第28話 素直になれよ

 メモリアについての話は弾んだ。

 ウィルフレッドとフェリーチェによる、ユーモアを交えた市民目線の学校や街、宿舎の説明はとても面白くて。チトセもシュゼットもそれはもう、たくさん笑った。


 ――ああ、楽しいな。

 

 魔力の暴走からシュゼットとの出逢いに始まり、ずっと暗い海の底に閉じ込められたような気分でいた。


 海の底でも希望の光を得たり、恋心に気づけたりはできたが、ウィルフレッドとフェリーチェの登場で水面から陽光が差し込むのが見える辺りまでは浮上できた気がする。


 かといってシュゼットと二人きりのようだった海の底も、決して悪くはなかったけど。


 それはさておき。


 喋りすぎて喉が乾き、飲み物が欲しいねという話になった。

 男子二人で自動販売機コーナーに行くことになり、チトセとウィルフレッドは横に並んで白い廊下を歩く。


「そういえば、雨降ってるけど二人とも傘は?」

「宿舎から雨避あまよけの魔法を使って来た。初等学校生用の宿舎はここから近いから、マナの使用量も少なくて済むしな」


 詠唱や念力など何かしらのアクションを通じて、人は魔法回路を用いてマナを動かすことができる。それで多様なことができるのを魔法と呼ぶ。


 マナを動かすには魔力が必須。いわばマナが卵といった食材で魔法回路がフライパンやコンロといった料理道具。詠唱などが料理をする人、といったところだ。

 この三点プラス技術が揃って卵焼きイコール魔法が完成するのである。


 雨避けの魔法はそこそこの技術と魔力が必要だと聞いたことがある。

 チトセが読んだことのある児童向けの魔法書にも、雨避けの魔法のページには『これができたらすごいよ! みんなにじまんできちゃう!』と太い赤字で添え書きされていた程だ。


「すごいね。ぼくまともに魔法使えないよ」

「そうなのか。まあ学校でも中等学校三年にならないと魔法は教わらないって話だしな」


「なんで中三からなんだろうね」

「なんか中二は急に死神とか救世主とか破壊者とかを名乗り出す奴が多いから、その時期に魔法なんざ教えたらまずいっていうんで中三だって聞いたことある」


「……死神になるの……?」

「あんまり本気にしなくて良い話だと思うぞ……なんか古傷が疼いたりとか謎の高笑いし出したりとか、なぜか眼帯したりするらしいからな……」

「うわー……」


 それを世間では『中二病』と呼ばれる病の症状であることをよく知らないチトセは、半ば本気でドン引いた。



 それはそうと、チトセのようにまったく魔法を使えない十歳は、アタラクシアにおいてごく一般的である。


 魔法には火を扱ったり、何かを風で吹き飛ばすような使い方次第で大事故になるものも数多い。なので幼児・児童くらいの幼い子どもはせいぜいあくまで遊び目的の安全な魔法しか使えないし、使わない。


 改めて同い年で魔法で戦闘をこなすというウィルフレッドとフェリーチェのすごさに気づく。


 自動販売機コーナーに着いて、それぞれ飲み物を選ぶ。無料であることやお菓子類があることにウィルフレッドが痛く感動したこともあって、ポテトチップスの大袋も入手した。定番のうすしお味だ。


 一通り揃えたところでウィルフレッドが。


「お前、フローレス嬢のこと好きだろ?」


 突如にやりとチトセに大爆弾を落としてきた。

 ウィルフレッドという少年は一見クールで口調も大人びた割に、内面はそうでない部分も大きいらしい。


 みるみるうちに熟れた林檎の顔色になるチトセを見て、黒髪の少年は「当たったな」と真紅の瞳を細めて笑う。


「ど、どうしてわかったんだよ?」


 惚れた腫れたの恋バナに不慣れなチトセは、隠しても仕方ないかとあっさりシュゼットへの好意を認めた。下手に誤魔化して話が拗れるよりかはずっと良い。


「恋してる奴は雰囲気で分かるからな。なんというか、この世の美しいものすべてを知り尽くした顔をしている」

「美しいもの……」

「そうだ。ホクラニはフローレス嬢のそばでそんな風だった」


 言われてチトセは、確かにそうかもと納得する。


「フローレスさんは綺麗な子だよ。人としても女の子としても」


 シュゼットと出会って今までのことを思いだしたから、子狐の涼やかな声が静けさに満ちた。


 魔力の暴走を鎮めてもらい、たくさん優しくしてもらって。過酷な境遇の中でも生きようとするシュゼット・フローレスは、確かに美しい少女だとの実感が込められている。


「……実はハイレンとフローレスさんが話し込むのを見て、ざわざわしてた」


 打ち明けるとウィルフレッドが声を立てて笑った。結構フレンドリーな性格である。「は? なんでだよ」とでも言われることも想像していたチトセは、肩の荷が降りた心地になった。


「それは嫉妬だな」

「これが嫉妬……」


 主に大人たちの会話で出てくる感情の名前だ。


「いろんな場面で起こるが、恋の病にはつきものだな」

「随分いろいろ詳しいけど、君にもこういう経験がおありなの?」

「ま、そうかもしれないな」


 男子同士で軽口を叩き合う。


「……で、彼女に告白とかしないのか?」

「あー、それはまだかな」


 自分がシュゼットに恋をしていることは、とっくに受け入れている。

 でもその想いを彼女に伝えて良いのか、幼いチトセには判断がつかない。場合によっては伝えたことでお互いの傷となってしまうこともあり得る。


「まっ、言うかどうかは人それぞれだけどな」


 沈黙してしまったチトセを励ますように、ウィルフレッドは言う。


「だが命がけで戦っている退魔師目線からのアドバイス。できるだけ自分の気持ちには素直になっておいたほうが良いし、伝えたいことは早めに伝えといたほうが良い。あとで後悔することがだいぶ減るぞ」


 ちょっぴり憂いを忍ばせた声で言われて。


「やっぱり君、大人だね」

「それ、褒めてるのか?」

「もちろんさ」


 チトセは精神年齢が妙に高めの同い年の少年に、感心したのだった。

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