第16話 行方不明のマルティナ

「ナディア、マルティナを見たか?」


 官吏専用の独身寮の食堂で、夕食を食べ終わったロランが眉間に皺を寄せながらナディアに話しかけた。

 

「見ていないわ。実はわたくしも先ほどから探しているのだけれど……」


 ロランとナディアは終業時間になってもマルティナが政務部に戻って来ず、さらには独身寮にも帰っている様子がなく、夕食の時間が終わる頃になっても姿を現さないことに焦っている様子だ。


「そうか、調査隊の会議がまだ終わっていない、ということはさすがに考えづらいよな?」

「それはさすがに……もう仕事の時間はとっくに終わっているのだから、長引けば明日に回すはずよ」

「そうだよな。じゃあ会議はとっくに終わってるが、マルティナは帰ってきてないってことになるか」

「――わたくし、もう一度マルティナの私室を確認するわ」


 それから手分けして独身寮の中を探すもマルティナは見つからず、二人は調査隊の会議が行われた部屋に向かってみることにした。


 マルティナに何かがあったんじゃないかという緊張感から、二人は口数少なく一直線に会議室へと向かう。そうして辿り着いた部屋には……誰もいなかった。


「ここで合っているの?」

「ああ、部長からマルティナがここを指示されていた」

「ではやはり、会議はすでに終わっているということになるわね。その後にマルティナが、何か事件などに巻き込まれたとか……」


 ナディアが呟いた一言で、二人の間には緊迫の空気が流れた。


「近年は平民の立場がかなり向上しているとはいえ、まだ反対している貴族家もあるからな……」

「わたくしのお父様などその典型だわ」

「マルティナがそういう家の人間に狙われた可能性はあると思うか?」


 眉間に皺を寄せて宙を睨むナディアにロランが声を掛けると、ナディアは真剣に考え込んでからゆっくりと首を横に振った。


「可能性は低いと思うわ。先日の活躍によって陛下に名前を覚えていただいた可能性すらあるマルティナに、わざわざ手を出すようなことはしないはずよ。お父様のような人たちは、陛下から見限られるのは怖がるのよ」


 貴族至上主義を唱える者たちは、公にならない場所では横柄に振る舞うのだが、外面は良いのが特徴なのだ。


「そうか……じゃあマルティナはどこに行ったんだ? 会議の後に別の場所で仕事をしてるだけならいいが」

「会議にはどなたが出席していたの? その中の誰かに聞くことができれば、足取りが掴めるかもしれないわ」

「確かにそうだな。メンバーは聞いていないが、ランバート様はご出席されているはずだ。昨日の現場で指揮をとった方だからな」

「では騎士団の詰所に向かいましょう。そこにいらっしゃらなければ、騎士寮に」



 二人が足早に騎士団の詰所へ向かうと、幸運なことにまだ建物には光が灯っていた。中に入ってちょうど通りかかった騎士に声を掛け、ランバートを呼んでもらう。


「騎士団長は数分で下りてくるそうです」

「ありがとうございます。ここで待たせてもらいます」


 ロランでさえ夜の騎士団詰所には初めて来たので、二人はなんだか居心地が悪くそわそわしながら待っていると、不思議そうに首を傾げたランバートが階段を下りてきた。


「ロランと、君は……」

「政務部の官吏でナディアと申します」

「ナディアか。どうして二人はここへ?」

「実はランバート様にお聞きしたいことがございまして、マルティナがどこにいるのかご存知ではないでしょうか」


 その言葉を聞いたランバートは眉間に皺を寄せ訝しげな表情を作ると、少しだけ声を潜めて口を開いた。


「……帰っていないのか?」

「はい。政務部にも、寮の方にも」

「そうか……会議はそこまで時間が掛からずに終わっているが、マルティナはその後、ラフォレ様に連れられてどこかへ向かったのだ。多分ラフォレ様の研究室だと思うのだが」


 マルティナの行き先が示されて表情を明るくしたナディアとは対照的に、ロランはどこか喜び切れないような、微妙な表情で曖昧に頷いた。


「そう、ですか。ラフォレ様とは、歴史研究家のオディロン・ラフォレ様で間違いないでしょうか」

「そうだ。此度の調査隊に参加してくださっている」

「……分かりました。ありがとうございます。では私たちでラフォレ様のところを伺ってみます」

「ああ、俺も共に行こうか?」

「いえ、ランバート様のお手を煩わせるわけにはいきませんので、見つかりましたらご連絡させていただきます」

「そうか、では頼んだぞ」

 

 そうして情報を得て騎士団詰所を後にしたロランとナディアは、来た道を戻り今度は研究室が立ち並ぶ場所に向かって薄暗い王宮内を足早に進んだ。


「研究室はこちらにあるのね……」

「あまり来ることはない場所だが、覚えておくといい。しかしそれにしても、廊下が薄暗いな」

「空気もあまり良くないわ」


 いかにも研究室が集まる場所といった、なんだか埃っぽいような空気と薄暗さに二人は無意識のうちに顔を顰めた。


 このエリアには貴重な史料がたくさん保管されていて、劣化防止のために一帯を乾燥させているので、湿度が高い外の空気を入れないために窓を開ける機会が最低限で、どうしても埃っぽさが出てしまうのだ。


「ラフォレ様の研究室は……あそこだな」


 ロランが指差した重厚な扉の前に着くと、二人は顔を見合わせてから、緊張の面持ちでそっと扉をノックした。

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