第43話 マルティナの危機と闇魔法

 ナディアと分かれたマルティナは、早く魔法陣の復元を再開したく、足早に王宮図書館へと向かっていた。マルティナの頭の中にはすでに数多の情報が広げられていて、その中から使えそうな情報が組み合わされていく。


「魔法陣の法則では……」


 たまに独り言を呟きながらも足は動かし続けていたマルティナが、曲がり角に差し掛かった瞬間――突然後ろからガタイの良い男に口を塞がれ体を押さえつけられた。


 マルティナの口元に押さえつけられた布には、何かしらの成分が染み込ませてあったのか……口を押さえられて数秒後に、マルティナはくたりと力無く意識を失ってしまう。


 そんなマルティナを確認した男はすぐにマルティナを抱え上げ、持ってきていた大きなマントでマルティナと自身を覆い隠した。

 そして足早に廊下を進み、近くの倉庫に体を滑り込ませた。


「来たかっ」


 ガザルの付き人である男がマルティナを連れて中に入ると、ガザルは小声で歓喜の声を上げた。


「はい。マルティナを攫うことには成功しました。しかしマルティナが同僚らしき女性と共にいたため、引き離してから攫う計画となりました。よってここで少し待機となります」

「分かった。あいつが戻ってきたらすぐにこんな国からは脱出だ」

「はい。転移魔法陣を準備しておきましょう」


 それから十分後にはナディアを引き付けていたもう一人の付き人の男も倉庫にやってきて、ガザル王国からの代表団である三人は――マルティナと共に、王宮から姿を消した。




 ♢ ♢ ♢




 ガザル王国の男を客室がある場所まで案内してから王宮図書館に向かったナディアは、図書館の中に入り、マルティナがいつもの定位置にいないことに気づいた。


「ここにいないということは、今日は書庫かしら」


 ナディアも今回の計画の一員として書庫には自由な出入りが許可されているので、躊躇いなく書庫に続く扉を開ける。しかし書庫の中には……マルティナの姿はなかった。

 いるのはラフォレなど歴史研究家の面々のみだ。


「ラフォレ様、マルティナがこちらに来ませんでしたでしょうか」

「いや、来てないな」

「そうですか……ありがとうございます」


 ――どういうことかしら。何か忘れ物でもして、会場に戻った?


 そう考えたナディアはまた引き返し、今度は会場に戻った。しかし会場の中には……未だ片付けを進めるロランとシルヴァン、そして使用人が数名しかいない。


「あれ、ナディアどうしたんだ? マルティナと一緒に図書館に行くんじゃなかったのか?」


 戻ってきたナディアに気づいたロランが声を掛けると、ナディアが困惑の面持ちで口を開く。


「それが……途中でガザル王国の方が道に迷われていて、わたくしは案内をしてから追いかけたのよ。ただ王宮図書館にマルティナはいなくて、こっちに戻ったのかと思ったけれど、いないみたいね」

「ああ、マルティナは戻ってきてないぞ」

「では寮かしら……それか第二王子殿下やランバート様のところに向かったのかもしれないわね。もう少し探してみるわ」


 ナディアがそう言って会場を出ていくのを見送ったロランは、少しだけ悩む様子を見せながら会場を見回し……意を決した様子でシルヴァンに声を掛けた。


「シルヴァン、あと少しだから任せてもいいか? ちょっとマルティナのことが気になるんだ」

「確かに……マルティナは突然いなくなるようなことはないからな。ここは任せておけ」

「ありがとな」


 シルヴァンも心配しているのか眉間に皺を寄せながら残りの仕事を引き受け、ロランは急いで会場を出て近くのあまり使われていない応接室に入った。


 ――これはできれば使いたくないんだが、今回は何だか胸騒ぎがする。


 そんなことを考えながら静かに瞳を閉じたロランが、ゆっくりと深呼吸をすると――ロランの体から黒い煙が立ち上った。それは瘴気溜まりのような嫌な黒ではなく、とても惹きつけられる綺麗な漆黒だ。


「探査」


 ロランがそう呟いた瞬間、漆黒の煙がブワッと凄い勢いで薄く円状に広がった。これは闇魔法の探査と呼ばれるもので、記憶している魔力の形を持つ者がどこにいるのか調べられるという魔法だ。

 人は誰しも、魔法を使えない者も僅かな魔力は有していて、魔法使いでない者を探すことも原理上は可能となっている


 しかしかなりの実力者でも範囲は半径数キロの円状が精一杯で、さらには余程しっかりと魔力の形を覚えていなければ探査はできない。


「暗い場所にいてくれると探しやすいんだが……っ」


 ロランはそこまで遠くに行っているはずがないと考え、王宮内を重点的に探した。しかしどこにもマルティナの魔力が見当たらない。


「もっと遠くなのか……?」


 減っていく魔力に焦りながらも範囲を最大に引き伸ばして探査を行うと、範囲に入るギリギリの場所に、探している魔力の形が映った。

 

「森の、中? しかも一緒にいるのは……」


 それが分かったところで、魔力を温存するために探査を切ったロランは、眉間に皺を寄せて今後どう動くのが正解か考え込む。


 闇魔法は探査や隠密のような人に嫌がられる性質の魔法が多く、さらには黒という暗いイメージも相まって、多くの人に恐れられ嫌われているのだ。

 特に闇魔法は光魔法以上の希少属性のため、周囲に闇魔法を使える人がいることはほとんどなく、それがよりイメージの悪化に拍車をかけた。


 したがって今では闇属性を持って生まれた子供は、それを隠して生きていくことがほとんどなのだ。ロランもそんな子供の一人で、ロランの魔法属性は両親と実家の一部の使用人しか知らない。


「闇属性だって明かしたら絶対騒ぎになる。そしたらマルティナを助けに行けるまで時間が掛かるよな……」


 そう呟いたロランは、決意を固めた表情で顔を上げると、拳を握りしめて応接室を勢いよく飛び出した。


 ――俺が一人で助けに行った方が早い。上への報告は、マルティナがどこにもいないことを確認したナディアがしてくれるはずだ。それなら俺は、今すぐ助けに向かった方がいい。


 ロランは全力で王宮の官吏専用出口に向かい、日が暮れ始めている街に飛び出した。しかし闇属性のロランにとって、暗闇は実は障害にならない。

 魔法を使えば昼間よりも夜の方が、よく周囲が確認できるのだ。そして魔法で影を操ることで、常人には成し得ないほどの速度で森に向かうこともできる。


「マルティナ、無事でいろよ」


 願いを込めてそう呟いたロランは、暗い路地を駆けていった。

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