第31話

 黒兎は雅樹を自宅マンションに招くと、リビングのソファーに並んで座る。ここでそういうことをするのは初めてではないのに、いつもの自分の家なのに、全然景色が違って見えた。


「あのさ……雅樹って、呼んでいい?」


 座るなり肩を抱いてきた雅樹の目が見られず、黒兎は膝の上で拳を握る。


「もちろん。……私も黒兎って呼ぼう」


 そう言って、雅樹は黒兎の耳にキスをする。思わず肩を震わせ身体を硬直させた黒兎は、あと、と話を続ける。


「俺も、話があるんだ」


「……何だい?」


 黒兎は一つ深呼吸をして、内田の話をする。雅樹は一切聞いてこなかったけれど、黒兎は彼に知っていて欲しかった。前職でアウティングと嫌がらせをされていたこと、それに耐えかねて、片想いしている人がいると話してしまったこと。内田はそれが自分だと思い込み、更に迫られるようになってしまったことを。


「あんなことされても、俺は彼を憎めなかった。報われない恋をしているという点で、彼は俺と同じだったから……」


 そして完全に拒みきれないその態度が、更に内田をエスカレートさせてしまったこと。彼が自死した時、本当に自分のせいだと思っていたことを、黒兎は全部話す。


「それから……」


 黒兎は更に続けようとしたが、言葉に詰まった。


(くそ、やっぱり肝心なことを言おうとすると、身体が拒否する……)


 それでも、黒兎は挑戦してみる。


「俺は、……ずっと、雅樹のことが……」

『綾原!』


 その瞬間、黒兎の脳裏に浮かんだのは、内田の──笑顔だった。二人でタッグを組み、彼が契約を決めてきて、ハイタッチした時の。


 どうして彼が笑顔なのか、不思議だった。けれどそれで黒兎はもう、彼に囚われなくていいのだ、と心の中で絡まっていた糸が、解けたような感じがした。


 そうしたら一気に目頭が熱くなって、ボロボロと涙が溢れてくる。


「黒兎、無理しなくていい……」


 雅樹が心配して顔を覗き込んできた。黒兎はかぶりを振って、嗚咽と共に言葉を紡ぐ。


「ずっと、雅樹に憧れてた。ずっと、好きだった……っ!」


 言えた、と思った瞬間、黒兎は雅樹に抱きしめられていた。彼が鼻をすする音がして、二人して泣きながら抱きしめ合う。


「好きだ……雅樹が。ずっと雅樹だけだった……っ!」


 好きだ。たった三文字を伝えるのに、どれだけ苦労しただろう。黒兎は堰を切ったように止まらなくなり、幼い子供のように同じ言葉を繰り返す。


「うん、……うん。私もだ……黒兎が好き。愛してる」


 顔を見せて、と頬を両手で包まれ、雅樹を見ると、彼もやはり目を真っ赤にしている。


 そして彼の顔が近付いた。黒兎は目を閉じて、彼の口付けを受け入れた。

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