第37話 今までの詳細説明

 計画のメンバーである皆が向かい合えるよう、テーブルを移動して腰掛けたところで、マルティナとソフィアンが皆の前に立った。

 落ち着いている様子のソフィアンと違い、マルティナは緊張で今にも倒れそうだ。


「マルティナ、大丈夫かい?」


 ソフィアンが苦笑しつつ尋ねると、マルティナは強張った表情のままぎこちなく頷いた。

 まだ新人官吏で誰かの下に付いてしか働いたことがないマルティナにとって、いきなり国の行末を左右するような計画のリーダーに抜擢されるというのは、かなりのプレッシャーだ。


 しかしこの場にいる皆はマルティナの稀有な才能を理解している者たちなので、マルティナがリーダーに選ばれたことを不満には思っていなく、ぎこちないマルティナを責めるようなことはなかった。


「……皆さん、此度の聖女召喚の魔法陣を復活させる計画にて、リーダーの任を賜りましたマルティナと申します。改めてよろしくお願いいたします」


 マルティナは一度大きく深呼吸をしてから、意を決した様子で口を開いた。


「まずは……皆様と現状についてを正確に共有したいと考えています。すでにご存知の情報も多いかと思いますが、私の話を聞いていただけると嬉しいです」


 その言葉に皆が真剣な表情でそれぞれペンを持ったところで、マルティナは瘴気溜まりに関することから説明を始めた。


「最初に瘴気溜まりの存在が確認されたのは、王都周辺にある東の森の奥です。偶然居合わせた私も森へ同行し、黒いモヤと呼ばれていたものを実際にこの目で確認し、過去にいくつかの文献で記述があった瘴気溜まりだろうと結論づけました」


 マルティナのその言葉を聞いて、歴史研究家の若い男が口を開いた。


「では現在この国を騒がせているものが、瘴気溜まりではない可能性もまだあるということですか?」

「……いえ、文献の記述と瘴気溜まりの様子はほぼ一致しています。さらに文献に書かれていた方法で一つの瘴気溜まりは消滅に成功しているので、全くの別物という可能性は限りなくゼロに近いです。ただ似た性質を持つ別のものという可能性は、もちろんあります。その点においては、過去の文献で瘴気溜まりと名前がつけられている現象に対しても、同様のことが言えるでしょう」


 歴史研究家の男はその説明で納得したのか、「ありがとうございます」と一言告げて、熱心にメモをとった。


「では続けますが、瘴気溜まりに関する記述があった文献には、瘴気溜まりを消滅させる方法が二つ載っていました。そのうちの一つが光魔法によるものです。これによって、東の森の瘴気溜まりは消滅に成功しています。しかし陛下も仰っていたように、この方法は瘴気溜まりが大きくなるほど必要な光属性の魔法使いの数も増えていきます。したがって、今後もこの方法で対処し切れるかどうかは定かではありません」


 すでにカドゥール伯爵領内の瘴気溜まりという、対処しきれていない事例が発生しているため、皆は真剣な表情で頷いた。


「そこで二つ目の方法が注目されることになりますが……これが聖女召喚です。皆さんはご存知だと思いますが、この世界は約一千年前まで暗黒時代と呼ばれる魔物の世界でした。それが一千年前の世界浄化で魔物の数が激減し、滅びかけていた人類が発展します。この暗黒時代とは瘴気溜まりが世界各地に点在していた時代のことで、世界浄化とは世界中の瘴気溜まりを消し去る行為だそうです。そしてその世界浄化を成し遂げたのが、異界から召喚された聖女であると記載がありました」


 聖女召喚という現象については話を聞いていても、ここまでの詳しい内容は知らなかった者も多くいたようで、誰もがメモの手を止めてマルティナの話に聞き入った。


「そしてその聖女を召喚する方法が、魔法陣なのだそうです。魔法陣とはその使い勝手の悪さから現代では廃れてしまっていますが、確かに属性には縛られず現象を生み出せるという性質があります。したがって、異界から聖女を召喚という荒唐無稽に思える話も、絶対にあり得ないと断じられるものではないと思います」


 マルティナがそこで言葉を切ったところで、歴史研究家の女性が混乱を少しでも振り切るためか、首を横に振りながら口を開いた。


「そんな歴史、聞いたことがないわ。暗黒時代は瘴気溜まりが点在していた時代で、世界浄化はそれを消滅させる行為で、それをしたのは異界から召喚した聖女で……どの書物に書かれていたの? 私は今まで、その時代について書かれた書物はたくさん研究してきたはずなのに」


 女性の問いかけにマルティナがいくつかのタイトルを伝えると、女性はより混乱が深まったのか額に手を当てて目を閉じてしまった。


「その中の二冊は私も読んだことがあるけど、重要な情報が載っていたという記憶はないわ」

「……一つ一つの書物には軽く記載がある程度なんです。なので重要な情報が載っていたという印象が残る可能性は、かなり低いと思います。私も一つだけなら不正確な情報だろうと気にも留めなかったはずですが、いくつもの文献で出てきたことで、一気に信憑性が高まりました」


 マルティナのその言葉を聞いて、女性は大きく息を吐き出してから、苦笑を浮かべつつマルティナに視線を向けた。


「あなたのその才能が羨ましいわ。……歴史を研究するということは、現代に残っている書物を研究して読み解き、いくつもの情報を照らし合わせてより正確なものを選び取っていくということ。しかしそれは言葉にするよりも難しい。書物は長い歴史をかけて何度も翻訳され、内容が書き換えられ、紛失したものを誰かが再現しようとして情報が変化してしまう。でもあなたなら読んだ書物を全て完璧に記憶し、脳内で情報の正確性を判断できるのね」


 そこまでを一気に口にした女性は、椅子から立ち上がるとマルティナの下へ向かった。そして両手でマルティナの手をぎゅっと握りしめる。


「あなたのその能力は絶対に歴史研究に使うべきよ。時間に余裕がある時で良いから、たくさんの書物を読みなさい。そしてあなたが導き出した歴史を、本として後世に残すのよ」


 能力を僻まれるのかと思っていたマルティナは女性の言葉が予想外で、瞳をパチクリと瞬かせた。しかし次第にその内容を理解したのか、頬を緩めてしっかりと頷いてみせる。


「分かりました。ラフォレ様にも蔵書を読ませていただいておりますし、これからもたくさんの本を読んでいきたいと思います」


 たくさんの本を読みなさいという願いはマルティナにとって何よりも嬉しいことなので、何の反論もなく満面の笑みで頷いた。

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