メッセージ 一

 宮司が呼んだ救急車に英司が乗せられ、翠はパトカーに乗せられた。

 私と宮司は事情聴取で警官にしばらく拘束されたので、夏祭りの終了音頭は坂本に取ってもらった。

 本格的な後片付けは明日やる予定なので、自治会メンバーには火災の原因となる器具の移動と金銭管理、簡単な掃除をやってもらって解散となった。


「翠ちゃん、どうなるのかな?」


 仕事を片付けて社内で再会した坂本が言った。私達は宮司の厚意で、奥の居住スペースで休ませてもらっていた。


「殺人未遂になっちゃうのか?」


 尚も問い続ける坂本に、渋い顔をした宮司が答えた。


「前回は厳重注意で済んだらしいが、今回は二度目だから無罪放免とはならないだろうな。凶器を事前に用意した計画性も有る」


 前回とは田上家放火事件のことである。事件を起こしたのは赤路だが、そこでも翠は英司を襲っていた。

 一度目は錯乱していたからで片付いたが、二度も同じ相手を狙ったとなると、明確な殺意有りと警察は見なすだろう。


「英ちゃんは……?」

「これが、微妙だ」

「裁判になったら、執行猶予付かずに実刑になるってこと?」

「捕まるかどうかも判らない」

「えっ?」


 坂本が目を丸くした。


「で、でも、英ちゃんが陽菜ちゃんを殺したんだろ? 人を殺したら捕まるのが当然じゃん」

「英司くんが陽菜さんを殺したという証拠が一切無い。全て翠さんの証言のみだ」

「じゃあ、どうなるんだ?」

「証拠が出て来ない限り英司くんは罪に問われない。翠さんの狂言という可能性が有るからね」


 私は坂本と宮司の会話をぼんやり聞いていた。先程の煙のことが気になって、討論に参加できるだけの集中力が無かった。


「そんなことして翠ちゃんに何の得が有るんだよ? ドライバーや包丁振り回して、自分が警察に捕まってんじゃん」

「私だって……、翠さんが嘘を吐いているとは思っていないよ。しかし物的証拠が無いんだ。陽菜さんに付いていた体液は佐々木のものだしね。覆すとしたもう一人の目撃者、優一くんが翠さんと同じ証言をするか、或いは……」

「するか?」

「英司くん本人の自白が必要だろうね」

「………………」


 坂本は缶ビールの蓋を開けた。神社の駐車場に車が在るというのに。飲んだら飲酒運転になるぞ。ここに泊めてもらうことになるぞ。


「優ちゃんは眠ったまま。英ちゃんは十年前のことを何も覚えてない」

「ああ」

「覚えてないなら自白できないだろ。翠ちゃん一人がババ引くのかよ?」

「彼女も罪を犯した」

「そりゃそうだけどさ!」


 坂本がいきり立った。


「元々は英ちゃんのせいだろ。それなのに英ちゃんは罪を償わないで、巻き込まれた翠ちゃんが逮捕だなんて納得できねーよ!!」

「納得できる、できないの問題じゃない。犯罪事実が明確にならない限り有罪判決は出せない。疑わしきは罰せずだ。感情論だけで裁判を進めたら、司法制度が滅茶苦茶になる」

「そんなの……」


 坂本は左手で拳を造ったが、自分が感情で動いている自覚が有ったのだろう、拳を収めてビールを呷った。お泊まり確定だ。


「……裁判所に神鏡を持ち込めたらなぁ」


 酒臭い息で坂本は罰当たりなことを言った。


「は、おまえ何言ってんの?」


 御神体を軽々しく扱われそうになって、宮司が不機嫌に聞き返した。


「だってさ、神鏡なら真実を映し出してくれるんだろ? 英ちゃんがいくら覚えてない、やってないって言っても、神様なら全てをお見通しだろ」

「それはそうだが……、御神体は便利グッズじゃないぞ」

「冗談だよ。解ってるよ俺だって」


 例え神鏡の力が本物だとしても、裁判所に持ち込める訳が無い。坂本とて理解した上で言っていた。現実逃避でもしなければやり切れないのだ。


「今日の神主としての奉仕は終わりだ。私も飲む!」


 宮司までもが仏頂面でビールを開けた。明らかな自棄酒やけざけだった。彼は私にもグラスを勧めて来た。


「会長もどうぞ遠慮なさらず」

「いえ、私はけっこう」

「ワインの方が宜しいですか? 日本酒も有りますが」

「そうではなく、運転できなくなってしまいますので」


 いつもは坂本の車に便乗させてもらっているのだが、今日は祭り関係の荷物が多かったので、私も自分の車を回して神社に来ていた。


「村長もここに泊まればいいじゃーん」


 坂本が野次を飛ばした。ここはおまえの家ではない。


「そんな訳にはいかないよ」

「構いませんよ。お疲れでしょうし、どうせ明日も作業が有るのですから。どうぞ会長もお泊まり下さい」

「ほらほら、修兄ちゃんもこう言ってるしー」

「いやしかし、着替えも何も用意しておりませんので」

「安物ですが、新品フリーサイズの肌着が有りますよ。健太がちょいちょい泊まっていくので常備しているのです。寝間着と明日のシャツは私のものをお貸しします」


 坂本よ、神社を私物化し過ぎだ。


「ビール、ビール、みんなで飲っもぉーお♪」


 坂本が自作の歌を歌いながら勝手に、私に用意されたグラスに酒を注いでいた。いいか。私も一緒に泊めてもらおうかな。


「神鏡と言えばさ、あの神鏡公開の日、村長も別の自分が見えたんだったよね?」


 坂本には後日、雑談中に話したのだったな。

 宮司が興味を示した。


「ほう、それは初耳だ。何が映ったのですか?」

「見間違えかもしれませんが、今より少し若い私が鏡に映りました」

「若い会長……ですか?」

「精神年齢が幼いということかもしれません。お恥ずかしい」

「その村長は髪の毛フサフサでしたー?」


 坂本が失礼な質問をして来た。


「ま、まぁ、今よりは……」


 私は寂しくなった頭頂部を撫でた。これでも年齢の割に毛量は多い方だったのだ。それが妻に先立たれてから急激に減った。ストレスだろう。


「服装はどうでしたー?」

「服……?」


 坂本の二つ目の質問に私は戸惑った。


「ええ。服も若いの着てたんじゃないかなーって。スカジャンとかだったらスゲー面白いのに。村長がスカジャン。ぷっ」


 一人で笑っている坂本を放置して私は思い出した。あの時、神鏡に映った私は……。


「水色の、ポロシャツを着ていた……」


 神鏡は銅製なので色がハッキリ映らない。だから見落としていたのだが、あのデザインは妻がくれたあのシャツだ。


「あー、あのお気に入りのヤツか。服は変わらなかったんですねー。残念」

「いや。私はあの日、下までボタンの有る白いYシャツを着ていたはずだよ」


 町内会最大スポンサーである宮司に会うのだからと、失礼の無い服装を意識したのだ。


「おおっ、服も変わったんだ。神鏡スッゲ。着せ替えもしてくれんのかー」

「興味深いですね。若返った会長に着ていたものとは別の服……。何を暗示しているのでしょうか」

 顎に手を当てて思案する宮司の横で、坂本が無邪気にはしゃいだ。

「髪フサフサで水色のポロシャツの村長かぁ。まんま、今日俺と走った村長じゃーん」

「おまえと走った?」

「ああ。村長な、二人居たんだよ。英ちゃんと居た村長と、俺と駆けっこした村長。頭フサフサだったの」

「何を言っているのかさっぱり解らないぞ酔っ払い。ちゃんと順序立てて説明しろ」


 宮司は坂元に詰め寄ったが、短時間に缶ビール二本空けて坂本は既に出来上がっていた。私が代わりに説明した。とは言っても、私自身も理解できていない事象だった。


「翠さんが襲いかかって来た先程の騒動の時、私は英司くんとずっと一緒に行動していたのです。だというのに坂本くんの元にも私が現れて、お社の裏まで先導したらしいのです。その私は今の私よりも毛髪量が多く、水色のポロシャツを着ていたとかで」

「えっ、会長が呼びにいらしたのは私ですよね?」

 宮司が困惑した。


「いいえ。私は案内所に行っていないのです。英司くんを独りにできなかったので」


 宮司は私を凝視した。主に頭頂部分を。


「思い返してみますと私を呼びに来た会長も、頭髪が黒々としていた気がします……」


 丁寧に言われても失礼なことに変わりはなかった。


「本日の服は?」


 問われて私はハッピを脱いだ。白地に茶色のラインが入った別のシャツ。ううん、宮司が唸った。


「どういうことでしょう?」

「私にも判断がつかないのです」

「私は確かに会長に呼ばれたのですよ?」

「はい。きっとそうなんだと思います。宮司さんも坂本くんも、とても良いタイミングで現れて私と英司くんを救ってくれましたから。ですが、呼んだ私は私ではないのです」

「会長であって会長ではない……?」

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