お義姉様が調合した茶葉をミュラー会長が気に入られて販売することになったんですって。学園で飲めるようにしたのはヴァイスですけど」

「良い宣伝になんだろ。イリスも感想聞きたいって言うしよ」

「そうね。ヴァイスのお陰で去年は沢山感想が聞けて良かったわ。皆様も飲んだら是非感想聞かせて下さいね」


 淡く微笑むイリスに令嬢たちはコクコクと頷いた。そしてそれを眺めるとヴァイスは満足そうに笑う。

 普段はどちらかと言えば近寄りがたい雰囲気を出しているヴァイスの表情が緩んだのを見た令嬢達は、思わず頬を赤らめる。その後、二言、三言イリスの耳元で囁きかけた後ヴァイスはまた己の席へ戻った。


「はぁ、ヴァイス様の笑顔……尊い……」

「珍しい物を見てしまいましたわ……」

「そう?」

「レア様はヴァイス様と親しいから珍しくないかもしれませんが、我々からすれば貴重ですよぅ……」

「確かにロートスやお義姉様といる時はよく笑ってるけど普段はしかめっ面といえばそうね」


 隣のテーブルにヴァイスがいるので小声で囁くように令嬢たちは言葉を零す。例えばルフト等は典型的な王子様として人当たりも良いし、表情も柔らかく一般生徒にも優しく微笑みかけてくれるのだが、ヴァイスは顔立ちこそ整っているがルフト程笑わないのでその一回の破壊力が凄い、そんな事をこそこそと令嬢たちは力説する。それを聞いてイリスは扇で口元を隠しながら瞳を細めて控えめに笑った。


「はーイリス様の調合なのかー。俺も買おうかな」

「もう少しで学園でも飲める様になるし、味見てから決めりゃいいんじゃねぇの?」

「っていうか、よくあの不味い薬をあの味にできるよね」

「え?薬なの!?」


 ロートスの言葉にマルクスは驚いたように声を上げた。すると彼は、元々は母親の故郷で薬として飲まれていた茶葉をベースにしているのだと言う。

 疲労回復とリラックス効果。母親の故郷では魅了や幻覚魔法効果を中和する薬として飲まれていたのだが、癖が強くて飲みにくいものであった。ただ、夫であるノイ伯爵の研究のお供にと飲みやすいように他の茶葉と混ぜて味の調整をしていたのだ。そして彼女が亡くなった後はイリスがそれを真似て色々と調合を試しており、それがミュラー会長の目に止まった。


「魅了魔法って本当にあるんだ」

「いや、知らない。けど、ぼんやりしてる時に飲むと頭がスッキリするからそう言われてるだけかもしれないって母さん言ってた。単体で飲むと吃驚するぐらい飲みにくい」

「はー。勉強のお供にいいかもなぁ」


 学園では定期試験等もあるので自宅で勉強をすることも多いのだ。やはり買わねばとマルクスが心に決めるとロートスが笑う。


「出始めは売り切れ多いけど学園に入る頃には供給安定するから」

「ロートスもミュラー商会の手先か!」


 完全に宣伝モードだと言うようにマルクスは思わず突っ込む。

 そんな話をしていると突然ロートスとヴァイスの名前が呼ばれて、一同そちらへ視線を移した。

 黄金色の髪をした女生徒……エーファとその友達であろう者達。

 ヴァイスは不機嫌そうに眉を寄せ、ロートスは短く、何?と言葉を放つ。


「あの!先日助けていただいたお礼にクッキーを焼いてきましたので、よろしかったら……」


 恥ずかしそうに微笑んで差し出された二袋のクッキーを眺めマルクスは、いいなぁ令嬢手作りかぁ、等とのんきに思ったのだが、ちらりと差し出された二人の表情を見て凍りつく。不機嫌そうを通り越して冷ややかな表情のヴァイスと、苛立った様なロートス。そして隣のテーブルに座るレアも露骨に眉を寄せている。イリスに関してはマルクスの位置から表情が見えなかったのだが、扇で口元を隠したままなことだけは確認できた。


「いらねぇよ」

「でも……」


 どうやったらそんな冷たい声が出せるのかと言う様なヴァイスの言葉にエーファは食い下がるように言葉を重ねようとする。


「遠慮なさらないでください。エーファはとってもお料理上手なんですよ」


 援護するようにエーファの友達が言うのだが、そこでマルクスは漸く彼らが不機嫌になった理由に思い至った。

 口にするものに対して神経質なヴァイス。恐らく素人の手作りのものなどは基本受け付けないのだろう。寧ろこれは無理に勧めたら嫌がらせに取られるのではないかと焦ったマルクスはロートスの表情を伺う。

 するとロートスは手を伸ばして一袋エーファの手からクッキーを取った。それに彼女はホッとしたような、嬉しそうな顔をしたが、それはそのままマルクスに渡された。

 何で!?と声をあげようとマルクスはしたのだが、それより先にロートスが言葉を放った。


「アンタ助けたのは姉さんとマルクスだけど。僕はリーダーだったマルクスの指示に従っただけだし。礼を言う相手間違ってない?」

「……え?」


 呆然としたようにエーファはロートスの顔を眺める。それに対してロートスは何で分からないのだと言うように眉を寄せた。


「けどエーファはロートス様とヴァイス様の為に……」

「だから、前提が間違ってるんだって。受け取る理由も礼を言われる理由もない。そもそもヴァイスは何が入ってるか解らないもの食べられないし」

「何がって……私はおかしなものは決して……」


 萎れる様にエーファは俯いて小さく零す。うっすらと瞳に涙が浮かんでいるが、ロートスはそれを無視するようにマルクスの方を見た。


「僕はいらないし、受け取るならマルクスだと思う」

「……まぁ、道理的にそうかもしれないけど、え?この状態で俺が受け取るの?」


 えらい所に居合わせてしまったとマルクスはどうしたら良いのか解らず視線を彷徨わせる。

 すると、レアが椅子から立ち上がりゆっくりとエーファの所へ歩みよると口を開いた。


「ヴァイスが口にするものに対して気を使っているのはご存知?食べたくないじゃなくて、食べられないの。一週間も生死の間を彷徨って、苦しんで、今だって漸く食べられてる状態なのよ。無理強いするなんて嫌がらせかしらエーファさん」

「嫌がらせなんてそんなつもりは!!」

「そもそもプレゼントを贈る相手の事をちゃんと考えていらっしゃる?ヴァイスが手作りの食べ物を受け付けないなんて皆知っていますわ。……お友達もエーファさんがご存知ないのでしたら教えて差し上げればよろしいのに」


 たっぷり嫌味を交えて言葉を放つレアを一同驚いた様に眺める。するとエーファの友達も気まずそうに顔を下げた。恐らくあの様子ならば知っていたが、大丈夫だろうと軽く考えて止めなかったのだろう。


「……ねぇエーファさん。気をつけないと貴方にとっては善意でも、相手にとっては悪意に取られてしまうこともありますわよ」

「レア様」

「はい、お義姉さま」

「……お話の途中で申し訳ないのですけれど、図書館が閉まる前に本を取りに行きたいので中座させて頂きますわね」


 突然の申し出に皆の視線がイリスに集まる。すると彼女は淡く微笑んで立ち上がり、テーブルにつく令嬢たちに中座することを再度詫びる。


「また日を改めてお茶をさせて下さいね。エーファさんもお話の邪魔をしてごめんなさい」


 エーファは涙を浮かべた瞳をイリスに向けると戸惑ったように頷く。すると、ヴァイスとロートスは無言で立ち上がりイリスと一緒にその場を離れた。慌ててマルクスも立ち上がり、レアにお辞儀をすると走ってイリス達を追いかける。

 パチン、とレアが扇を閉じる音がその場に響いた。そしてエーファに視線を送ると、冷ややかに言葉を零す


「……そう言えば生徒会に入られたそうね。新入生代表として頑張ってくださいませ」

「はい」


 ペコリと頭を下げると、エーファは俯きながら友人たちとその場を後にした。


***


「……露骨だったわよね。ぶった切り過ぎよね。我ながら下手くそで泣きそう」

「あそこで止めなきゃ末姫がもっと荒ぶってただろーよ」


 あ、素のイリス様可愛い、そんな事を考えながらマルクスは図書館へ向かう三人の後について歩いていた。ヴァイスが手を伸ばして慰めるようにイリスの頭を片手で撫でるのを眺め、ロートスが呆れたように言葉を零す。


「姉さんの髪ぐちゃぐちゃになる」

「後で俺が直すから構わねぇだろ」

「マルクス君もごめんなさい。お茶の途中だったでしょう?」

「いやいやいやいや!あの空気のままの方が怖いですって!逃げられて感謝してます!」

 ブンブンと首を振るマルクスを眺め、ホッとしたようにイリスは表情を和らげる。おっとりしていそうなレアがあそこまでガンガン責めるとは思わずマルクスも肝が冷えた。


「っていうかあの女、前も殿下に礼言ってたのに姉さんとマルクスには礼言わなかった。その時も相手違うって言ったのに耳悪いの」

「頭が悪いんじゃねぇの」


 酷い言われようだと思いながらも、マルクスは複雑な表情で貰ったクッキーに視線を落とす。確かにエーファの友人が言うようによく出来ているので料理は得意なのかもしれない。けれど、流石にロートスはともかくヴァイスへこのチョイスはないとマルクスは思う。


「……末姫の友達に新作茶葉贈るからお前一筆書いてくれ」

「今日の子達?そうね。お詫びしておいた方がいいわよね。マルクス君の分も手配できる?」

「それもそーだな」

「え!?いいですよイリス様!」


 慌てたように遠慮の言葉をマルクスが述べるとロートスは能天気に、貰っておけば?買うつもりだったんでしょ?と言葉を放つ。是非、とイリスに再度言われれば余り固辞するのも失礼かとマルクスは笑って、楽しみにしています、と瞳を細めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る