第24話 カドゥール伯爵領へ
マルティナたち三人が馬上に上げられ、すぐに馬は動き出した。街の外に出るまでの大通りは政務部が通行規制をしているので、問題なく隊列は街の外に出ることができる。
「ここからはスピードが上がる。しっかりと鞍や俺の体を掴んでいてくれ」
「分かりました」
「ではいくぞっ」
そこからの三日間は、マルティナ、ロラン、シルヴァンにとって辛い日々となった。全身の筋肉が悲鳴を上げ、臀部には激痛が走り、長時間揺れ続けていることで平衡感覚もおかしくなる。
しかしそんな中でも馬に乗らなければ現地に辿り着けないため、三人は必死で耐えた。
最終日などは気力だけでなんとか馬にしがみつき……予定通り王都を出て三日後のお昼過ぎ、隊列は目的地であるカドゥール伯爵領の田舎街近くに到着した。
「うぅ……」
「三日間の乗馬が、こんなに辛いとは」
「…………」
馬から降りた三人は服が汚れることなど気にせず、短い草が生えた草原に倒れ込んだ。
「ロランさん、生きてますか……」
「辛うじてな……」
「シルヴァンさんも、大丈夫ですか?」
「……大丈夫なわけがないだろう」
よほど疲れているのか、シルヴァンの言葉にいつものような棘はなく、素直にマルティナの質問に答えた。
「三人とも、大丈夫か? 数名の騎士が街の偵察に向かうので、その間は休んでいると良い」
ほとんど疲れを感じさせない様子で三人を気遣うランバートに、三人は畏怖の視線を向けた。
「騎士の方々って、超人ですね」
「俺らみたいな素人を乗せてたら、普通より大変なはずだよな。それなのに普通に動けるなんて……」
「……信じられない」
三人からの視線と言葉を受けて、ランバートは苦笑しつつ準備した飲み水を三人に手渡した。
「俺たちはこれが仕事だからな。数人の騎士ではない光属性の魔法使いたちも、皆と同じように倒れているぞ」
「やっぱりそうですよね……」
地面に座ったままだがなんとか上半身を起き上がらせた三人は水を受け取り、やっと周囲の様子を確認するために辺りを見回す。
「まだ街は遠いですね」
「魔物に乗っ取られているとの報告が来ているからな、近づきすぎると危ないんだ。ただこの場所でもすでに普段の何倍もの魔物に遭遇している」
「そうなのですね……魔物の種類はやはりアント系でしょうか」
「ああ、そこは報告の通りだ。しかし今のところ遭遇している魔物は、普段から森にいるようなビッグアントやスモールアントのみだな」
ランバートのその言葉にマルティナが頷き、飲み水をまた口に運んだところで……どこかで騎士が声を上げた。
「魔物が来ます! アント系ですが……色が黄色で種類不明です!」
その声を聞いたところで、マルティナはガバッと顔を上げて急いでその場に立ち上がる。ランバートもマルティナの知識が必要だと瞬時に判断したのか、魔物を目視できるようにマルティナを馬上に上げた。
「見えるか?」
「はい。あれは……アシッドアントで間違いないと思います。魔物図鑑やいくつかの歴史書に載っていました。あの魔物の武器は、強力な酸です。あらゆるものを溶かすことから、アシッドアントが生息している土地では犯罪の証拠隠滅に使われていたと、歴史書に書かれていました。喉の部分に袋があって、そこに溜まっている酸を口から吐くので、絶対に目の前には立たないでください。また袋を傷つけてもいけません。弱点は……というよりも怖いのは酸と素早さのみで、他に怖い点はありません。気をつけて戦えばすぐに倒せるはずです」
馬上から少し遠くにいるアシッドアントをじっと見つめつつ、早口で告げられたその言葉に、ランバートは頷くとマルティナを馬から下ろして今度は自分が乗った。
「ありがとう。ではその情報を皆に伝えてくる。三人はここから動かないように」
ランバートの背を見送り姿が見えなくなったところで、まず口を開いたのはシルヴァンだった。
「……お前は、なぜそこまで記憶力に優れている?」
そう問いかけられたマルティナは、シルヴァンがマルティナの記憶力の高さに関しては認めてくれているという事実に驚き、シルヴァンの表情をまじまじと見つめた。
「……なんだ、私の顔はおかしいか?」
「いえ、ち、違います。少し驚いて……その、私の記憶力は生まれつきです」
マルティナが慌てて口を開くと、その内容にシルヴァンは眉間の皺を深くする。
「生まれつき……平民なのに、生まれつきなのか」
ポツリと呟かれた言葉は二人の耳に入り、大きく息を吐いたロランがガシガシと頭を掻きながら、シルヴァンの瞳を見つめた。
「人の能力には平民も貴族も関係ないに決まってるだろ? シルヴァンは平民が貴族の領分を侵すことを嫌がってるみたいだが、マルティナのこの能力が埋もれてたらって考えたらどうだ?」
「それ、は……」
「マルティナがいなかったら、黒いモヤが瘴気溜まりだということさえ、まだ分かってなかったかもしれない。そもそもこの国が平民の差別をなくす方向に向かったのは、平民の中にいる才能を持つ者たちに活躍してもらうためだろ? なんでこれに反対するのか、俺には分からねぇ」
ロランにぶつけられた言葉に、シルヴァンは明確な答えが返せないのか視線を彷徨わせる。そして悔しそうな表情を浮かべ、小さく口を開いた。
「貴族が平民の上にたち、立場を明確にした方が国は上手く回ると……」
「それが上手く回らないことが分かったから、陛下は方針を変えられたんじゃないのか?」
貴族至上主義を掲げる家に育てられたシルヴァンは、今まで教えられてきた価値観が正しくない可能性に動揺し、拳を握りしめた。
そしてまた口を開きかけたその時、ランバートが馬に乗って三人の下に戻ってきた。
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