第30話 はじめての友達

 チトセとウィルフレッドは病室に戻った。


「遅かったけど、何か話しでもしてたのー?」フェリーチェが無邪気に問えば。


「何でも無い。そっちこそ俺たちがいないあいだに何してたんだ」

「何でも無いよー」


 ぺろっと舌を出しておどけるハーフエルフの少女に、ウィルフレッドはまったく、と苦笑する。


「じゃ、お互い内緒ってことにするか」


 それから夕方まで、ゆるりゆるりと優しい子どもだけの時間が流れた。


 午後六時前、そろそろ夕食もあるし宿舎に帰ろうと、名残惜しそうに二人が腰を上げる。

 外は変わらずの雨。日の長い季節ではあるが、分厚い雲で空を覆われては夕焼けも見えない。


「……そういえば今日って平日だよね。その、学校は」


 チトセの質問に、


「俺とフェリーチェ、未成年退魔師の大半はオンライン通学をしている。今日分のやるべきことは終わっているから安心してくれ」

「朝早くに授業の録画頑張って見たもんねえ」


 なるほど。


「何度もこっそり忍び込んでしまっていたし、ベンジャミンさんの言うことはもっともだし……。次会う時は市民になってからだな」


 柔らかな口調のウィルフレッドに、チトセは笑ってうなずき、シュゼットは曖昧に微笑んだ。


「そうなるわね。そしたらアテンドよろしくね」

勿論もちろん!」


 フェリーチェが胸にこぶしを当ててへへっとはにかむ。

 チトセも嬉しくなった。友達と呼べる人間ができたのは――多分生まれて初めてといっても過言では無かったから。


「ホクラニ、フローレス嬢。あんまり焦ったりするなよ。何かあったら大人に頼れ」


 別れ際にもしっかりしたことを言うウィルフレッドに、チトセは微笑みで応える。


「そうだね、ありがとう」


 ――本当に、ありがとう。



「優しくて楽しかったわね」


 ぶんぶん手を振って二人を見送ってから、チトセとシュゼットは二人きりの病室に戻る。


 フェリーチェとウィルフレッドも片づけてくれたから、さっきまで散乱していたお菓子の包みやジュースの缶は綺麗に無くなっている。


 今は雨の中宿舎へ向かっているであろう二人を想い、チトセは優しく微笑んだ。


「……うん、楽しかったね」


「聖堂にいたころも、お友達はいたから。その子たちのこと思いだしちゃったわ」


 独り言のようなシュゼットの呟きを、しかしチトセは聞き逃さなかった。


「聖堂にも友達がいるの?」

「ええ、何人か。女子だけの集団生活だからそこそこいざこざはあったけどね。みんな元気だと良いのだけれど」


 シュゼットに、自分たちの他にも友人がいると知って。


「ああ……」


 チトセの瞳がうれいの色を帯びた。


「どうしたの?」


 シュゼットはそんなチトセの些細な変化も見逃さない。


「ごめん、ちょっと羨ましくてさ」

「それは……どういう意味で?」


「ぼく、今までこんなにはしゃげることって無かったんだ。学校だとあんまり騒げなくて」


 頭の中でヴォロンテでの学校生活を反芻はんすうしながら、チトセは曇った瞳を窓の外に向ける。


「厳しい学校だったの?」

「ううん。むしろ緩かったと思う。ぼくはクラスじゃ。そういうキャラでいなきゃならなかったんだよ」


 決して楽しく無いわけでは無かった。級友たちはチトセのことを『妖精狐の静かで優しい男の子』として認知してくれたから、これといったトラブルも無い。


「自分を作っていたのね」


 チトセだってはしゃぐし、やんちゃな面もある。今は療養中ということもあっておとなしくしているけど。自分が物静かかと聞かれたら『ノー』と答える自信はある。


「妖精狐ってアルコバレーノにはあんまり人数いないからさ。みんなテレビとか人気配信者とかのイメージで、妖精狐はこうだろうって決めつけてたんだ。それっぽくミステリアスじゃないとって」


 もしかしたら今も淡く演じているのかもしれない。

 だからシュゼットにも想いを伝えられないのかもしれない。


「ホクラニさん、それ、変だと思うわ……」


 言うならば差別では無いが、偏見。かたよったイメージの押しつけ。実はアルコバレーノ王国では社会問題になっており、メディアでも頻繁に提起されている。


「そう、だね」


 チトセの妖精狐だから、だけじゃない。

 女の子だから、男の子だから、そういう家柄だから、勉強ができるから、運動が苦手だから。


 勝手にこうなんだからこうなんだろうと偏見を貼り付けられ、その期待に応えられなかったら嫌がられる。あいつは変だと無視される。


 シュゼットに言えば悲しむだろうから言わないが、チトセの通う初等学校では、そういうことさえ何度かあった。大事まで至ったことが無かったのが唯一の救いだろうか。


 仲良い人もいたし、先生方はみんないい人たちだった。悪い思い出よりは良い思い出のほうが多い。

 ここに連れてこられて、もうあの学校へは行けないと泣き出すくらいには。まああの学校でチトセが泣くなんて御法度だったけど。


「だからさ……。今日は本当に楽しかったんだ」


 本当の気持ちで、噛みしめるようにして。


「メモリアにはいろんな人がいるわけだし。これからは自分を作るのは……やめにしたい」


「そうね」チトセの決意に、シュゼットがふわりと笑む。


 フェリーチェとウィルフレッド。二人の初めての友達との出会いは、チトセにとってもき作用をもたらしたのだった。

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