第6話 ヒロインよ、あっちへ行け


 ゲーム開始直後に行われる紅白戦。 

 その戦いでは、プレイヤーは初めてのボス戦を行い『ソドアス』の戦闘システムを学ぶ。


 白組の将はプレイヤーの分身たる主人公。

 赤組の将は悪役である皆の嫌われ者ヴィクセン。


 赤組の副官にリーゼットが名乗り出るエラーは起きたものの、今のところは『ソドアス』の展開そのままに事が進んでいる。


「こ、紅白戦のチーム分けですが、そ、それはこちらで指名しません。将や副官に選ばれなかった皆さんは、す、好きな方を選んでください」


 教壇に立つヨーレの言葉で、教室にどよめきが走る。

 もちろん、俺は知っているから特に反応を示さない。


 この教室にいる人数はピッタリ六十人。

 普通その人数を二つに分け争うとするなら、二つに割って三十対三十で争うだろう。

 しかし、この紅白戦ではそうしない。それには理由があった。


「こ、この騎士学園は騎士を育成する学園ですが、同時に士官を育成する機関でもあります。士官や将には、ち、力だけでなく人望も求められます。そ、そのため皆さんは自分が信じられる将を選び、しょ、将となったお二人は自らの有望さを見せ勧誘することを勧めます」


 イドニック騎士学園。それは騎士を育てる学園だが、騎士の中にも部下を指揮する者――つまり士官がいる。

 士官、将、つまり部下に指示を出す人間には、その指示に説得力を持たせる人望が必要だというのが、騎士学園の言い分らしい。


 そういう訳で、どちらかの組に人数が偏っても、それはその将に人望があっての結果である。むしろ、自分の組にどれだけ人を集められるか、そういった点から紅白戦はもう始まっていると言いたいのだろう。


 一つのクラスを二つに分けるのにそのやり方はどうなんだと思いはするが、俺はこのやり方が好きだった。


 だって、ゲーム内であればヒロイン全員を勧誘することが可能だからな!ヴィクセンとヒロインが紅白戦とはいえ同じ勢力にいるだなんてカップル厨の俺には耐えられん。

 そんな俺にとってこのルールはまさに天の恵みであった。


「紅白戦について、何か質問はありますか? ……な、無いようなのでこれでホームルームを終わります。各自、一時限目の授業の用意をしておいてください」


 ヨーレは初めての仕事を無事に終わらせた安堵で一息ついた後、ゆっくりした動きで教室を出て行った。


 その瞬間、教室の生徒たちが二つの集団に分かれ始める。

 無論、紅白戦の組み分けだ。


 主人公――キース率いる白組を希望する生徒は彼の元へ、俺――ヴィクセン率いる紅組を希望する生徒は俺の元へ集まりだす。


 ヴィクセンは悪役貴族であり、学園にいる貴族の子弟たちの多くはヴィクセンの性格の悪さを知っている。

 そのため、俺の元へ集まる生徒は少ないと思っていたのだが――。


「ヴィクセン様、共に平民の分際で誇り高き騎士学園へ入学したあの男に仕置きをしましょう」

「エリッセ男爵嫡男である私も勿論加勢させて頂きます」

「あ、ずるいぞ。ヴィクセン様、私、トーリ子爵家嫡男スリードのこともお忘れなく」

「……意外に、集まったな」

「これも全てヴィクセン様の人望の賜物かと」


 細かく数えたわけじゃないが、恐らく三十人程は俺の元へと集まっただろう。

 

 しかし、それだけの人数が集まったのは、リーゼットの言う俺の人望のおかげではない。

 そのほとんどは貴族であり、公爵家の息子という俺の肩書に釣られたものと平民の指示なんか受けられるかと言った者ばかりだ。

 ちら、とキースの集団を見るとそこにいたのは少ない貴族とこの教室にいるほとんどの平民だった。


 きっと白組を希望する貴族はヴィクセンのことを本気で嫌っている連中だ。公爵家との繋がりよりも悪名高いヴィクセンの軍を拒否することを選んだ奴らってことだ。

 まぁ、その選択は妥当だろう。見れば、キースの周りにいる貴族子弟のほとんどは女性だし、こっちを白い目で見てるしね。やめて。


 

 さて、ここで紅白戦における俺の動きについて話したいと思うのだが。

 勿論、俺の目的は主人公とヒロインをさっさとくっつけてそのイチャイチャを遠目から見守ることにある。


 そのためには、ヒロイン全員をキース率いる白組に加入させ、俺は当て馬となるべく負けるつもりだ。

 だが、簡単に負けるよりも、吊り橋効果と言うのだろうか、手に汗握る接戦の方が、主人公とヒロインの絆は強くなるだろう。

 なので、ギリギリの接戦を演じつつ、最後には負ける。これで行こうと思っている。


 競っているように見せつつ、最後の最後には自ら負ける。難しそうに聞こえるが、なに。俺は『ソドアス』ガチ勢にしてネット対戦ガチ勢。ここは少し、俺の実力でも見せてやろう。


 そう意気込む俺であったが、ここで問題があった。

 それは……


「ローゼリア、ギリア、何故お前たちがここにいる?」


 そう、メインヒロインであるローゼリアとギリアが共に俺のそばに集まっていた。主人公であるキースの方ではなく。


「なんでって……貴方の方が指揮能力はあると思うし、悪く言うつもりはないけれど彼、平民出身でしょう? とてもまともな指揮をできるとは思えないわ」

「わ、わたくしはローゼリア殿下がこちらにいらしたので。け、決して貴方がいるからという理由ではありませんわ!」

「お、おう……」


 さて、どうしたものか。

 このまま紅白戦に突入してしまえば、ヴィクセンとローゼリア、そしてギリアの親密度が上がってしまう。 

 そうなれば俺は解釈違いを起こし、目から血を流し、蕁麻疹に襲われながら舌を噛み切るだろう。


 なんとかして、彼女たちにはキースの白組を選んで欲しいのだが……。


「あ~……お前たちは白組の方がいいんじゃないか?」

「? 何故?」

「ほら、あれだ、キースとかいう男は確かに平民だが、中々見どころがありそうな奴じゃないか」

「……そう?」

「そもそも私はまだ一回も話したことありませんし……今の段階では貴方の方がまだマシですわ」

「…………」


 う~ん、だめそう!


 いや、ここで諦める訳にはいかないんだが。俺にもカップル厨としての矜持があるし。

 だが、どうしたものか……。


 『ソドアス』の主人公キースは、主人公らしくステータスが高く登場するキャラで一番の伸びしろを持つ。

 だが、それは勿論プレイヤーである俺だからこそ知っていることであって、今日が初対面であるローゼリアやギリアにとっては与り知らないことであろう。


 中々良い説得方法が思いつかない俺に、不機嫌そうな声がかけられた。


「おい、ヴィクセン」

「……ユリヤか」


 ローゼリアに仕える従者、ユリヤ。水色の髪を無造作に伸ばし、髪と同じ色の瞳を持つ彼女は、ローゼリアの影から現れるように姿を見せた。

 幼さの残るその顔は怒りに歪められ、次の瞬間俺は殴られるんじゃないかという威圧感さえ受け取れる。


「てめぇ、ローゼリアがわざわざお前の軍を選ぶっつってんだよ。そこはありがたく素直にありがとうございますじゃねえのか?」


 ユリヤはローゼリアの従者になるまでの経緯からローゼリアに心酔しており、また昔からヴィクセンがローゼリアに度々求婚しているのを間近で見ていたため、ヴィクセンのことを心の底から嫌っている。


 そんな彼女からすれば、ローゼリアがヴィクセン率いる紅組を選ぶ時点で業腹ものなのに、ヴィクセンがそれを無下にしようとしているならそれも猶更であろう。


 普段の俺ならちびりそうになりそうなユリヤのその剣幕だが、俺は彼女の憤怒の表情を見てある決心がついた。


 ローゼリアやギリアと会話した時、何故か彼女たちは俺が思っているよりもドライな反応ではなく、意外にも俺に笑顔を見せてくれた。嫌われ者のヴィクセンにである。

 そのせいで少し絆されそうになってしまったが、俺は元々悪役貴族であり、ゲーマーにもゲームの中のキャラにも嫌われるヴィクセンだ。


 ……ありがとうよ、ユリヤ。お陰で俺は勘違いせずに済んだ。


「は、ローゼリアがわざわざ俺の軍を選んだ? そんなもの、こっちから願い下げだ」

「なっ……!」


 意識して数段低くした俺の声に、ユリヤは更に表情を歪める。

 はっきり言ってその顔は非常に怖いが、俺は震える唇で言葉を紡ぐ。


「ローゼリアもギリアも俺の軍には不要だ。紅白戦などという戦争ごっこ、俺一人で十分だ。そんな戦いにお前たちがいたら俺の見せ場がなくなってしまう。だから、お前たちが俺の軍にいたって俺はお前らに後方待機を命じるだろう。……ああ、それとも戦いに疲れた男たちを慰める方がお似合いか?」

「てっめ……!」


 ユリヤはこめかみに青筋を浮かび上がらせ拳をわなわなと震わせる。

 

(怖すぎィ……! だ、だけど、ここで俺が退くわけにはいかん!)


 視線を横にずらすと、ギリアが俺の事を汚物でも見るような目で見つめていた。


 じ、自分でやったこととはいえヒロインたちにそんな目で見られるのは中々に来るものがあるな……。

 だが、これも主人公とお前たちをとっととくっつかせるために必要な事なんだ。ヒロインたちは主人公と結ばれることでそれぞれのしがらみから解き放たれ、救われる。一人の『ソドアス』プレイヤーとしてヒロインたちにはなるべく早く救われて欲しいし、早く主人公とヒロインのカップルを見たいんだ。


「ねぇ」

「……!?」


 その瞬間、ローゼリアが俺にずいっと顔を近づけた。

 ほんの少し動くだけで唇同士が触れてしまいそうな、そんなガチ恋距離。


 ちょ、待ってください、そんな核兵器並みの破壊力を持つ顔をそんな近づけないで。その顔はキース君に近づけてあげて!?


「あなた、何を考えているのかしら」


 顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせる俺に、ローゼリアは小声で囁く。その声は俺とローゼリアにしか聞こえていない程小さいものだった。


「何を、考えているかだって……?」


 そんなもの、一つだ。


「お前たちがいるべき場所はここじゃないってことだ」


 俺は、ローゼリアに倣って彼女にしか聞こえない声量でそう言った。


 そう。ヒロインである彼女たちがいるべき場所は俺の側ではない。主人公であるキースの側に他ならないはずだ。


 それに、俺は何処まで行っても悪役貴族。俺の事を嫌う人間はたくさんいる。

 そんな俺の側にいるだけでも、きっと彼女たちには悪評がたってしまうだろう。

 

「…………そう」

「……?」


 ローゼリアは、何故かとても腑に落ちた顔を俺に見せて、その麗しい顔を遠ざけた。

 な、なんだ? 自分で言っといてあれだが、今の言葉で何を理解したんだ?


「ユリヤ、いくわよ」

「ローゼリア!?」

「ふふ、じゃあね、ヴィクセン」

「っ!? ……ああ、お前があっちに行ってくれてせいせいするな」


 ローゼリアは俺に微笑むと、未だ納得していないユリヤを引き連れ、キースの元へ歩き出した。


「ギリア、お前もいけ」

「い、言われなくても行きますわ! ……全く、少しは昔に戻ったと思ったら…………」


 ギリアも、ぶつくさ言いながらローゼリアの後を追った。

 ふぅ。これでミッションコンプリート。無事にヒロイン全員をキース率いる白組へ加入させることが出来た。


「殿下が行くなら僕も……」

「殿下がいるからこっちに来たのに、ヴィクセンしかいないんだったら意味ないじゃん」


 また、それに続くように俺の側にいた生徒たちも離れていく。彼らは俺目当てではなく皇女殿下であるローゼリアのいる方を選んでいるのだろう。


 ローゼリアやそんな生徒たちを見送ると、俺の側に集まっている生徒たちの数は激変していた。


「……リーゼット、総員の人数は?」

「私たちを含めて15人でございます」


 ……15対45か。

 それだけでも不利なのに、相手には『ソドアス』最強キャラ、主人公キースだったり、筋力お化けギリア、ヒロイン一の実力を持つローゼリアなどがいる。

 それに比べてこちらにいるのはほとんどモブ生徒。


 …………いいじゃないか。熱くなってきた。

 不利な戦闘なんて、『ソドアス』で何回もプレイしてきた。

 いいぜ。対人戦闘32連勝の記録を持つ俺が相手してやる。


「……え?」


 来たる紅白戦に向けて、熱い戦いを見せつつ敗退する闘志を燃やしていると、俺の視界にあり得ない人物が映った。


 ふわふわとした桃色の髪を肩の上で切りそろえ、白い瞳は緊張で揺れている。恐らく制服のサイズがあっていないのだろう、両手はほとんど袖に隠れ、その様子からまるで怯えた小動物に見えるような女生徒。


「な、なんで……」


 俺が喘ぐように呟くと、彼女は肩をびくんと跳ね上げ、恐る恐るといった様子で口を開いた。


「や、やっぱり、平民の私がここにいてはいけなかったでしょうか……」


 キースと同じ村出身で、赤ん坊の時から共に育った彼の幼馴染。

 『ソドアス』ではどのルートを選んでも最後までキースと共に戦ってくれる頼れるキャラ。


 彼女――ラフィー・エレッタは貴族出身の生徒たちの奇異な目で射抜かれながら、震えた声でそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る