袋の中は

@MUL630

第1話

「はっはっは、また成功だ。まともに働くなんて、バカらしくなってくるな」

「へへへ、やりましたね、ボス。あいつ、こんなに金をため込んでいたなんて」


 T氏は超一流の泥棒だ。今日もとある大富豪の家に盗みに入り、あっという間に金目の物を盗んでしまい、子分に車を運転させてアジトへ向かっていた。

 しかし、運転しているT氏の子分には、泥棒の才能がなかった。

 それなりに口が堅く、手先も器用で、言われたことはとりあえずこなしてくれる男なので仲間に入れたが、どうにもドジを踏んでしまうのだ。


「おい、ちゃんと前を見て運転するんだ。しょうもないことで事故を起こしたり、捕まったりするのはごめんだぞ」

「へい、任せてくださいよ」


 口では任せろと言ってはいるが、この男は酔っぱらって計画を漏らしてしまったり、盗みに入った先で大きな音を立てて気づかれたりと、何度もT氏を危険な目に合わせていた。

 T氏は男をクビにしようとも思ったが、この男が警察に密告でもしたら、自分が捕まってしまうので、そうもいかなかった。


「ボス、到着しましたぜ」


 アジトは長い山道の先に建てられた屋敷で、裏は崖になっていた。そのため、人は一切この場所に訪れることがなく、隠れ住むにはうってつけだった。


「よし、金を数えて、倉庫にしまっておけ」

「へい。……そういえば、前から思ってたんですが、この場所じゃ、警察が来た時に逃げれないんじゃないですかい?」

「なあに、考えてはあるのさ。警察なんて、あっという間に撒けるような作戦をね」


 それを聞いた男は、車から金を降ろし、せっせと裏にある倉庫に運んで行く。倉庫にある金庫が置かれており、今までに盗んだ金がぎっしりと詰まっていたのを見て、男はニヘラと口を曲げた。

 

「いやぁ、分け前もしっかり貰えるし、ボスに着いてきてよかった。……しかし、こいつは邪魔だなあ。これがなかったら、もっと金庫を置けるのに」


 倉庫の真ん中には、大きな布と、人が乗れるような籠が置かれていた。男はこれが何なのかわからずにいた。


「おうい、終わったか?」

「へい、金はばっちり金庫にしまったところです」


 ちょうど作業が終わったあたりに、T氏が様子を見に倉庫に入ってきた。男は前々から疑問だった、この謎の布と籠の正体をT氏に聞いてみた。


「ねえボス、この大きな布切れと、籠はなんなんですかい?」

「なんだお前、熱気球をしらんのか。籠の真ん中にガスバーナーを置いて火をつけると、風船のように宙に浮く乗り物だ」

「宙に浮く……ははあ、もしも警察が来たらこれで逃げるってことですね」

「その通りよ、空に逃げてしまえば、警察も追ってこられまい。さっき言った作戦とは、そういうことだ」


 T氏の作戦に大いに関心したところで、男は金庫を閉め、二人は倉庫を後にした。


 一か月後、二人はまた盗みを働いた。前回と違うことといえば、子分が遅刻して計画が狂い、警備に見つかって通報され、警察に追われてしまったことだろう。

 二人は何とかアジトまで逃れることはできたが、そこへ通じる道まで発見されてしまい、大いに危険な状況に陥ってしまった。


「ええい、やってくれたな。あと少しもしないうちに警察が来てしまうぞ」

「どうしましょう、ボス」

「仕方がない、熱気球を使おう。お前は金を気球に積み込んで、倉庫の壁のスイッチを押せ。それから気球を使えるようにしておけ。俺はこの家に残っている盗みの証拠をすべて燃やしてくる」


 T氏と男は二手に分かれ、おのおの行動を開始した。

 T氏は家の中にある盗みの計画書や金持ちの家の見取り図などをすべてまとめ、手際よくライターで燃やした。

一方、男のほうは倉庫に行き、金庫から金を取り出した。しかし、札をむき出しにしていては、風に飛ばされてしまうと思い、何か入れ物を探していた。

 すると、熱気球に布袋が備え付けられていたのを見つけた。


「おお、これはちょうどいい。さすがボス、こんなものまで用意していたなんて」


 男はせっせと金をいくつかの袋に詰め込んで、紐を縛り上げた。そして、言われたとおりに壁のスイッチを押すと、屋根がガシャガシャと音を立てながら開き始める。ガスバーナーにも点火して、準備を万端にしてT氏を待った。


 それから30分ほど経ったころ、T氏は息を上げながら倉庫に駆け込んできた。


「まずい、もう警察が来て、完全に包囲されている。すぐになだれ込んでくるぞ」

「ボス、準備はできてますから、すぐに乗ってください!」


 すっかり気球は膨れ上がっており、T氏は安心して籠に乗り込んだ。

 その瞬間、何人もの警察が倉庫に突入してきた。それを見たT氏は得意げになって語りだした。


「おやおや、私たちを捕まえるつもりだろうが、そうはいかないよ」

「なんだと、泥棒め、観念しろ!」

「はっはっは、さらばだ、警察諸君」


 T氏は熱気球を留めていた重りをナイフで切り離した。すると、あっというまに二人は空へと逃げだすことに成功したのだった。


「ふう、一時はどうなることかと思ったよ。ところで、金はどこにあるんだ?」

「……あれって、重りを入れる袋だったんですねぇ」


 地上に取り残された袋の中身は、警察の手によって元の持ち主に帰っていった。

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