第9話 指揮官として現場へ

 馬に乗り東の森に向かって駆けることしばらく、先発隊が森の入り口に到着した。東の森はかなり木々が生い茂っているため、馬から降りて徒歩で森に入る。


「マルティナ、ここから徒歩で二十分ほどだろう。歩けるか?」

「歩けますが、あの……凄く遅いと思います」


 すでに息が上がっているマルティナを見て、ランバートは少しだけ逡巡してから、ぐいっとマルティナを抱き上げた。


「うわっ……す、すみません」

「気にするな。官吏なら鍛えてなくても仕方がない。それよりも何か他に情報はないか? できる限り聞いておきたい」

「――一つだけ、黒いモヤについて気になる情報があります」


 マルティナは眉間に皺を寄せ、自分の予想が当たらなければ良いと祈るような様子だ。


「魔物がそこから出現していたという報告だな。俺も気になっていたが、見間違えや木々が燃えたことによる煙じゃないのか?」

「私もその可能性が高いとは思うのですが……もしかしたら瘴気溜まりという可能性もあるのではないかと危惧しています」

「――しょうきだまり? 聞いたことがない言葉だな」


 ランバートは思い当たる単語がないようで、微妙な発音でその言葉を発した。そんなランバートの表情を見つめ、マルティナはどこから話そうかと悩みながら口を開く。


「……約一千年前の、世界浄化をご存知ですか?」

「それはもちろん知っている。それ以前は魔物に世界が蹂躙され、人類は滅びかけてたんだよな。それが世界浄化で魔物の数が激減し、人類が発展したと」

「はい。そしてその世界浄化は神による慈悲だとか大魔法使いが起こしたのだとか、様々な言説があります。一千年以前の暗黒時代についても、悪魔が住み着いていたとか神の怒りに触れたなどと言われていますが、私がいろんな書物を読んだ知識をまとめると、暗黒時代には瘴気溜まりが各所に点在していたと推測されます。そして世界浄化はその瘴気溜まりを消し去る行為です」


 マルティナがすらすらと語る歴史は騎士団長であるランバートも聞いたことがない内容で、ランバートはまたしてもマルティナの知識に驚かされた。


「瘴気溜まりという言葉が載っていたのは、暗黒時代についてまとめられた書物三冊と、悪魔に関する研究の論文です。同じ言葉がいくつもあったので、信憑性が高いと判断しました。その瘴気溜まりは地中から吹き出した黒いモヤによって形成され、そこから魔物が絶え間なく溢れ続けるのだそうです」

「……もし今回の黒いモヤが瘴気溜まりだったとして、どうすれば消せるんだ……? 世界浄化の時に、人類は何をしたんだ?」


 緊張の面持ちで発されたランバートの言葉に、マルティナは小さく息を吸ってから答えた。


「異界から聖女と呼ばれる人物を召喚したらしいです。魔法陣という技術をご存知ですか?」

「……属性に縛られず魔法を発動できるものだよな? ただ使い勝手の悪さから廃れた技術だと」

「その通りです。その魔法陣を使って聖女を召喚し、その聖女に世界中の瘴気を消してもらったと、いくつかの書物から読み取れました」

「――ということは、またその聖女召喚をやらないとダメってことか?」

「……もし暗黒時代のように瘴気が各地に現れるようになれば、その必要があると思います。しかし瘴気溜まりには光属性も効果があるらしく、たくさんの光属性の使い手を集めればなんとか対処できるかもしれません。瘴気溜まりが一ヶ所だけならという条件付きですが」


 マルティナの言葉はそこで途切れ、草を踏み締めるザクザクという音が場を支配している中、ランバートがポツリと呟いた。


「……その情報は、全部本に載ってたのか?」

「はい。大部分は平民図書館にあった本に、一部は王宮図書館。それから実家の近くにあった古本屋で、店番をする代わりに読ませてもらっていた本に書いてあったこともあります。悪魔に関する論文が古本屋ですね」


 ランバートはマルティナのあり得ない能力と、今後起こるかもしれない世界の危機に何も言葉を発せない。

 そうしている間に、皆の耳に戦闘音が届いた。


「とりあえず、話は後にしよう。今はとにかく魔物を倒すことだけを考える」

「はっ!」


 ランバートの言葉に周囲の騎士たちが応じたところで、マルティナたちの目に悲惨な状況が飛び込んできた。


 そこかしこで負傷している騎士が倒れ、立ち上がって動いている騎士も満身創痍だ。今にも全滅する、そんな瀬戸際だった。


「お前たち、助けに来たぞ! 七班の者は全員後ろに下がれ!」


 ランバートの声が戦場に響き渡り、辛うじて気力だけで戦っていた騎士たちの瞳に希望が宿った。歩ける者は何とか自力で、怪我をしている者は他の者に運ばれて戦線を離脱する。


「団長……!」

「よく抑えてくれた。あとは任せろ」

「お願いします……! あいつ、全く攻撃が効かないんです!」


 騎士のその言葉にランバートは視線を前に向け、特に被害が拡大する要因となっている魔物を鋭い瞳で射抜いた。


「マルティナ、あの魔物を知ってるか?」


 ランバートが示しているのは、騎士たちが一際苦戦している巨大な魔物だ。その魔物は何本もの長い足を持ち、体表全てが硬い殻に覆われている。


「あれはサンドクラブだと思います。生息域は砂漠地帯のはずなのに、こんな森の中にいるなんて……」

「倒し方は分かるか?」

「砂漠地帯の魔物は基本的に水に弱いです。幸い水魔法を使える騎士はこちらにたくさんいますので、サンドクラブを攻撃してもらいましょう。その攻撃で動きが鈍ったところで、一番上にある脚の付け根から急所である殻の中を狙えば倒せます。上から下方向に剣を深く差し込んで欲しいです」

「分かった」


 ランバートはマルティナからサンドクラブの情報を得ると、さっそくそれを騎士たちに伝達した。


 ボア系の魔物やワイバーンなど、事前に情報を得ていた魔物はマルティナから弱点の伝達もあったことで問題なく倒せているようなので、サンドクラブさえ対処できれば戦況は楽になるだろう。

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