第2話


「ルヴァイ、そこから離れろ。危ないから。」

 ロバートは、赤く燃える家を見つめるルヴァイを後ろにひきよせた。

「ねぇ、父さん。俺たちどうなってしまうんだろうね。」

「うん、まぁ。原始時代に戻ったってことなんだろうな、きっと。家電が無いってそういうことだろ?」

「原始時代って、裸で生活? いや、恥ずかしい~!」

 ルヴァイは、ノリで服を着た上に手で胸とお股を隠した。

「お前は男だろ。ま、知識と身体一つがあれば、何とかなるさ。たぶんな。……母さんはちょっと怪しいけどな。」

 相変わらず、状況を飲み込めていない母のローラ。ブツブツ独り言を言って、泣いている。精神的に落ち着いていない様子だった。

「ローラ、まんまと国の罠にかかってしまっているよ。あいつらはもう、俺たち人間だと思ってないよ。いなくても良い存在になっているんだ。精神的に弱らせて、そのまま天国に行ってくれるのを望んでいるんだ。そうなってはいけない。過去は過去、今をどうするべきかを一番に考えないと。もう失ったものは取り戻せない。何をこれから得るかが重要だ。」

 人間は、便利の頂点に来てしまった。天は見ている。楽はするべきじゃない。もう、ここからは人間として落ちていく世界だ。それに飲み込まれないように自分の生きるポジションをもう一度確かめよう。今、ここで出来ること。なんだろう。


 人は人から知識を得て、食べ物を食べて、よく寝て、成長し、またその繰り返し。その当たり前のことができない世界になるかもしれない。

 

この世界では、家族以外、外部の人と話すことを禁じる法律ができてしまった。

 その理由は恋愛をできないようにするため。

 結婚して、子どもを作ることを阻止するため。

 

もしかしたら、もうすでにはじまっているかもしれない。

 アニメの二次元の男性、女性が好きが増えている。

 人間関係のトラブルになるのを避ける。面倒なことはしたくない。

 傷つけたくない。そのように感じる人いますか?

 

 それは、世界の陰謀が入り混じって出来上がった感情かもしれない。


 ルヴァイたちは、自分たちの家が燃え切るのをじっと待ち続けた。何かを失うのは絶望の何物でもない。パチパチと火の粉が燃える。

「そろそろ、全部燃え切るよね。まだドローン来ないかな。」

「ルヴァイ、あまり期待しない方がいいかもしれないぞ。お金を支給されたところで働く人はいないんだ。どこでどうしろって言うんだか……。」


「全員に告ぐ! これから支給されるものはお金ではない。これまで使っていた紙幣や硬貨は無効となる。お金の代わりの金をそれぞれ配る。絶対に交換することのないように。交換したら、それは稼ぐと一緒だからな。」

「え、父さん。何のためにお金の代わりの金を持つの?」

「……つまりは俺たちは騙されたってことだ。お金を渡すから家を燃やすって恐喝と一緒だよな。使えない金をもらってもいらないよな。」

 ルヴァイとロバートは屈んでコソコソ話をしていた。

「そこ! 何をしている。不満があるのか!」

「え、いや、その、ズボンのチャック開いてますよって言うかどうか迷っただけです。」

 ロバートは男のズボンを指差した。恥ずかしいそうに後ろを振り返ってチャックをしめた。そう言っているうちに空から五~六機ほどのドローンが飛んできた。大きな袋が垂れ下がっている。ロバートの目の前にどさっと袋が落ちた。

「これが、金か。ま、使えない金でもコレクションって思えばいいか。」

 金の延べ棒が、五本ほど入っていた。時価約四千万円相当だった。これを持つことは禁止してはいないが、交換や買取などすることはできない。つまりは持っていても何にも交換することはできないため、コレクターがいても、全く価値のないものになってしまう。ロバートは今は使えなくても未来は変わることがあると信じて捨てなかった。他の住人は持つのは意味ないと返却するものもいた。

「これにより、国からの指示は以上だ。私たちが時々監視に来る。その時に何か法に触れることをしていたら、即刻処刑と処する。君たちは、私たちが来なくても空に飛んでるドローンたちに見張られていることを忘れずに行動したまえ! よし、行くぞ。」

 空には、何十台ものドローンが飛んでいた。赤くピカピカと光って、録画されているようだ。軍隊たちは、数台の戦車に乗って立ち去って行った。この国の監視下でどう生きる。


 ルヴァイたちは、その場に座り込んだ。どのようにこれから生活していくか。家電を奪われ、ローンをしてまで作った家を燃やされて、残るものはほぼ着の身着の儘の状態。物があっても活かされるのか定かではなかった。


 人は、何もかも失うとどうなるのか。便利とされるスマホ、車、家電、暖かい家。お互いに支え合って生きる家族。

「私、もうだめかも…」

「俺も…もう無理だ。」

 膝から崩れ落ち、その場で大人でも声を出して泣くものもいた。村のみんなは、正気で立ち続けることができなくなった。もう、目の前に起こっていることが非現実的すぎて受け入れられない者がほとんどだった。

「ねぇ、この金があっても、交換しちゃいけないんでしょ! ずっと持っていても活かされないじゃない! 稼いじゃいけないってどういうこと?」

 一人の女性が叫ぶ。それをなだめる夫。もう手の施しようがないと感じていた。

「もう、この国が決めたことなんだ。民主主義と言いながら、大昔と同じで独裁政権なんだよ。金はただの飾りだ。いくら欲しても活かすことのない。人間のほくろみたいなもんだ。増してや、このほくろも癌になることだってある。ほくろと金がおなじなら、その金は癌に侵されていると同じだ。もう、この国にはお金という価値すら奪い取ったんだよ。」

「どうしたらいいの。お金がない。金という代わりをもらっても、それは偽物。私たちは騙された。住む家もなければ、生きる希望もない。食べ物もない。どうやって生きればいいの!」

 泣き崩れて、何度も叫んだ。生きるのに必要な衣食住のほぼ奪われた。将来の見通しも立たない。悪いことを何かをしようもんなら、監視されていて、すぐに処刑もしくは連行される。外にいるのに、まるで牢獄のようだった。

 

悪いことってなに。

 

 ただ、相手の頭を触れただけなのに…

 ただ、脇やお腹をこちょこちょしただけなのに…

 ただ、遊び半分でおバカって言っただけなのに…

 ただ、仲間外れの子をかわいそうって言っただけなのに…

 ただ、悪ふざけで靴隠しをしただけなのに…

 ただ、誰とも話したくないから、話さない空間を作っただけなのに…

 ただ、具合悪いから約束した日に行けなくて、断っただけなのに… 


 人間の小さなかけ違いのコミュニケーションでさえも、罰を与えられ、できないものは本当の牢獄に連れていかれる。それは、人間の判断でなく、ドローンに仕掛けられた監視カメラにボイスレコーダーに録画・録音されたロボットA iに判断されるというのだ。もう自由がなくなる。今まで平気でできていたおふざけ一つもアウト。処刑されるのは法律で決まっている刑の重さで判断される。人間一人一人に番号をふられ、個人的な内容も把握される。好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きな人、嫌いな人。好きな行動、嫌いな行動。

 この生き苦しさっていうのは、親からの説教を聞いているくらい苦痛なもの、いや、まだ説教で済むなら問題なかったかもしれない。

 国の奴隷だった。訳のわからない薬を注射しますと行列を作り、並んで、有無を言わせず、プスプス打っていく。打つものはロボットだった。注射を打たれるものは製造ラインのごとく行列を成して次々と打たれる。その薬が毒物だと知らずに。

 それは一ヶ月後に、ゆっくり進行していく。まずは、耳管に作用し、めまいがする。頭痛、耳鳴り。それが慣れてきたら、ゆっくりゆっくり膝の痛み、関節痛、ホルモンバランスの乱れ、性欲の減退、人への優しさの欠如、孤立、独立、突然の怒り。そんな状態で、村のすべてが乱れていた。

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