異世界幽霊と死霊使い ~溺愛もチートもいらんのでせめて悪役でもいいから転生したかったんですけど、神様!~
黒湖クロコ
第1話 異世界幽霊になってしまった私
私の死因は、交通事故だったんだと思う。
車が歩道に突っ込んでくるのが見えた時、私は近くを歩いていた小学生の子を遠くに突き飛ばした。次の瞬間、衝撃と共に空中を舞う。
すべてがスローモーションだった。痛みは幸い感じなかった。ただ受け身をとるのは無理だなと思いながら叩きつけられ、そこで一度意識が途切れた。
次に私の意識が戻ったのは、全く知らない世界でだった。
チャンネルが切り替わったように、突然、全然知らない町に立っていて、私は固まった。
目の前を車ではなく、馬が走っていく。赤い屋根瓦で統一された街並みや石造りの橋は、異国の風景だ。そして通りを歩く人の服装は、どこかのロールプレイングゲームでありそうなもので、いわゆるコスプレに近い。そしてうろこや翼、尻尾を持ち、明らかに人ではない二足歩行の生き物も当たり前のように歩いている。
オタクをターゲット層にした観光地?
いや、観光地だとして、何故私がここにいるのか。
直前の記憶は交通事故だ。
これは夢だろうか? もしくは天国かはたまた地獄か。
ふと、生前と読んでいたいたライトノベルを思い出す。事故に遭い、転生したり異世界トリップしたりする話だ。たまにタイムリープを取り扱うものもあったが、私はこんな場所に行ったことはない。
ならば私は転生か異世界トリップをした可能性がある。まあ、正直馬鹿馬鹿しい話ではあるけれど、ここが天国や地獄というより別世界っぽいのだから仕方がない。そもそも死ぬような事故に遭った後にこんな場所で立っているというのが普通ではないのだ。
もしかしたら死ぬ直前の走馬灯で変な夢を見ているのかもしれない。
でも意識はあるのだから、これが夢であろうと現実であろうと、何らかの行動をしなければいけないだろう。
転生の可能性もあるけれど、私の中にこの世界で生きた記憶はない。ならば記憶喪失ということで、誰かに話を持ち掛けてみるしかない。優しそうな人で、人間の姿の人の方がいなと、町を歩く人を見守り、勇気を出して一歩踏み出した。
「あの、すみません」
優しそうな女性だったので話しぐらいは聞いてくれると期待して声をかけた。しかし無情にも目の前を素通りしていく。ちらりとも見てくれない、ガン無視だ。
いくら何でもひどすぎる。
でももしかしたら忙しかったのかもしれないし、少し声が小さかったのかもしれない。
次だ次。
そう思って、再び女性を狙って声をかける。
しかし、まさかの連続無視。
嘘やろ、神様。
この世界、よそ者にもしかして厳しい世界?
その後も声をかけるも無視。あきらめてできるだけ怖そうではない男性や人間に比較的近い亜人に声をかけるも、やっぱり無視。
「ちょっと、無視しないでよ!」
あまりのことに、腹が立って、私は一人の女性の手を掴もうとした。しかしするりとすり抜ける。
……ん?
すり抜けた?
ギョッとして私はその女性を見るが、女性は私がすり抜けたことも気にした様子もなく歩いて行ってしまう。
知らない人に声をかける緊張感とは別の緊張感に、私の心臓が早鐘を打つ。
え? 何ですり抜けるの? 今の人フォログラム?
そんなことを考えていると、別の人が私にぶつかるようにすり抜けていく。フォログラム再び⁉ と思うも、ぶつかった人は次の瞬間別の人に肩がぶつかり謝っている。
「……どういうこと?」
私は店と思われる扉を触り、扉をを開けようとした。でもドアノブを触ろうとしたのに、私の手はそのまま扉をすり抜けてしまった。
「もしかして、私、幽霊的な?」
交通事故で死んだのならば、幽霊になるというのは非科学的だけれど理解できる。そういった漫画や小説をこれまで読んでことがあるからだ。
でもちょっと待って。幽霊というのは、生前住んでいた場所とか、思い出深い場所とか、事故現場とかにいるものでしょ?
何で私は異世界で幽霊になっているの?
「えっ? なんで転生もせずに異世界に来てるの⁉ ちょっと待って。どういうこと? 誰か、教えて‼ お願い‼」
外聞も関係なく、私はその場で悲鳴のような叫び声を上げた。
しかしそれに答える者は誰もいなかった。
◇◆◇◆◇◆
異世界で幽霊を始めて、どれぐらい経っただろうか?
何かに書き残したくても、ものはことごとくすり抜けてしまうので、私は書き残すという作業ができなかった。
そして幽霊というものは眠らなくてもいいらしい。眠るようなふりをすることはできるが、ここにはベッドも何もないので、寝る気にならない。だたその所為で、日にち感覚は余計にあいまいになった。
食事も何日も食べなくても大丈夫だけど、全く何も食べていないと自分の体が薄くなるようで、時折店で破棄される残飯をあさっている。浮浪者同然だ。
と言っても、残飯を直接食べると言うより、その生気を貰っている感じだ。私が食べた後はパサパサに干からびたものができている。あまり衛生を気にしなくてもいいのでエコと言えばエコかもしれない。でも食べていないから味も何もない。
もしかしたら口に入れたら味覚を感じるのかもしれないが、残飯を口に入れたいとは思えないので、わずかな生気を貰うだけで留める。
生気は生き物からも取れるし、効率もいいんだろうなと思うけれど、なんとなくそれを始めてしまったら自分が怪物になってしまうような気がして、そういった行為は実験的にもやっていない。
地縛霊ではないからか、場所は移動できるようで、フラフラといろんな場所を徘徊していたけれど、どうやらこの町の外には出られないという制約があるようで、町の外へとつなぐ門からは出られなかった。
人がしゃべっている近くに行って耳を傾けたりして見たけれど、どうやらこの世界の言葉は日本語ではないようだ。
それでもずっと聞いているうちに、音は聞き取れるようになり、その人の動きなどでなんとなく意味も掴めるようになってきた。文字も数字ぐらいなら読めるようになった。
そうやって、日々なんとなくこの世界というか、この町を探検し勉学に励んでいる。
充実しているといえばしている。日々何かやることはあるのだから。でもこの覚えることや気になることがなくなった瞬間が怖い。
たまにやることがなさ過ぎて、道行く馬車の数を一日中数えているゲームをしていた自分に気が付いた時ぞっとしった。自分は果たして正気だろうかと。
誰とも会話しない、会話できない状態というのは、自分が正常なのかどうかが分からなくなる。幽霊なのだからとっくに正常ではないのだろうけれど、鏡を見て身だしなみを整えるように、人は他者が認知してくれることで初めて自分は存在しているのだと感じるのだと思った。
誰からも認知されない私は、本当にここにいると言っていいのか。でもいないのだとしたら、今思考をしている無ではない私は何なのか。
考え始めると狂気に飲み込まれる気がして、それぐらいならばぼんやり馬車を数えている方がマシかと思うことにする。
人とは会話ができないと分かった私は、逆に私のような幽霊だったら会話できるのではないかと考えたこともある。
町をふらふらしていると、明らかに周りに見えていないナニカはいるのだ。でもそのナニカは人が話す言語とも違う意味の分からない言葉をつぶやき続けていた。意味はさっぱり分からない。でもそれは呪詛のように聞こえた。
それを聞いた瞬間、目を合わせてはいけないと、私は慌てて逃げ出した。
同じ幽霊だったらお互いいると認識し合うことはできる気はした。でもあの正気を失ったモノとまともな会話が成り立つとも思えないし、あの狂気に自分の飲み込まれたら、自分ではなくなってしまう気がしたのだ。
だから私は幽霊にも話しかていない。誰がマトモなのか分からないのだから仕方がない。
一体私はどうしたらいいのか。
すでに私自身マトモではなくなっているのか、どうなのか。
ただ空をぼんやり眺めながら、今日はぼんやり立つ自分にぶつかる人を数えていた。感がいい人は私を避けていくので、ちょっとおもしろい。
この人は鈍い人。この猫の獣人は感がいい。
そんなことを考えていると、感がよくて私を避けたけれど、明らかに変な気を持った荷物を運んでいる人がいた。感はいいけど、運がない人だろうか?
私は興味を惹かれ、その人の後をついていく。どこかでその鞄から中身を出して、どういったものなのか見せてくれるかもしれない。
とにかく暇な私は、興味が赴くままに行く。どうせ誰も見ていないのだから変な人扱いされることもない。
「そういえば、この世界でも塩は幽霊に有効なのかしら?」
町の中をふらふらとしていたけれど、盛り塩をしている民家はなかった。まあこの世界観と盛り塩は合わないか。確かあれは中国から習慣で、日本でも平安ぐらいから、もうやっていたと何かで読んだ気がする。
「塩?」
「あれって、たぶん殺菌効果とかから来てるのよねぇ。風呂に塩を入れると、なんか色々効能あった気がするし」
バスソルト、邪気とかそういうの関係なく気持ちよかったなぁ。というか幽霊になってから風呂に入っていない。汗をかくこともないし、何かに触れることもないから汚くはないけれど、女性として色々失っている気がする。
とはいえ、この世界の川が綺麗かと言われると、生活用水垂れ流しで、絶対アウトだよなと思う。中に入ったら余計に汚れそうだ。
「えっ。風呂に塩? 何で? スープになるの?」
「……ん?」
タイムリーに自分の言葉に返事が返ってくるなと思って声の主を見れば、感はいいけど変な気を持った荷物を運んでいる人が私を見ていた。
……私の隣か後ろに誰かいるのか?
そう思いキョロキョロと見渡すが、誰もいない。
「……見えてます?」
「見えてますね」
ミエテマスネ……見えてる?
えっ? 見えてるの?
「ええええええええ⁉ 見えるし、聞こえてるの⁉ うそっ⁉」
異世界で初めて言葉を交わした私は、大きな叫び声を上げた。
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