漂泊史家、星を綴る 〜2度閉じて、3度開く〜

夕凪 霧葉

プロローグ

第1話 プロローグ

0.


 青年は海からの風に吹かれながらラジオのチャンネルを合わせる。


『リスナーの皆様、今日も息災でしょうか? わたくしクロード・ルイと助手のカイソン・ヒタチーボがお送りする本日のへびつかい座ホットラインは、帝国本土との交通通信の一切の大断絶の日からもうすぐ五〇年の節目を迎えるダルマティアの歴史がテーマです。ちなみに前回、番組聴取率が初の五〇パーセント台を超えたのも何かのご縁かもしれません』


 断絶の日。パーソナリティのクロードの歯切れのいい言葉とは裏腹に、大断絶という言葉にどこかほろ苦い感情が浮かび上がるのを内心で感じ取る。青年は自分の瞳の色と同じ青空を見上げ、軽く吸った息をゆっくりとはくことで、行き場のないその感情が攪拌され、雲散霧消して消えていくのを待つ。


『なあなあクロードさんや。一つ気にかかるんだが』


『なんだい、カイソンくん?』


『なして、帝国はいってはなんだが、海洋戦力の投射限界距離ギリギリどころか、大きく外れたダルマティアに領土を獲得したんやろか』


『第一の理由は、重商主義者たちの影響だよね。君、前職は金儲け嫌いな宗教の人でしょ』


『俺は生臭坊主だったからな。ああ、それに重商主義者って、金儲け好きってことだよな。といえば、こういう感じの話だったよな。《天道言はずして、国土に恵みふかし。人は実あつて、いつはりおほし。其心は虚にして、物に応じて跡なし。是、善悪の中に立つて、すぐなる今の御代を、ゆたかにわたるは、人の人たるがゆへに、常の人にはあらず。一生一大事、身を過るの業、士農工商のほか、出家、神職にかぎらず。始末大明神の御詫宣にまかせ、金銀を溜むべし》ってな具合だ』


『それ、ウェストクレインの小説でしょ。文脈が全然違うよ。でも、理解をする上での補助線としては、正しいけどね』


『案外スラスラ出てくるもんだろ』


『まあカイソンくんの意外性は置いとくとしてさ。ヒト種のヒト種たる所以は、蓄財にあるっていうのはある意味正しいかもね。でも、ウェストクレインさんはパロディストでもあるからなぁ。金銀てさ、ここでは結構な寓意が含まれているって思わない?』


『金は金だろう』


『そうだなぁ。カイソン、君は金をどう使うんだい?』


『服地商やら棒手振りから、買い物するときに使うだろうよ。代価として』


『また例がどーでもいいくらいに古いね。最近は多様な販売品目も増えているから前者は百貨店、後者は行商というのだよ。ちなみに、君のそれはモノとしての金銀と商品の交換なのかな』


『うんにゃ、カネとしての金銀だろう』


『そうなんだよ。金銀はただ精錬しただけでも、そりゃ価値はあるだろうさ。けれどね、貨幣という形に成形されることで物質的な使途を超えた、神がかりともいうべき力を持つに至るんだ。《黒を白に、醜を美に、悪を善に、老を若に、臆病を勇敢に、卑賎を高貴にね》』


『お前さんの最後の方の台詞、引用だな。結構前の回で、お前さんに痛快喜劇だって言われたから読んだぞ』


『ご明察。エイボンの詩人が紡いだ、ある男とヴェネットの商人の対決を描いた喜劇的な物語の一片さ。でも、あの物語の肝は金の力について描いているように見せかけてその根底にある無私の友情とでもいうのかな。隠し味に添えられたブロマンスがとても芳しいと思うけれどね』


『あれ、そんな話だったか?』


『気になるならまた読むといいよ。君、割と暇なんだから。さて、気を取り直して、お金大好きっ子な帝国さんがなぜ、ダルマティアくんだりまでやってきたのかだ』


『そうそう、そういう話だよ』


『今日は古典や文献引用が多いから、もう一つついでに引用しちゃおうかな。《昔、男ありけり。その男、身をえうなきものに思ひなして、京にはあらじ、東の方に住むべき国求めにとて行きけり。もとより友とする人、ひとりふたりして行きけり。道知れる人もなくて、惑ひ行きけり》。はい、ここ重要です。こんな感じで東の果て、正確には南よりだけど開拓しちゃうんだよね』


『俺、聞いておいてなんだが、帝国のダルマティア入植は棄民政策って聞いた気もするぞ』


『自分の身を役に立たないものと思い込んで、新天地かどこかでやり直そうって人を放っておくのは、棄民政策なのかってことだよね。それに後から棄民政策というレッテルが貼られたとしたら、誰か、あるいは誰か達の思惑が入っているということかな』


『しかし、なんというかそいつは相当な距離を歩いたな』


『なんだかんだで、太古のグレートジャーニーほどではないにしろ、二〇年かそこらはかかったんじゃないかな』


『なんならもっと手近な場所でもよかったろ』


『原因はワインだよ』


『どういうことだ?』


『その男はというか、帝国の臣民が住む上で必要なものはワインが生産できることなんだよ。カイソンくん。彼らにとってワインが作れぬ土地は住むべき土地ではない、不毛な土地と見做されていたんだ』


『おいおい、そんな馬鹿な話があるのかよ』


『今ではそんなこともないけど、当時はね。ただ、彼らのフォローをするわけではないけど、新規開拓していく場所ではさ、やはり水あたりの懸念なんかもあるから。安心して飲める飲料がどうしても必要なんだよね。時は金なり急がば回れだよ、カイソンくん。持続可能な農業基盤、生活基盤が揃ってこその入植だからね』


『まあ、頷けなくもない話ではあらぁな』


『じゃあ、場も温まってきたところで、最初のお便りを読み上げましょうか。ラジオネーム、ミランコビッチさんから、僕たちへの質問です』

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