第52話 召喚は成功?
聖女召喚が行われたホールをハルカと共に後にしたマルティナは、会場のすぐ近くで待機していたロランに声を掛けた。
「ロランさん、こちら召喚によってこの世界を訪れてくださった、ハルカさんです。客室にご案内します」
会場の外にいたが中の様子を確認していたロランは流れを理解しており、神妙な面持ちで頷く。そしてハルカに軽く自己紹介をした。
「俺はマルティナの上司でロランです。ハルカさんの客室はマルティナの同期二人が中心となって整えてくれてますので、ご安心ください」
「あ、ありがとう、ございます……」
まだ自分の殻に閉じこもっている様子のハルカはロランに小さく頭を下げ、両手をギュッと重ねるように握りしめた。
それから少し歩いて辿り着いた客室にハルカを案内し、マルティナがハルカの向かいのソファに腰掛ける。ロランは部屋の隅で、ナディアとシルヴァンに事の次第を説明しているところだ。
召喚された聖女付きになることが決まっていた優秀なメイドが茶を入れて、客室内に心地よい香りが満ちたところで、ハルカが躊躇いながらもマルティナに問いかけた。
「あの、ここって、地球じゃない……ってことはないですよね?」
「チキュウという単語がよく分からないのですが、ハルカさんが住んでいたところでしょうか」
「はい、そうです」
「でしたら、ここはそのチキュウとは違う場所だと思います。聖女は異界から、つまり別の世界から召喚されると文献に書かれていましたので」
地球とは違う場所という言葉に、ハルカは顔色を悪くした。部屋中を見回すようにして、無意識なのか自分の腕をギュッと掻き抱く。
「もしかして、異世界とか、そういう……?」
「そうですね。異世界とも言えるかもしれません」
「あ、あの、魔法とか、あったりしますか?」
「もちろんです。ハルカさんは魔法が存在しない世界をご存知なのですか?」
「地球に、魔法はありません」
ハルカがしっかりと告げた言葉に、マルティナは表情こそ変えなかったが、内心では大きく落胆していた。魔法がない世界から来たとなれば、ハルカが聖女である可能性が低くなるからだ。
「そう、ですか……」
声音が少しだけ低くなってしまったマルティナの言葉に、ハルカは敏感に反応する。
「魔法がないところから来たわたしが、先ほど聞いた聖女? である可能性はないですよね。そもそも聖女とはどういう存在なのですか?」
マルティナの親しみやすさが功を奏したのか、ハルカは先ほどまでよりも緊張が抜けた様子で質問を続けた。そんなハルカに、マルティナは真摯に対応していく。
「まず聖女とは、瘴気溜まりを消し去る力を持つ存在です。私たちの世界は瘴気溜まりから出現する魔物によって、人類が滅亡の危機にあります。そこで過去に一度だけ行われたと記録があった聖女召喚を行い、それによって召喚されたのがハルカさんです」
「瘴気溜まり? 魔物? 人類滅亡?」
次々と出てくる不穏な言葉の数々に、ハルカは顔色を悪くしながら首を横に振る。
「そ、そんな問題を解決するのは、わたしには無理です。わたしは普通の高校生で、特別な力なんてないんです。なんでわたしが召喚されたんでしょうか。何かの間違いですか?」
「……召喚が失敗という可能性は、もちろんあると思います。ただ気づいていないだけで、ハルカさんが力を有しているという可能性もあるかもしれません」
マルティナは希望も込めて可能性を口にした。するとハルカは自身の両手に視線を向け、僅かな好奇心が刺激されたのか問いかけた。
「もしわたしが聖女という存在だったとしたら、どんな力があるのでしょうか」
「聖女様のお力は、光魔法の上位の存在だと言われておりました。したがって治癒ができるはずです。それも高度な治癒が」
「治癒……」
治癒という言葉を聞いて、ハルカは膝下までの長さだった靴下をそっとくるぶし付近まで下ろした。するとハルカの右足ふくらはぎには、包帯が巻かれている。
「怪我をされているのですか?」
マルティナは広範囲に巻かれた包帯を見て心配になり、眉を下げて問いかけた。
「はい。不注意で自転車で転んでしまい、思っていたよりも酷い怪我になってしまって」
ハルカは包帯をシュルシュルと取ると、その下にあった大きなガーゼも丁寧に除けた。するとその下には、まだ瘡蓋も完全ではないような、酷い怪我が現れる。
「これ、治せるのでしょうか」
ハルカに怪我を見せられたマルティナは、かなり痛みがあるだろう傷を眉を下げたままじっと見つめ、すぐに頷いた。
「ハルカさんが聖女であるならば、すぐに治せるはずです。ナディア、魔法の使い方を教えてもらえる?」
魔法が使えてハルカと同じ女性ということで、マルティナはナディアに頼んだ。するとナディアは人に安心感を与えるような笑みを浮かべ、ゆっくりと二人の下に近づく。
「もちろんよ。ハルカさん、マルティナの同期でナディアですわ」
「あっ、ハルカ、です」
「魔法の使い方を簡単にお教えしますね」
それからはナディアが魔法の基礎を教え、少しの水を作り出してみせた。するとハルカは魔法という存在に僅かに頬を紅潮させ、真剣な表情で自らの傷口を見つめる。
客室には静寂が満ち、誰もがハルカの動向を見守る中で――
光魔法よりも柔らかで、神聖な輝きを持つ光がハルカの足に降り注いだ。そして次の瞬間には、傷があったことさえ分からないほど、ハルカの足は綺麗に治っていた。
「何これ……」
ハルカが驚愕の面持ちを浮かべる中、マルティナたちは内心で歓喜に震える。
(普通の光魔法とは異なる質の光、そして光魔法よりも明らかに効果の高い治癒。ハルカさんは聖女だ。聖女召喚は成功したんだ……!)
「ハルカさん。いや、聖女様、素晴らしいお力です。そのお力で私たちをお救いください」
聖女であることが判明したところで、マルティナは興奮しながら改めて頭を下げた。しかしハルカから返ってきたのは、否定の言葉だ。
「あの、ごめんなさい。わたしが聖女らしいってことは理解したのですが、やっぱり無理です。魔物とか人類滅亡とか、そんな問題と向き合うのはさすがに……怖いです」
申し訳なさそうな表情でそう告げたハルカに、マルティナはガバッと顔を上げる。
「ただの高校生ですし、わたしの身に起こってることは夢ではないみたいなので……それなら早く帰らないといけないんです。学校を休むわけにはいきませんし、友達も心配します。それに今日はバイトもあって、数日後には給料日で」
そう言い募るハルカに、マルティナは静かな衝撃を受けていた。今まで聖女という存在はどこか自分たちとは違う、一種の神のような存在だと思っていたのだ。
召喚すると世界の危機から救ってくれる、自分たちとは全く違う存在。
だからこそハルカが普通に日常を送っていたということに、元の世界に大切な人がたくさんいたという事実に、衝撃を受けた。
そして次に浮かんできたのは、深い後悔だ。
(召喚される聖女のことなんて、何も考えていなかった。聖女って強い力を持っていても一人の人間なんだ。私たちとあまり変わらない普通の人なんだ。――私は、なんて酷いことをしてしまったのだろう)
マルティナの表情は強張り、もう一つの事実に気づいた。
(聖女が普通の人なら、聖女召喚が失敗した場合に召喚されたかもしれない誰かも、どこかの世界で幸せに生きていた人だったのかもしれない)
召喚というのが特別な存在を呼び出すのではなく、普通の人を無理やり連れてくるものだと分かり、マルティナは後悔と衝撃と、そして少しの恐怖感に固まってしまう。
そんなマルティナに、ハルカが僅かに声を震わせて問いかけた。
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