いつかの短編集

明日朝

言葉の意味

「月が綺麗ですね」

 青い目の青年は、そう言って私に笑いかけた。どこことなく、ちぐはぐなイントネーションだった。

 思わず首を傾ぐ。

「そんな言葉、どこで覚えたのよ」

「こちらの読み物で学びました。親しい人に言う言葉らしいです」


 彼がさらりと答える。なるほど、と私は頷いて、そして彼の顔を見る。彫りの深い顔立ちは、何度目にしても変わらず端正だ。


 ……けれど、恐らく彼はこの言葉の本当の意味を知らないのだろう。そう、私は高をくくっていたのだが、

「本によればこの言葉、I love youという意味があるんでしたっけ」


 彼は何でもない口調で、しかし私の目を見つめながら告げた。私は一瞬だけ目を見開いたものの、ふうと小さくため息をこぼして、彼に言う。


「それ、もしかして新手のジョーク?」

「いえ、そのままの意味です。それとも、もっとストレートに言ったほうがいいですか?」

 からかうような声だ。私は降参とばかりに両手を挙げる。


「参った、降参よ。……ただ、口説き文句としてはイマイチかな」

「なるほど、精進します」

 彼はそう言うと端正な顔で上品に笑った。

 私は背を向けて、熱が帯びていく顔を、どうにか隠した。


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