第18話

 気が付くと、黒兎は白い天井の部屋にいた。


 身体が痛くて重い。


 ここはどこだろう? と思うのと同時に、気を失う前の記憶が蘇る。確か内田に暴行されて、と視線を巡らせると、看護師らしきユニフォームを着た男性が黒兎に気付いた。病院だ。黒兎は生きている。


「綾原さん? 私の言葉、聞こえますか?」


 どうやらボーッとしていたのを、まだ意識がハッキリしていないとみたらしい。頷こうとして身体が痛み、顔を顰めようとして、さらに痛くなった。


 その後医師の診察などを受け、自分がどのような状態でここに来たかを知る。とりあえず、骨折はしていないものの、内臓にダメージを受けているようで、安定するまで入院して様子見するそうだ。


「……」


 まず考えたのはサロンのことだ。当面休まなければいけなくなり、一気に生活面への不安が押し寄せてくる。

 内田に暴行を受けた時はあれだけ自棄になっていたのに、不思議なことに生きていれば、今の自分の状況を心配するんだな、と内心苦笑した。


 幸いスマホと財布は無事だったようだ。何とかそばに置いてあったスマホを見ると、予約が入っていた客から心配のメールが入っている。

 黒兎は自由が利かない指を懸命に動かし、事件に巻き込まれたこと、しばらく休業する旨を一斉にメール送信した。


『大丈夫ですか? 何かやれることあります?』


 しばらくして、客からポツポツと返信が届いてきた頃、いずみからも連絡が来る。彼女にだけは本当のことを話した方が良いと思って、病院に来てもらうように返信した。


 すると、同じ頃に雅樹からも返信が届く。内田に会う前に外で見かけていたので、気まずく思って内容を見てみると、いずみと似たような事が書いてあった。


『大丈夫です。安静にしていなきゃいけないので、お見舞いはご遠慮ください』


 黒兎はそう返信する。文字だとスラスラと嘘が出てくるから、ホッとして目を閉じた。


 そのあと、警察官も来て話をする。犯人がハッキリ分かっているから、すぐ捕まるでしょう、という彼らの言葉は、虚しくも嘘になった。


 そして次の日に、黒兎は見舞いに来た人を見てドキリとする。いずみと、なぜか雅樹も一緒に来たのだ。


「え、うっそ……綾原さんの綺麗な顔がぁ」


 いずみは黒兎の顔を見るなりそんなことを言う。自分ではどんな状態なのか分からないので、黒兎はそうですか? と聞き返すと、雅樹も苦笑していた。


「でも無事で良かった」


 彼女の言葉に黒兎は苦笑する。雅樹が来るのは想定外だったので、それ以上話すことができず沈黙がおりた。


「それで……木村さんは、どうしてここに?」


 メールでお見舞いは遠慮してくれと伝えたはずなのに、と言外に言うと、雅樹はハッとしてバツが悪そうに答えた。


「私がいつも予約している時間に、先生が怪我をしてしまったから……それに」


 偶然見かけていたから気になった、と雅樹は黒兎を見つめる。黒兎は怪我をした原因に後ろめたさを感じて、視線を逸らした。


「木村さんが責任を感じることはないですよ」

「それにしても、酷いですよね。犯人は捕まったんです?」

「……いいえ」


 いずみをはじめ、事件のことを聞いてきた人には、通り魔に遭った、と答えている。お腹が鈍く痛んだ気がして眉をひそめると、いずみは大丈夫ですか? とすぐに気付いてくれた。


「実は内蔵から出血してるらしくて。このまま出血が増えたら危険らしいんです」


 割と平気そうに見えますけど、と言うと、いずみはどうしてそんなになるまで、と眉を下げ、次にはハッとする。


「まさか犯人って、顔見知りじゃないですよね?」


 敏い彼女は怪我を負わせた犯人に気付いたようだ。黒兎は小さく頷くと、雅樹が声を上げた。


「先生、皆川さん、それはどういう意味です?」

「……木村さんには関係のない話です」


 黒兎は思った以上に冷たい声で返してしまう。まさか痴情のもつれでこうなったなんて、知られたくなくての行動だったが、それが逆に雅樹を不審がらせたらしい。彼は眉根を寄せて更に黒兎に詰め寄ろうとした。


「まあまあ木村社長、綾原さんはまだ療養の身ですから」

「大体、お見舞いは来ないでくださいと、お願いしたはずですが」


 それを無視して来た雅樹が悪い、と黒兎は言うと、明らかに雅樹はグッと息を詰め、イラついたような表情をする。


「……私がきみの心配してはいけないと? 皆川さんは呼びつけるのに?」

「まぁまぁまぁ!」


 剣呑な雰囲気を断ち切るように、いずみが再び声を上げた。そしていずみは、営業の延長で、黒兎には頼れる人がいないので、何かあった時に色々と任されてるんです、と雅樹に説明をする。


「……そうですか」


 しかし、雅樹は何か納得がいかないという顔をしていた。それでもそれ以上黒兎に何かを言うことはなく、彼は仕事がありますのでこれで、と病室を出ていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る