第65話 昼食の約束
王宮図書館に向かいながら主にロランとサシャが護衛体制について話し合っていると、廊下の先から見知った人たちが現れた。
「あっ、マルティナ!」
声を上げたのは向こうだ。この世界の服装に着替えたハルカが、元気よく手を振っている。
「ハルカ! 昨日は会えなかったけど、元気そうで良かった」
「元気だよ。しばらくこの世界で頑張ろうって決めたら、もう悩みもなくなったから」
そう言ったハルカは何かを振り切ったような笑顔だ。そんなハルカに、マルティナも晴れやかな気持ちになる。
「昨日はさっそく訓練したんだよね?」
「そう、第一騎士団の皆さんと一緒に。皆さん凄くいい人たちだったよ。あとはソフィアンさんがよくしてくれるから、本当にありがたかったかな」
ハルカが後ろを振り返ってソフィアンに視線を向けたので、マルティナも挨拶をした。
「ソフィアン様、おはようございます」
「マルティナ、おはよう。そちらには顔を出せなくて悪いけど、研究は頼んだよ」
「はい、お任せください」
簡単な挨拶が終わったところで、マルティナはソフィアンの隣にいる人物、そしてその後ろにいる複数人に視線を向けた。
ソフィアンの後ろにいるのは、貢献度が高かった他国からハルカへと派遣されている側近や護衛だ。一瞥した限りでは真面目そうな人が多い。
そしてソフィアンの隣にいるのは、マルティナもよく知る人だった。
「ハルカの護衛にはフローラン様が就かれたのですね」
第一騎士団の副団長である、フローラン・ラヴァンだ。
「はい。聖女であるハルカさんの護衛となれば地位も必要ですが、団長は色々と忙しいため、私が護衛の任務を拝命しました」
「確かにランバート様はお暇がなさそうですもんね。フローラン様がハルカを守ってくださるなら安心です」
フローランは第一騎士団の副団長という地位の他に、子爵家の生まれという貴族でもある。さらに対人戦が得意なレイピア使いで、風魔法まで操れた。何事にも動じない冷静沈着さが評価されているため、護衛に適しているだろう。
「マルティナのもう一人の護衛は、そちらの騎士団員に決まったのかな?」
ソフィアンがサシャに水を向けると、サシャはビシッと背筋を伸ばして敬礼をした。
「はいっ! マルティナさんの護衛をさせていただくサシャです」
「サシャだね。覚えておこう。私はマルティナと共に仕事をすることも多いから、これからよろしく頼むよ」
「かしこまりましたっ」
そうしてそれぞれが紹介や挨拶をしたところで、ソフィアンがハルカをそれとなく促した。
「そろそろ訓練場へ行く時間だ」
「分かりました。じゃあマルティナ……そうだ、お昼ご飯を一緒に食べるのはどうかな。そうでもしないとあんまり会えない気がするから」
マルティナと会うタイミングを作り出そうと悩んだのか、考え込んでからハルカが提案した内容に、マルティナは悩むことなく頷く。
「もちろん! 食堂でいい?」
「うん、昨日も食堂で食べたよ。マルティナもいるかなと思ってたんだけど、見つけられなくて」
「あぁ……」
マルティナは昨日のことを思い出して微妙な表情になる。
「昨日はその、書物を読んでたらお昼を忘れちゃって」
呆れられるか苦笑いを浮かべられるか、そんな反応をよそにハルカはマルティナの手を取った。
「分かる! わたしも休日に本を読み始めると、ついご飯を忘れてたんだよね……本の世界に入り込むと気づいたら夕方なの」
皆に呆れられてきた話に共感してくれるハルカに、マルティナは嬉しさのあまりハルカにグイッと顔を近づけた。ハルカの方が少し背が高いので、マルティナが僅かに見上げる形だ。
「そうっ、そうなんだよね! 本を読んでると他の全てが頭から抜け落ちちゃって」
二人の話がまた盛り上がりそうになったところで、ロランがごほんっとわざとらしい空咳をした。それで我に返ったマルティナは、少し身を引いて苦笑を浮かべる。
「この話はお昼の時にしようか」
「そうだね。じゃあ、また食堂で」
「うん、またね」
二人は手を振って別れ、それぞれの目的地に向かった。
王宮図書館に着いたところで、ロランは仕事のために政務部へと向かうことになった。今日の午前中の護衛はサシャ一人だ。
「じゃあマルティナ、研究を頼んだぞ」
「はい。ロランさんも調整をよろしくお願いします」
「ああ、任せとけ」
サシャが護衛をする場所は王宮図書館内の書庫の扉前ということになり、書庫の中にはマルティナだけが入る。
「皆さん、おはようございます」
書庫にはすでにほとんどの歴史研究家たちがいて、熱心に書物を読み進めていた。さっそく昨日の続きをしようと席に向かったマルティナに、まず声を掛けたのはラフォレだ。
「マルティナ、昨日の日記だが全員が最後まで読み終えた。しかし新たな発見はなかったようだ」
「そうですか……分かりました。ご確認ありがとうございます」
マルティナは日記を差し出したラフォレから受け取ると、もう一度タイトルや背表紙などを確認した。しかしもちろん記憶にある通りで、新たな発見などはない。
「重要書物の棚に入れておきましょう」
「そうだな」
そうしてラフォレとの話が終わるとすぐに、歴史研究家の女性がマルティナの下にやってきた。
「すみません、一つ聞いても良いでしょうか」
「もちろんです」
「確か前に、幾何学模様なものがたくさん描かれた古い書物を読んだと思うのですが、あの本がどこかに行ってしまって……覚えているでしょうか」
マルティナは幾何学模様というヒントから、いくつかの書物を思い浮かべた。
「三つほど候補があるのですが、その本には模様のみが描かれていましたか?」
「はい。そうだったと思います。確か数十ページの薄い本で、魔法陣とは違うとどこかに避けたんです」
さらに与えられた情報により、マルティナの頭の中には一つの書物が浮かび上がった。
「『均衡美の追求』という本ですね。その本がどうかしましたか?」
「今読んでいた歴史書の中に、何の脈絡もなくその本にあった模様と似たような模様が描かれていたんです。しかもそのページには余白はあるのに文字がなくて、代わりに汚れみたいなものがたくさん付いていて」
女性が歴史書をパラパラと捲って該当ページを開いたので、マルティナは女性が示したところを覗き込んだ。
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