第39話 君を守るから
「ふぇっ?」
シュゼットが上げた声は、
もっとも途中からチトセにくっつく手前の至近距離で、顔を並べて画面を覗き込んでいたのだから、ナユタが何もリアクションしないほうがおかしい。
「は、初めまして。シュゼット・フローレスと申します」
飴細工の声で自己紹介をすると、ナユタの表情がふっと
『父さんたちから聞いているよ。シュゼットちゃん。歌でチトセを助けてくれてありがとう』
どうやらヒサシとミスズを経由して、ナユタはチトセの恩人たる少女のことを知っていたようだ。
「いえ、とんでもございません」
さっきの素っ頓狂はどこに行ったのかというくらいに落ち着き払って、シュゼットはナユタと話す。
『並んで一緒にボクに連絡してくるということは、結構仲が良いんだね。二人は友達?』
変に「君ら付き合ってるの?」とか、ナユタは決して言わない。案外軽いだけのようで真面目なところもあるのだ。
チトセはシュゼットとの関係をどう回答するべきか悩む。まさかここで「彼女に恋をしていて」なんて口に出せるはずも無く。
となるとやっぱり。
「うん。フローレスさんは良い友達だよ」
『そっか。良かったね』
シュゼットもこくこくとうなずいているのを横目で確認してから、チトセは深く呼吸をした。
「あのさ、兄さん」
『何だい?』
「ぼく、決めたことがあるんだ。優しい魔法使いになるのが夢っていうのは変わらないけれど、それとは別にやりたいことができたんだ」
『なるほど』
ぎゅっと両の拳を固く握りしめ。ちらりとほんの一瞬だけシュゼットを見つめてから。
十歳の
「ぼく、フローレスさんのアテンドになりたい。そばで守っていてあげたいんだ」
言った途端、心臓がどくどくと速度を上げる。体が、心が、緊張のあまりにぎゅうっと固く
『アテンドってことは、魔物からシュゼットちゃんを守るのか。確かあれ巫女や神官の世話もするんじゃなかったっけ』
さすがナユタ、アテンドのことをちゃんと知っているらしい。
「そうだよ、合ってる。ちょっと前にさ、メモリアの子たちがぼくらに会いに来てくれて、その二人とも未成年退魔師だったんだ。フローレスさんは巫女で魔物を引き寄せやすい。だからその二人がフローレスさんのアテンドになれるよって言って……」
そこまで誰の顔も見ないままだった。ナユタもシュゼットも不審がるか、危ないからと反対するか。とりあえず良い反応はもらえないだろうと勝手に思い込んでいた。
「だからぼくも、一緒に守れたらって。そう思ったんだ」
そこまで言い切り、反応を待つ。
「ぼくも、フローレスさんを守るから」
『へえ』
液晶画面の向こうから、のんびりした調子でナユタが言うのが聞こえて。
「いや、軽いっ!」
想像の斜め上をいく反応に、チトセは思い切り脱力した。
『チトセ。シュゼットちゃんに「あの事」は話してある? エイジお祖父さんからのうちのこと』
「ああ、まだしてなかった」
『あのこと言えば、だいぶ説得力増すと思うんだよねー』
そこでチトセは。
「フローレスさん」
「は、はいっ」
なんだかまたシュゼットが素っ頓狂になっているが、そこはスルーする。
「ぼくは君のアテンドになりたいけど……君は危ないって反対すると思う」
「それは……あなたに戦う力があるかにもよるわ」
「……アタラクシアにはたくさん種族があるよね。同じ妖精狐でも、どこに住むかどんな能力があるかでまた違いがあったりするんだ」
「そうなのね」
とはいえ、そこまで細分化して見るのはお堅い専門家くらいなものだ。
「で。世の中には戦闘部族と呼ばれる人たちがいる」
「部族は同じ種族、同じ歴史、同じ文化、同じような価値観を持つ人たちの共同体ね」
共同体という単語を聞くのは、初等学校での授業以来だ。確か異文化について知るとか、そんな内容の授業。
「で、戦闘部族は日常的に狩りなどの戦いをしている人たちによる部族のことね」
「その通り。で、大事なのはここからなんだけど」
「ええ」
互いに、画面越しのナユタも含めて、真面目な顔になる。
これから話すのは重要なことだ。自分たちにホクラニ家にとって親しい人たちには知っていて欲しいことだ。
「ぼくの父方のお祖父ちゃんお祖母ちゃんは、『
「氷雨……」
「そう。戦闘部族の戦闘は狩りを指すんだ。氷雨は身体能力が高い特性もある。魔物を狩って外部の人々をお守りして、そのお礼を得て生活していた」
昔ながらの部族だと、狩りの代わりに動物を連れ歩いたり、踊りや音楽、占いなどで生計を立てる部族もあるという。
氷雨の——チトセの父方の祖父母の属していた部族の——生計は魔物狩りによって立てられていた、ということだ。
「お祖父ちゃんはもともと
魔物相手とはいえ、戦いを
「黙っていてごめん。怖がられるかと思って。けどストレートに言えば氷雨は生まれつき魔物と戦う才能があるし、フローレスさんの力には絶対になれるんだ。ぼく、訓練も頑張るよ!」
「そうだったのね」
放心した様子のシュゼットだったが、すぐに平静を取り戻す。
「わたしはセント・グラシエラから来たのよ。そのくらいじゃ怖くないわ」
そのぱっちりした瞳の光に、ナユタが感嘆のため息を吐くのが聞こえた。
「あなたの気持ちは受け取りました。——必要な時が来たら、どうかわたしをお守りください、チトセ・ホクラニさん」
「もちろん、絶対に。君を守るから」
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