カップル厨、当て馬悪役貴族に転生する~俺は主人公とヒロインをくっつけたいのに、何故かヒロインたちがこっちに来るんだが~

水本隼乃亮

第1話 カップル厨、悪役貴族に転生する

 ――『ソードアンドストラテジー』。

 『ソドアス』の略称で知られるそれは、ファンタジー世界を舞台とした学園モノの美少女ゲーム――ギャルゲーだ。


 プレイヤーは騎士を目指す平民として、ヘルタライア帝国に存在するイドニック騎士学園に入学する。

 そこでプレイヤーの分身たる主人公を鍛え、ヒロインとの仲を深め、戦闘をこなし物語を進めていく、よくあるゲームだ。


 しかし、ギャルゲーにしては歯ごたえのある戦闘システムや主人公や仲間、そしてヒロインの育成要素、加えてクリアした後の充実な周回要素などが詰め込まれてた、やりごたえのあるゲームとしてギャルゲー界隈だけではなく、ゲーマー界隈を騒がせたことで有名だ。

 しかもこのゲームには対戦要素があり、ガチ勢と呼ばれるプレイヤーたちは日夜キャラを鍛えるためにこのゲームの周回に勤しんでいた。


 そんな『ソドアス』だが、実はただの学園モノのギャルゲーではない。

 学園を舞台とするのは第一部で、実は大陸中が戦乱の渦に巻き込まれる第二部が存在するのだが……今はその話は割愛しよう。


 何故なら、今の俺・・・には全く関係のない話だからだ。


▼▼▼▼


「ど、どうなってんだ!?」


 豪華な家具がひしめき合うだだっ広い部屋で、俺は叫ぶ。

 何故かって?今自分が置かれている状況の何一つ理解できないのだ。


 今いる部屋に心当たりがないし、そしてなにより。

 目の前のこれまた豪華な装飾の施された化粧台の鏡に映っているのは、黒髪黒目の日本人――ではなく、見知らぬ金髪の好青年だった。


 少し性格の悪そうな顔をしているが、大きな目や整った鼻など、端正な顔をしている。


 だが、俺はそのイケメンが決して俺ではないことを理解していた。

 それだけでなく、この男が何者なのかも、俺は知っているのだ。


「こいつ……ヴィクセン、だよな……?」


 ゲーマー界隈をまぁまぁ賑わせ、俺が数百時間は費やした『ソドアス』。

 ヴィクセン・フォン・アウドライヒはそんな『ソドアス』にて、主人公の最初のボスとして立ちはだかる、いわゆる悪役貴族であった。


 公爵の子息という身分に幅を利かせ、平民である主人公やクラスメイトを見下し、主人公との直接対決に敗れた後は彼に斬りかかり退学処分になり、それから本編には登場しなくなる、一言で言えばクズキャラである。


 『ソドアス』の中でも嫌われ者のヴィクセンは、ギャルゲーに存在する敵のくせに意外と整った顔を持つことも相まって、プレイヤーからも嫌われていた。


 俺は手で頬を触った。

 すると、鏡の中のヴィクセンも同じように動く。


 ……間違いない。俺はどうやらヴィクセンになってしまったらしい。


 混乱しながらも、僅かに残った冷静な思考でそう判断する。

 すると、扉の向こうから一つの足音が聞こえ、扉が静かに開かれた。


「大きな声がしましたが、大丈夫ですか」


 こちらを心配する声と共に入ってきたのは、執事服に身を包んだ者だった。

 執事服を着ているが、その人物は女性だ。


 執事服を押し上げるように主張する豊かな双丘に、艶やかな黒い髪を後ろで一つに纏めている――ポニーテールってやつだな。

 切れ長の目に整った顔。一目で分かる美女。


「リーゼット……か?」

「はい。リーゼットでございます」


 リーゼットは頭を下げると、心配するような表情で俺を見つめる。

 『ソドアス』にて、リーゼットはヴィクセンの従者として登場する。


 ヴィクセンの退場と共に姿を消す決して目立つキャラではなかったが、俺は彼女を見た瞬間に気に入るものの、攻略対象でない事を知って落ち込んだ経験があるため、一目で分かった。


「リーゼットが、どうしてここに……?」

「……? 私はヴィクセン様の従者ですので」


 リーゼットは首を少し傾げながら、当然のように答える。

 くっ……美女が首を傾げる行為の破壊力を舐めていた……!


 だが、リーゼットの姿を見たことで俺は改めて確信した。

 

 到底信じがたいが……俺は、ヴィクセンとして『ソドアス』の中に転移、あるいは転生してしまったのだ。


 しかし、ここで問題がある。

 俺の名前は二宮繁にのみやしげる。一般的な日本人男性で、『ソドアス』に熱中していた。

 だが、そこまでは思い出せるのにそれ以外の事が思い出せない。

 俺は何歳で、学生なのか社会人なのか。この部屋で起きる前――この世界に来る直前に俺は何をしていたのか、などだ。 

 思い出そうとするも、記憶に靄がかかり思い出せない。


「……まぁ、いっか」


 そこまで考えて、俺は思考を放棄した。

 何故って、分からないならこれ以上考えても仕方がない。戻る方法が分からないなら、この世界で生きていく術を考えるしかない。


 それに、『ソドアス』は俺が世界で一番好きなゲームだ。その世界で生きていけるというのは嘆くことではない。少なくとも、俺にとっては。


「ん~……転生先がヴィクセンか。まぁ、悪くない……いや、中々にラッキーかもな」


 俺はぽつりと呟く。

 もしここに『ソドアス』プレイヤーがいたら、きっと俺の言葉を聞いて目を見開くだろう。

 ヴィクセンはゲーム内でも嫌われてその所業でプレイヤーにも嫌われる悪役貴族。普通の人なら、この男になってしまったことは不幸だ。

 だが、俺は違う。




 ――『ソードアンドストラテジー』。

 凝った戦闘システムや育成要素で普段ギャルゲーをしないプレイヤー層にも流行ったこのゲームだが、俺は元々ギャルゲーが好きでプレイし始めた口だった。


 さて、突然だがここで何故俺がギャルゲーを好きなのかを聞いて欲しい。何故なら、俺がヴィクセンになったことを悪くないと評した理由がここに詰まっているからな。


 ギャルゲーをする目的。それはなにか。


 普通は、自分をゲーム内の主人公に投影して、ヒロインとの甘々イチャイチャ日常を体験したいがためにギャルゲーをプレイするだろう。

 だが、俺は違った。


 俺は、カップルを見るのが好きだった。

 それは二次元でも三次元でも変わらないが、ギャルゲーをプレイすれば間違いなくカップルを見られるため、俺はギャルゲーに傾倒していった。


 ギャルゲーをプレイすれば、カップルが見れる。

 主人公と、様々なタイプのヒロインとの絡み、イチャイチャを見て俺は大変満足する。


 それこそが、俺というカップル厨がギャルゲーをプレイする真の理由だった。


 さて、何故それが俺がヴィクセンになったことをラッキーと評したかに繋がるかと言うと。


 ヴィクセン・フォン・アウドライヒは、『ソドアス』が舞台となるヘルタライア帝国にて代々宰相を務めるアウドライヒ公爵家の次男である。

 その高貴な立場故、基本的に彼は恵まれている。

 ゲーム内でも平民である主人公に対してその余りある財産でマウントを取っていた描写があるしな。

 そして、ここが一番大事なのだが……。


 『ソドアス』のヒロインのほとんどが貴族のご令嬢ということで、ヴィクセンはそのほとんどと顔見知りなのだ!


 それが何?

 そんな声もあるかもしれない。


 だが、これは大事な事なのだ。

 何故なら、ヴィクセンとなった俺が円滑にヒロインたちを主人公にけしかけることができるためだ!


「ふっふっふ……」


 思わず笑みがこぼれる。

 あぁ、今から楽しみでならない。

 

 まさか、主人公と『ソドアス』のヒロインのイチャイチャっぷりを目の前で見られることが出来るなんて!


 段々とヴィクセンに転生できたことがこの上なく幸運なように思えてきたぞ。

 もしこれが夢ならどうか覚めないで欲しい!


「ヴィクセン様? 大丈夫ですか、いきなり笑ったりして……」

「リーゼット」

「は、はい?」

「俺、頑張るよ……」

「は、はぁ……」


 いきなり『ソドアス』の世界に来てしまって、嫌われ者のヴィクセンになってしまったことは確かに急展開過ぎて混乱もしたが、俺のやるべきことは決まった。


 ヒロインたちに程々に嫌われつつ、彼女たちを主人公にけしかけ、遠目にイチャイチャを覗き見ることだ!!

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