第2章 瘴気溜まり騒動編
第13話 国王からの書状
マルティナたちが瘴気溜まりについて報告をした翌日。政務部には国王の名で書状が届いていた。
その中身は瘴気溜まりとみられる黒いモヤが東の森に発生したこと、そしてマルティナを瘴気溜まりの調査隊の一員として森に派遣すること、さらには全貴族に瘴気溜まりが発生していないか確認するよう通達を送ること、この三つだ。
政務部の部長が読み上げた内容を聞いて、官吏たちには動揺が広がった。
「魔物が断続的に発生する黒いモヤって、王都は大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないから、ここにこの書状が来てるんだろ。これから混乱が起きることが予想できるな」
「消滅させる方法も分からないなんて、怖いですね……」
「全貴族に通達って、通達した後に問い合わせが殺到するだろうな」
「瘴気溜まりについてもっと情報が必要だ。誰か詳しく知ってるやつは――って、マルティナがいたか」
一人の官吏の言葉で、新人らしく一番後ろで話を聞いていたマルティナに視線が集まった。
書状にはマルティナが調査隊の一員として派遣されると書かれているので、一番情報を持っているのはマルティナだと官吏たちは考えた。
「マルティナ、なぜ君が調査隊に選ばれているんだ? 昨日の騎士団派遣に同行したと聞いているが、それと関係があるのだろうか」
「はい。昨日は第一騎士団の団長であるランバート様が私の魔物知識を評価してくださり、現場に同行するよう指示を受けました。そして現場の騎士たちから話を聞いたり実際に黒いモヤを見て、瘴気溜まりだろうと判断し、ランバート様と共に軍務大臣のところへ報告に向かいました。瘴気溜まりに関する情報を持っていたのが私だったため、調査隊の一員に任命されたのだと思います」
マルティナの簡潔な説明は分かりやすく伝えようとしたものだったが、それを聞いた政務部の官吏たちは一様に首を傾げた。なぜなら政務部の官吏たちは、まだマルティナの真価を知らないのだ。
それを真に知っているのは、共に仕事をしているロランとマルティナの特異さを目の当たりにしたランバートと騎士数名のみ。
共に図書館で時間を過ごしているナディアでさえ、まだマルティナの力を理解できているとは言えない。
「瘴気溜まりという言葉を私は今初めて聞いたが、なぜマルティナは情報を持っていたのだ? それに騎士団長であるランバート様に請われるほどの魔物知識というのも、想像ができないのだが……」
政務部の部長である男が発したその言葉に、マルティナの近くにいたロランが首の後ろに手を当てて苦笑しながら口を開いた。
「部長、マルティナの能力は、実際目の当たりにしなければ信じられないと思います。マルティナが満点で官吏登用試験に合格したことは周知の事実だと思いますが、それを実現させたマルティナの能力は……そうですね、完全記憶能力とでも言うべきものです」
完全記憶能力、その言葉に誰もがあり得ないだろう大袈裟だと、一歩引いてロランの話を聞く体勢をとる中、ロランはマルティナの肩に手を置いて一歩前に出た。
「マルティナは本が大好きで平民図書館の本を全て読破し、さらには中古本屋などでもたくさんの本を読んできたらしいのですが、その全てを一言一句覚えているんです。そうだよな、マルティナ?」
「は、はい。覚えています……」
大勢の官吏たちに視線を向けられて、マルティナは緊張の面持ちでロランの問いかけに頷いてみせる。しかしその言葉をすぐに信じる者は、さすがにいなかった。
「そんなことはあり得ないだろう」
「一言一句なんて無理に決まっている」
「一冊だって覚えられないよな」
「そう思うんですけど、それが真実なんですよ。実際に見たほうが早いか……マルティナ、その辺にある本のうち読んだことあるやつはあるか?」
政務部にある共用の本棚を指差したロランに、マルティナは一つの分厚い本を指差した。それは騎士団の遠征記録だ。
遠征場所や向かった騎士の名前、さらには討伐した魔物や消耗した部品、回収できた素材、遠征にかかった日数や費用など、事細かに記録されている。
「数日前に私たちの仕事に関係があるからと、ロランさんに読むことを勧められたので、最後まで読破してあります」
「分かった。ではそちらの本の中身を、マルティナに尋ねてみてください。マルティナは全て覚えているはずです」
ロランのその言葉を聞いて、一番に動いたのは本棚の近くにいたシルヴァンだった。
シルヴァンは平民であるマルティナが調査隊の一員に選ばれ目立っていることが許せないようで、マルティナを軽く睨みつけてから本を開く。
「では私が尋ねます。百五十二ページに書かれた遠征記録の内容を答えなさい」
「百五十二ページは……第一騎士団が王都近くの街道沿いに現れたという、ビッグボアの群れを討伐に向かった遠征です。五匹との目撃情報でしたが実際には十二匹もの大きな群れで、討伐に向かった三班だけでは対処が難しいと判断し、追加で四班も向かっています。四班が後から合流したことで近場にも関わらず遠征の時間が伸び、大通りの通行規制の時間も伸びたことから、費用が嵩んでしまいました。さらに一つの盾がビッグボアの突進を受けてヒビが入り、修理に出しています。素材は二匹のビッグボアは火魔法で毛皮が燃えてしまい……」
「ちょっ、ちょっと止まってくれ!」
マルティナがサラサラと、まるで記録を読んでいるかのように答えた遠征の中身を聞いて、政務部の部長である男は慌ててマルティナの言葉を遮った。
そして驚きと悔しさが入り混じった表情で遠征記録を凝視しているシルヴァンを見て、マルティナが語った内容が正確なものであると理解する。
「シルヴァン、先ほどの内容は合っているのだな?」
「――はい。全て間違いないです」
シルヴァンのその言葉を聞いて、官吏たちの間には動揺が広がった。
「どういうことだ? 本当に一度読めば全部覚えられるとでも言うのか?」
「シ、シルヴァン! その記録をこっちに貸してくれ!」
それからは目の前で起きたことが未だに信じられない官吏たちに、マルティナは遠征記録のあちこちに書かれた細かい情報について質問を投げかけられた。
しかしそれらにも問題なく返答したことで、皆がマルティナの特異な実力を理解することになる。
「確かにこれなら、魔物知識が豊富なのも頷けるな」
「それに瘴気溜まりについても、この記憶力で本を読むのが好きなら、知ってたとしても納得だ……」
マルティナに対する賞賛や納得の声で政務部の中が溢れる中、部長がマルティナの下に足を運んだ。
「マルティナ、能力を疑って悪かった。優秀な人材が政務部にいることを誇りに思う。調査隊の一員として力を尽くして欲しい。そして、瘴気溜まりに関する情報を政務部にも共有してくれないか?」
部長のその言葉に、マルティナは嬉しそうに顔を綻ばせた。
数人の官吏は未だに納得がいっていないような、信じたくないような表情をしているが、大多数の者がマルティナを讃える中で雰囲気を壊すことはできないらしい。
「もちろんです。精一杯取り組ませていただきます」
「ありがとう、頼りにしている。……では皆、マルティナが瘴気溜まりに関する情報をまとめてくれている間に、各貴族へ通達の準備をして欲しい。マルティナは午後に調査隊の集まりもあるようなので、遅れないように」
「はい。午前中に瘴気溜まりに関する情報はまとめておきます」
「ああ、頼んだぞ」
それからは各々仕事をするために部署の中で散らばる官吏たちに紛れて、マルティナもロランと共に自分の机に向かった。
「ロランさん、さっきはありがとうございました」
「いや、俺はただマルティナのことを皆に伝えただけだ。これでやっとマルティナのことを皆と共有できるぜ。今までは冗談だと思われてたからな」
「確かに笑われてましたよね」
「そうだ、あいつらに俺が正しかっただろって言いに行かなきゃな」
そう言って笑うロランに釣られてマルティナも笑みを浮かべていると、そんなマルティナに後ろから声をかける人物がいた。
ナディアだ。ナディアは少しだけ頬を膨らませて、拗ねたような表情を浮かべている。
「マルティナ、わたくしはあなたに、あそこまでの実力があることを聞いていなくてよ」
「……言ってなかったっけ?」
「記憶力が良くて本の中身をすぐ覚えられるんだとは聞いたけれど、まさかそれがあんなに異次元なレベルだなんて分からないわ!」
「確かに……そうだよね。別に重要なことじゃないかなと思ってたんだ。ごめんね」
反省している様子のマルティナに、ナディアは小さく息を吐いてから表情を和らげた。
「これからはなんでも話して欲しいわ」
「うん、もちろんだよ。ナディアも私になんでも話してね」
「ええ、そうするわね」
「ナディアー! 早くこっちに来い!」
二人の話がちょうど終わったところで、ナディア直属の上司の声が部署内に響いた。
「はい、今行きますわ! マルティナ、もう行くわね。調査隊の仕事頑張って」
「うん、ありがとう」
急いでいるけど優雅に上司の下へと去っていくナディアを見送ったマルティナとロランは、仕事机に戻ってこれからの業務内容について話し合いして、さっそくそれぞれの仕事に取り掛かった。
〜あとがき〜
皆様お久しぶりです。
しばらく期間が空いてからの更新となりましたが、読みに来てくださりありがとうございます。
もうご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、本作は「賢いヒロイン」中編コンテストで優秀賞を受賞し、カドカワBOOKS様からの書籍化が決まっております!
書籍の発売日は4/10で、すでに書影が公開され予約も始まっておりますので、予約していただけるととても嬉しいです。
↓こちらの近況ノートでも書影をご覧いただけます。
https://kakuyomu.jp/users/aoi_misa/news/16818023213257185746
そして本日から書籍の発売日まで、webでも更新を再開することにいたしました!
webで更新するのは、私が最初にweb用として書いた原稿になります。
(書籍はそのweb原稿を基礎として何度も改稿を重ね、より完成度高く面白く仕上がっているものです。また書籍でしかお読みいただけない書き下ろしもあります!)
web更新で楽しんでから書籍をという順番や、webは読まずに最初から書籍で物語を楽しみたいなど、お好きにマルティナの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。
「図書館の天才少女」をよろしくお願いいたします!
蒼井美紗
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