第2話 メインヒロイン、登場
さて、とりあえずの目標を決めたがいいが、俺には問題があった。
「ここ、どこ?」
俺はぐるっと部屋を見渡した。
ここは、一言で言えばひたすらにデカいワンルームだった。
大きい台所、豪華なベッド、調度品と見間違う程綺麗な化粧台や、座るだけで疲れが吹き飛びそうなソファに机。
山奥にありそうな高級ペンションを想起させる建物だ。
「ここはイドニック騎士学園の寮でございます」
俺の質問に、低い声で答えが返ってくる。
俺――というかヴィクセンの従者、リーゼットのものだった。
「りょ、寮?」
俺は驚く。
イドニック騎士学園というのは、『ソドアス』にて主人公が通う学園、つまりゲームの舞台となる場所だ。
そこで主人公は寮に寝泊まりし、もちろんゲーム内でも寮は描写される。
だが、俺が見たことがある寮は、もっとこじんまりとした……ベッドと学習机を置くともうほとんど手狭になってしまうような小さい部屋だったんだが……。
「はい。イドニック騎士学園の貴族の方々専用の寮でございます。ヴィクセン様が混乱されてしまうのも無理はありません。私たちは昨日ここへ越して来たばかりですから」
貴族専用の寮。そんなものが存在したのか。
……いや、そういえばヒロインの誰かがそんなことを言っていた気がする。
主人公の部屋を訪れた時、平民の寮はこんなに小さいのか、と驚くシーンが。
……ん?いや待て。今リーゼットの落ち着く低い声から聞き捨てならない台詞が聞こえたような。
「……昨日?」
「はい。ヴィクセン様と私は、今日から貴族の子弟の方々が通うイドニック騎士学園へ通うのです」
今日、ゲーム開始の日かよ……。
▼▼▼▼
俺がヴィクセンになって三十分後。
俺はリーゼットを引き連れ騎士学園へ向かっていた。
俺は自分の体を見下ろす。
そこにあったのは見慣れたイドニック騎士学園の制服だ。黒を基調とした軍服のような制服で、所々に黄色の装飾がされている。これを現実世界で再現しようとしたら予算だなんだで無理だろうな、という感想が浮かんだ。
ちら、と俺は左後ろを振り返る。
「……?」
そこには俺と同じ格好をしたリーゼットがいた。
彼女は女性にも関わらず、男性の制服を着用している。理由を聞くと、どうやら
そう言えば、『ソドアス』でもリーゼットは男ものの制服を着ていたな。
何故だろうかと考えると、すぐに一つの推測が浮かび上がった。
リーゼットは、男である俺よりも身長が高い。だが、これはヴィクセンの身長が低い訳ではないのだ。むしろヴィクセンの身長は高い方だ。
ヴィクセンの身長は178cm。それに比べリーゼットの身長は183cmなのだ。
フッ。俺は『ソドアス』廃プレイヤー。公式が発売した設定集を読み込んでいる俺に知らないことなどない。
まぁそれは置いておいて。
恐らく、プライドの高いヴィクセンのことだ。自分よりタッパのある女性が隣にいることを疎んだのではないだろうか。
それで、リーゼットに男性の服を着せたと。
ま、二度見どころか三度見してしまいそうなその豊かなお胸のせいで女性であることはバレバレなのだが。
「どうかされましたか、ヴィクセン様」
リーゼットは、女性にしては低い声で俺を心配する。その声には敵意や害意といった表情は一切なく、ただひとえに俺の事を案じてくれていると分かった。
「え、えっと……」
俺は、女性経験のない地味な男子のようにしどろもどろになってしまう。
だって、仕方ないだろ!
リーゼットは『ソドアス』では攻略できないキャラだが、俺の好みドストライクのキャラなのだ。
いわば、好きな人に話しかけられているようなもの。それも、こんな至近距離で。
「そ、そう言えば、リーゼットも騎士学園に通うんだよな」
「はい。ヴィクセン様の従者として当然のことです。……ご迷惑でしょうか」
リーゼットが困ったように眉を下げる。
「い、いや、そんな訳ない! 嬉しいよ!」
俺は噛みながらも、辛うじてそう言い切った。
好みの顔の困った顔は心臓に悪いからな。
……それに、個人的にはリーゼットにはなるべく楽しそうにして欲しい。『ソドアス』内でも屈指の苦労人キャラなのだ、彼女は。
「ヴィクセン様、今朝から――」
リーゼットはそこまで言って口を閉ざす。彼女はある一点を見つめていた。
「……?」
釣られて、俺もリーゼットが見ている方へ視線をやる。
すると、そこには一人の女性がいた。
燃えるような真っ赤な長髪。体に一本芯が通っているのではないかと思う程ピンとした姿勢からは、威圧感すら感じてしまう。腰には剣を差している、誰もが美しいと評する女性。
彼女は、ローゼリア・フォン・ヘルタライア。
『ソドアル』のメインヒロインにして、舞台となるヘルタライア帝国の第一皇女である。
「……奇遇ね」
ローゼリアは美しい髪と同じ真っ赤な瞳で俺を捉えると、大して嬉しそうではない声でそう言った。
それだけでなく、彼女の端正な顔は、不愉快そうに歪んでいる。
まぁ、公爵家の次男という立場に幅を利かせ傍若無人な態度を見せるヴィクセンを見る目としては相応しい物だろう。
「おはよう、ローゼリア」
そこで俺は、当たり障りのない挨拶をする。
ただでさえローゼリアの俺に対する好感度は低いらしい。
これ以上低いことがあれば、最悪ローゼリアは俺と口を利いてくれなくなり、彼女と主人公をくっつけることの手助けが出来なくなってしまう。
彼らが勝手にくっつく可能性もあるにはあるが、ローゼリアは『ソドアス』のメインヒロインであり、何回も『ソドアス』を周回した俺にとって愛着のあるキャラだ。
積極的に嫌われるのも気が引けるというもの。
「…………?」
しかし、ローゼリアはそんな俺に首を傾げた。
「ど、どうした?」
「いえ、いつもの貴方なら顔を合わせるとすぐに求婚を申し込んでいたでしょう?」
「ブハッ!?」
俺は思わず噴き出してしまう。
俺が?ローゼリアに?求婚!?
……いや、そう言われればそうだった気がする。
傲岸不遜で自分に絶対的な自信があるヴィクセンは、出くわす貴族や王族のヒロインにしょっちゅう求婚していた。
開口一番「俺と結婚する名誉をやろう!」とか言う、少し痛い奴なのだ。
「ちょっと、汚いわよ」
「ご、ごめん!」
「……やけに素直ね。何か変な物でも食べた?」
普通に謝っただけでそう言われる始末。
ゲーム内のヴィクセンがどう思われてるか一発で分かるな。
「はい。今日のヴィクセン様は今朝から少し様子が変なのです」
俺の後ろで黙っていたリーゼットがローゼリアに同調する。
そう言えば、さっき彼女は何かを言い淀んでいたが、このことだったのか。
「あらリーゼット、おはよう。確かにね。いつもは結婚しろ結婚しろしか口にしないし、滅多に謝罪なんてしないもの」
「それに、口調も何だか平民のようで……。いつものヴィクセン様らしくありません」
「……」
口調。
確かに、ヴィクセンは高貴な身分らしくもうちょっと偉そうな口ぶりだったな。
相変わらず俺の記憶は戻らないが、俺はそんな口調を使う人間ではなかった気がする。
しかし、ここでヴィクセンを演じ切らないと変な目で見られてしまう可能性があるのも事実。
そうなるとこれからの学園生活でなにか不都合が起きるかもしれないか。この学園には、俺の……というかヴィクセンの昔からの知己がたくさんいるしな。
「……ふん。お前が中々俺になびかないから求婚は諦めた。だから安心しろ」
……どうだ?確かヴィクセンはこんな感じで喋ってたと思うんだが……。
「……いつも通りのヴィクセンに戻ったわね」
「はい。安心いたしました」
どうやら合っていたらしい。
ほっと胸を撫で下ろすが、どうにもこの口調には慣れる気がしないな。
「でも、意外ね。貴方が私に言い寄るのを素直にやめるなんて」
「……望まない者同士が結ばれても待っているのは妥協だ。そんな婚姻に幸福などない。それよりも、お前はお前の愛するものと結ばれるべきだろう」
ヴィクセンとローゼリアのカップリングとか、主人公×ローゼリア至上主義の俺にとっては邪道も邪道。最早そのカップリングは俺にとってのNTRだ。
……自分でも何を言ってるか分からんが、
そんな光景耐えられるか!!
「きっと近い将来、お前に相応しい相手が見つかる。……俺もそう祈っている」
だから俺は主人公と早く結ばれてくれという思いを込めそう言った。
早く俺に甘いイチャイチャを見せてくれ。
しかし、ローゼリアを見ると、彼女はしばらく俺の言葉に呆けた表情を見せていたが、直後に柔らかい笑みを見せた。
……あ、あれ。ローゼリアは皇女としての自覚に溢れ自分を律する人物だ。そんな彼女が笑顔を他人に見せることは滅多になく、『ソドアス』内でも彼女が主人公に笑顔を見せるのは、その固く閉ざされた心を開く重要なイベントの後なのだが……。
何故そんな大事な笑みが
「しばらく会っていないうちに、変わったのかしら? いや、戻ったと言うべき?」
「戻った……?」
「いいえ。なんでもないわ。それより私はユリヤを待っているから先に行って頂戴」
ユリヤと言うのはローゼリアの従者の名だ。可憐なボーイッシュな女性だが元暗殺者という暗い過去を持つ訳アリキャラだ。
ギャルゲーに登場する女性キャラなのだから勿論美女なのだが、全てのヒロインと結ばれた後でしか彼女の個別ルートは開かれないという隠しヒロインだったりする。
正直、俺としてはローゼリアの言葉の本意を知りたい。
しかし、ローゼリアはゲーム内でも滅多に見せることのない笑顔でこちらを見つめていた。
なんだかこれ以上ここにいると、彼女の俺に対する好感度が上がってしまう気がする。
……それはよくない。
俺の目標はあくまでこの世界にいるであろう『ソドアス』の主人公と彼女をくっつけ、遠目で眺めてニヤニヤすることだ。
ヴィクセンである俺がこれ以上彼女の好感度を上げる訳にはいかない。
「……それでは、先に行かせてもらう。行くぞ、リーゼット」
「はっ」
俺はもう一度だけローゼリアの優しい顔を一瞥した後、校舎に向かって歩き出した。
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