第22話 外務部で交渉

 瘴気溜まりの消滅に成功してから数日が経過し、マルティナは今まで通りの日常に戻っていた。

 瘴気溜まりの研究班にはマルティナも名前を連ねているが、そちらの仕事は週に一度なので、基本的にはロランと共にまた王宮内を走り回る日々となっている。


「マルティナ、次は外務部に行くぞ」

「はい! 国境に広がる森の見回りに関して、隣国との調整が必要なんですよね」

「そうだ。騎士団からできれば隣国の騎士団と見回りの範囲をそれぞれ決めたいと申し入れが来ているから、外務部に隣国との話し合いを頼むんだ」


 早足で歩きながら説明をしているロランの表情は、眉間に皺が寄り、乗り気ではないことが一目で分かるものだった。そんな表情を見て、マルティナは首を傾げる。


「外務部はすんなりと了承してくれないのですか?」

「いや、外務部は問題ない。しかし外務部は金遣いが荒いんだ……確かに外交をするのに金が必要なのは分かるが、それにしても節約をしようという気持ちがない。だから外務部の後に向かう、財務部が大変だぞ」

「あぁ〜……そういうことですね」


 マルティナもこれまでの仕事で財務部を説得する大変さは身に染みて分かっているので、眉間に皺を寄せて考え込んだ。


「今日の段階で外務部からは、必要予算の概算を聞くんですよね?」

「そうなるだろう」

「そこで少しでも抑えられるといいですね」

「ああ、まずはそこが勝負だな。今回は国全体の見回り強化だから、他にもとにかく金が掛かる。削れるところは削らないと大変なことになるだろう」

「そうですよね……頑張りましょう」


 今回の見回り強化には陛下の名の下に臨時の予算が出ているのだが、それにしても好きなだけ使っていたら計画の途中ですぐに予算が尽きてしまう。

 それを予算内で収めるのも、政務部の仕事だ。


「じゃあ行くぞ」

「はい!」


 二人は戦場に向かう戦士の様相で、外務部の扉を開けた。


「政務部から来たロランとマルティナです。瘴気溜まりへの対処で国全体の見回り強化をする件で、お話があって来ました。事前に通達をしていたんですが……」

「あっ、それなら僕が担当です。よろしくお願いします」


 入り口近くに座っていた男性が立ち上がり、二人は外務部のソファーに案内された。外務部には他国語で書かれた書物がたくさん置かれており、マルティナはそんな本の一つ一つに釘付けだ。


「おい、マルティナ、我慢しろ」

「……っ、は、はいっ」


 マルティナには宝の山に見えている書籍の数々から目を逸らすのは難しいようで、マルティナは永遠の別れを惜しむかのように、辛そうな表情で本から視線を外した。


 するとその様子を見ていた外務部の官吏である男性が、不思議そうに首を傾げる。


「それは遠い島国で使われている言葉ですので、読めないと思いますが……」

「いえ、王宮図書館でこちらの言語の教本がありまして、それを読み学んだので読めるんです。しかしせっかく学んだにも関わらず、王宮図書館にはその言語で書かれた書物がなく……まさかこんな場所にあるなんて!」

「教本を読んだだけで、もう本を読めるのですか……?」

「はい。私には少し特殊な記憶力がありまして、本の内容は全て記憶できるので読めると思います」


 マルティナのその言葉を聞いてさすがに信じられなかった男性官吏は、軽く話を流すように笑って本を一冊手に取った。


「では一つお貸ししますよ。同じ官吏ならば問題はないですから」

「本当ですか……! ありがとうございます!」


 男性官吏を見つめるマルティナの瞳は、これでもかと輝きを放っている。そんな瞳で見つめられた男性官吏は、少し照れながらソファーに腰掛けた。


「では本題に入りましょう。国境の森を見回りするにあたって、隣国との交渉でしたよね」

「はい。すでにご存知だと思いますが、瘴気溜まりが他の場所にも出現していないか、見回りを強化して確認することになりました。そこで国境の森の奥まで見回りをしたいと騎士団から話が来ていまして、その旨を隣国に伝えていただきたいです。また、できれば隣国の騎士団にも見回りの助力をとのことでした」

「かしこまりました。確かに話し合いや通達なしに森の奥に入ってしまうと、宣戦布告と捉えられかねないですね」


 男性官吏はロランの説明を紙にメモしていき、隣国との交渉をすぐに請け負った。


「どのぐらいの期間で交渉を終えた方が良いでしょうか」

「できる限り早くとのことです。万が一瘴気溜まりが発生していた場合、大変なことになりますので」

「かしこまりました。そうなると、正規の手順を踏んでいては時間が掛かりすぎますね。隣国の貴族の中で我が国と関わりが深い家にまずは話を通し、そこから隣国の王宮に話を通してもらった方が……」

「あの、一つお願いがあるのですが」


 これからの動きを考えていた男性官吏の思考を止めたのは、ロランの一言だ。


「なんでしょうか?」

「今回は各所でお金が掛かってしまうため、できるだけ予算の節約をお願いしたいんです」


 その言葉を聞いた男性官吏は、眉を下げて申し訳なさそうな表情を作りながら、ロランの顔を見つめた。


「それは少し難しいかと……」

「そこをなんとかお願いできませんか?」

「しかし今回は急ぎということですので、相手にお詫びの品を送らなければいけませんし、その品の準備も急がせる代わりに、定価よりも上乗せしてお金を支払わなければなりません」

「そうですよね……では例えばですが、隣国に向かう人数を減らしたり、向こうへ渡す品を少し減らすなどということは」

「どの程度の質の品物を、どれほどの量渡すのかも外交には大切な要素ですので……」


 男性官吏とロランの話は平行線となり場が沈黙に包まれたところで、マルティナがそっと手を挙げて口を開いた。


「あの、一つ提案があるのですが良いでしょうか」

「何でしょうか」

「隣国には、共に大きな敵へと立ち向かう仲間の絆を深めるために、同じ木から作られた器でスープを飲むという風習があると本で読んだことがあります。その風習は現在も続いているのでしょうか。もし続いているのならば、共に魔物へと立ち向かうことになる仲間の証として、木製の器を渡すのも良いのではないかと思ったのですが……確か隣国と接している領地は林業が盛んであったはずです」


 マルティナのその提案は一考の余地があるもので、男性官吏は真剣な表情で考え込んでから、別の官吏に意見を聞いてくると部屋の奥に向かった。


 男性官吏が戻ってきたのは、席を外してから数分後だ。


「お待たせしました。確認をしたところその風習はいまだに残っており、あちらの風習を理解した贈り物ということで、好意的に捉えてもらえる可能性が高いそうです。したがって今回の用意する品は、木製の器をメインといたします。そうなれば予算は削減することができ……」


 それからの話し合いは順調に進み、政務部としての予算を少しでも減らしたいという要望を叶えた上で、外務部は隣国との交渉をすることになった。

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