第7話 第一騎士団と緊急事態

 マルティナが官吏になって一週間が過ぎた。この一週間でロランに様々な場所を連れ回されたマルティナは、だんだんと官吏服が様になるようになってきている。


 ナディアとの友人関係も順調で、毎日仕事の後に王宮図書館に行く時間もあり、とても充実した毎日だ。


「マルティナ、第一騎士団のところに行くぞ。財務部から巡回の予算を少し減らせって要望が来てて、そのことに関する相談だ」

「昨日ロランさんが必死に作ってた書類ですか?」

「そうだ。これが了承されれば少しは予算を減らしても回るだろう。ただなぁ……無理矢理感は否めない。そもそも魔物被害を減らすための巡回は国の安全のために必須なのに、そこを減らせってのが間違ってるんだ」


 ロランは苦虫を噛み潰したような表情で、自分が作った書類を見つめた。


「なぜ減らせなんてことになったのでしょうか」

「ここ数年は魔物の被害が少ないからだろうな」

「そうなのですか?」


 基本的に街から出る事なく毎日を過ごす平民には、魔物被害の大小が伝わっていないのだろう。マルティナはあまりピンと来ていない表情で首を傾げた。


「そもそも数年前に巡回の頻度を増やしたんだ。それによって魔物がこの街の周辺は危険だと本能で察したのか、街や街道に寄りつく魔物がかなり減った。だからこのまま続けるのが一番なのに、上は魔物の被害が減ったんだから元に戻してもいいだろって思ってるんだ。元に戻したらまた魔物が戻ってくると思わねぇか?」

「……思います。魔物にとって危険な場所じゃなくなるって事ですもんね。その上? を説得できないんですか?」


 マルティナの純粋な疑問に、ロランは大きく息を吐き出した。


「これは俺の予想も込みだしここだけの話にして欲しいんだが、多分今回の要望は財務大臣から発されてる。財務大臣は陛下からの評価を得てより重要なポジションを狙っててな、必要ない部分を削減して余った予算で新たな政策を始めようとしてるんだ。財務大臣からの無理な要望に財務部がなんとか応えようとして、今回の巡回予算削減の要望だろうな」


 ロランが小声で発したその言葉に、マルティナは微妙な表情で口を開いた。


「色々と複雑なんですね……」

「ああ、最近は被害がかなり減ってることは事実だし、書類上では減らしやすい部分だと見られるから仕方がない。この方針が変わることはないだろうし、俺らにできるのは予算を減らしつつ効果を減らさない最適な案を考えることぐらいだな」

「それは、難しいですね」


 マルティナとロランは眉間に皺を寄せながら顔を見合わせた。しかし上の方針を変えられるほどの力は持っていないので、知恵を絞って少しでも良い折衷案を模索するしかない。


「そういえば、お前は渡した書類を全部読んだのか?」


 ロランが空気を変えるように声を張ってそう聞いた。それにマルティナも乗って大きく頷く。


「はい。昨日で読み終わりました」

「全部覚えてんのか?」

「もちろんです」

「……本当に凄いよな。もうお前のその言葉を俺は疑えないぜ」


 この一週間でマルティナの記憶力を見せつけられていたロランは、感心を通り越して呆れた表情だ。


「これからも色々と読んでもらうから覚悟しとけよ。他の部署の人員とか法律とか過去の事例とか、必要な知識は山ほどあるんだ」

「そんなにたくさん……いくらでも読みます!」

「この話を聞いて喜ぶのはお前ぐらいだな」


 二人でそんな話をしているとすぐに第一騎士団の詰所に到着して、マルティナとロランは正面から中に入った。入り口近くのカウンターにいる官吏に声を掛け、騎士団長に繋いでもらう。


 しばらく待っていると、官吏と共に騎士団長が上の階から降りて来た。


「待たせたな」

「いえ、気になさらないでください。わざわざご足労いただきまして、ありがとうございます」

「いや、そろそろ訓練でもしようかと思っていたところだったんだ。部屋の中にずっといるのも気が詰まるからな」


 第一騎士団の団長であるセドリック・ランバートは、苦笑を浮かべつつ詰所の一階にある休憩室のソファーに腰掛けた。


「二人も座ると良い。それで、今日は予算の話だったな」

「はい。巡回の予算を減らして欲しいと要望が来ておりまして、案はこちらで作成いたしましたので、ご一読いただければ幸いです」


 ロランが差し出した書類を受け取ったランバートはページを捲るにつれて、段々と苦笑を深めていった。


「これは難しいな。騎士は班単位で訓練をしているから、それを変えろというのはさすがに」

「やはりそうですよね……では二案目の頻度を減らす方向でしょうか」

「それもなぁ。俺としては三案目を選びたくなるが」

「武器や防具の質を落とす案でしょうか。私としてはそれが一番選びたくないと思っているのですが……」


 武器や防具にお金をかけないというのは、騎士の危険に直結する変更だ。ロランは最後まで悩んで追加した案だった。


「確かにな。やっぱり、頻度を減らすことになるか」

「……減らしたくないお気持ちは重々承知の上ですが、それが一番現実的だと思われます。ただ二案目の最後のところに付け加えさせていただいたのですが、巡回の時間を延ばしていただくことは可能でしょうか? 騎士の方々の負担は増えてしまいますが、それならば予算をほとんど増やさずに国の安全を確保できるかと」

「……頻度を減らして一回の時間を増やすってことか。確かにその方が金はかからないな」


 本当は変更せずに今のままが一番最善だと誰もが思いつつ、予算を減らすための方向性が決まりかけたその時、突然詰所のドアがバタンっと大きな音を立てて開いた。


 そこから入って来たのは――傷だらけの騎士だ。


「だ、団長……!!」

「どうした!? 何があった!?」


 ランバートはさっきまでの穏やかな雰囲気を一転させ、駆け込んできた騎士を受け止める。


「森の中に、黒いモヤみたいなやつがあって……そこから、魔物が大量に、生み出されて……ゴホッゴホッ」


 騎士は報告の途中で激しく咳き込み、口から血を吐いた。その様子を目の当たりにして、ロランとマルティナは衝撃を受けて動けない。


「場所を教えてくれ! できれば魔物の種類も!」

「ひ、東の森の、奥です。いつも目印にしてる大木の、少し先に……魔物はボア系の魔物が多数に、火を使う魔物、それからワイバーンが……」

「分かった。伝えてくれてありがとう。おい、誰か医務室に連絡を!」


 ランバートは近くの騎士にぐったりとした様子の騎士を受け渡すと、眉間に皺を寄せた真剣な表情でマルティナとロランに視線を向けた。

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