第4話 ノッポ系ヒロイン

 イドニック騎士学園の校門をくぐり、指定された教室へ歩く。

 やはりというべきか、帝国宰相を務めるアウドライヒ公爵家の次男である俺は色んな意味で有名人であり、廊下ですれ違う生徒のほとんどが俺に何かしらのアクションを行ってくる。


 ある者は、俺の公爵次男という立場を見て、挨拶をしてくる。

 ある者は、俺の性格の悪さを知っていて、白い目で見てくる。


 名も知らぬ貴族の子供の挨拶だったり、自分には身に覚えのない悪行への批難の眼差しだったり、教室に着くだけで俺は結構疲れていた。

 でも、ヴィクセンって確かに主人公やヒロインには嫌われてたけど、取り巻きは結構いたんだよな……。意外と面倒見がいいのかもしれない。


「ヴィクセン様、こちらの教室になります」

「……ああ、案内ご苦労、リーゼット」

「勿体ないお言葉です」


 だが、俺にとっての本番はこれからだ。

 教室の中にはきっと、『ソドアス』の主人公とヒロインたちが勢ぞろいしているはずだ。

 ここが俺の天王山。さっさとヒロインと主人公をくっつけて、そのイチャラブっぷりを見てこの頭を癒したい!


 俺を先導していたリーゼットが教室の扉を開く。

 目の前に広がるのは大学の講義室のようなだだっ広い部屋だった。

 百人程が入る部屋で、生徒が授業を受ける席と机が扇状に広がっている。その扇の根元にあるのが教師の立つ教壇と黒板。

 ……うん、大学の講義室じゃなくてそのまま講義室だな。


 さて、どこに座ろうかとぐるりと教室を見渡す俺だが、視界に一際目立つ金色が映る。


 ふわふわと広がる金髪のロングヘアーに本来なら目が行くだろうが、彼女を見て真っ先に驚くのはその背丈だろう。

 座っていても立ってんじゃねえかと見間違う程の長身。設定集によれば彼女の身長は198cm。ギャルゲーのヒロインをそこまで長身にするとは、『ソドアス』は中々思い切ったことをするなと思ったものだった。


 俺はスタスタと彼女の方へ歩き出し、隣に座った。


「おはよう、ギリア」


 無難な挨拶をすると、彼女はこちらへ振り返る。

 青い瞳が俺を射抜いたと思うと、彼女はうんざりとした表情を作り溜息をついた。


「はぁ……ヴィクセンですの」


 彼女――ギリア・ゴリエット・ノクターはうんざりとした声色でそう言った。

 相変わらず、ヴィクセンの嫌われっぷりが光るな。


「先に言っておきますけれど、貴方の求婚を聞くつもりはありませんわよ」


 ヴィクセン……お前ギリアにも求婚していたのか。節操なさすぎだろ。


「もうお前にそう言った話をするつもりはない」


 だが、今の俺はヴィクセンではない。

 ただひたすらに、主人公×ヒロインのカップリングが見たいただのカップル厨だ。

 しかし、ギリアは目をぱちくりとさせ、驚いた顔で口を開いた。


「……何か変な物でも食べました?」


 どれだけ信用されてないんだよ、ヴィクセンェ……。

 ホント、ヴィクセンは正真正銘の悪役貴族らしいな。


「いや、好かれてもいない人間と結婚しても仕方がないと思っただけだ」

「はぁ……。どういう心変わりですの?」

「……なんでもいいだろ」


 馬鹿正直に人格が変わってしまったんだと言う訳にもいかず、俺は言葉を濁す。


「それでしたら、何故私の隣に?席はまだ空いていますわよ」

「なに、幼馴染の姿を見つけたんだ。挨拶するのは自然のことだろう?」


 ヴィクセンは幼いころからたくさんの貴族の子弟と顔見知りだ。それはこのギリアも例外ではなく、帝国で代々軍務卿を務めるノクター伯爵家の長女である彼女とヴィクセンは特に仲が良かったと、俺は記憶していた。


「……私からあなたに言う事なんてありませんわよ」

「そうか。じゃあこっちから勝手に喋らせてもらおう。最近いい奴は出来たか?」

「はい?」

「男だよ、男」


 もしかしたら、手が早い主人公がもう既にギリアと仲良くなっているかもしれない。そう考えれば思っていたより早くカップルの甘々を享受できるのでは……!?

 そういった希望的観測の元、俺はヴィクセンの口調を崩さずにそう聞いたのだが……。


「……嫌味ですの?」

 

 ギリアはジロリと俺を睨み、不機嫌そうにそう言った。

 あ、地雷踏んだかも。


「はぁ……こんな背の高い女に好き好んで言い寄ってくる殿方なんているはずないでしょう……。どうせ私は魔物女ですのよ……」


 どす黒いオーラが見える程の落ち込みを見せるギリア。


 そう言えば、ギリアはその長身をコンプレックスに思っており、そのせいで昔から魔物みたいだと揶揄されてきたトラウマを持っているのだ。

 わざとやったのではないとはいえ、彼女が落ち込んでしまったのは俺の責任だ。

 このままでは彼女の落ち込みは底が見えないと踏んだ俺は即座に頭を下げる。


「すまない。悲しませるつもりではなかったんだ」

「……」


 その謝罪に返事が返ってこず、頭を上げた俺の視界に映ったのは、意外そうな顔をしたギリアの顔だった。


「……なんだよその顔は」

「い、いえ。貴方がそんな素直に謝罪をするとは思わなくて」

「……さっきローゼリアにも同じことを言われたな」

「まぁ、殿下にも貴方が頭を下げたと? 信じられませんわね……」


 どんな奴だと思われてんだヴィクセンは……。

 俺の中のヴィクセンの株が、今日だけで大分下がった気がする。元々価値のない株ではあるがね。


「はぁ……」


 ギリアはもう一度溜息をつく。どうやら俺の言葉が存外に効いてしまったらしい。

 

 ……仕方がない。慣れてはいないが、女性を慰めると言う高難度ミッションに挑むとしよう……!


「ま、まぁ、元気を出せ、ギリア」

「……」

「お前の背丈は確かに常人より高い。だが、お前にはそれが気にならない程の美貌があるだろう?」

「ヴィクセン……」

「それにお前は昔から気配りもできるし、面倒見もいい。それに……」

「も、もうやめて下さいまし、ヴィクセン。分かりましたから――」

「流石は帝国最強のノクター伯の娘と言うべきか、腕っぷしもある。きっとそこに惹かれる男も現れるはずだ」

「…………はぁ」

「溜め息!?」


 あ、あれ?おかしいな。結構いい感じに慰められてたと思ったんだけど。


「全く、貴方って人は。その女心への理解の無さは変わらないままですのね」


 ギリアは呆れたように笑った。

 その表情からは先ほどまでの落ち込みは読み取れない。

 ……よくわからんが、成功したようだ。


 あれ、でも微笑まれるのは少し違うというか。その笑みは主人公に見せてあげて欲しいんだが。

 ヴィクセン×ギリアのカップリングとか解釈違い過ぎて、このままだと俺は、舌を噛み切ってしまう!!


「それにしても、先程の質問の意図はなんですの?」

「え?」

「ほら、懇意にしている殿方がどうこうという……」

「あぁ。……この教室に来てから、主人公……じゃわかんねえよな。平民の男に話しかけられてないか?」


 『ソドアス』の主人公は平民出身だ。

 だが、その顔や名前はプレイヤーが任意に決められるため、教室にいる男の誰が主人公かは分からなかった。


「いいえ? 仲の良い貴族の令嬢の方の何人かとはお話をしましたが、殿方はまだ……」

「そうか……」


 どうやら、主人公はまだヒロインの一人であるギリアにアタックを仕掛けていないらしい。

 なにをもたついているんだ。早く俺にカップルを見せてくれよ!


「……」

「な、なんだどうした」


 気付けば、ギリアがジト目で俺の事を見つめていた。

 普通に顔のいいギリアに見つめられると顔が熱を帯びてくるのでやめて欲しい。


「結局、貴方は何が言いたいんですの?」


 ギリア・ゴリエット・ノクター。 

 その女性らしくない長身をコンプレックスと思い、恋愛に憶病になってしまっている、ヒロインの中で最も乙女な女性だ。

 だが、主人公と接していくうちに、遠ざけていた恋愛の楽しさを思い出し、周囲に何を言われようと主人公がいてくれればこの長身も気にならないと言い放つようになる。


 確かに俺はカップル厨で、主人公とヒロインの絡みを早く見たいという私欲のもとで動いている部分が大きいが、『ソドアス』のヒロインたちは主人公と接していくうちに救われることが多い。

 だから、早く主人公と仲良くなって彼女たちが幸せそうにしている風景を見たいと言うのも偽りのない俺の本音だった。


 だが、その役目は主人公のものだ。決して、嫌われ者のヴィクセンではない。


「きっと、近い将来お前に相応しい相手が見つかるさ。だから安心しろ」

「……? それは、どういう――」

「ホ、ホームルームを始めます!皆さん、ちゃ、着席してください!」


 不思議そうな顔をするギリアだったが、彼女の疑問は緊張感に溢れたか細い声によってかき消された。

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