第0話 出会い(前編)

「っあ~!飲んだ~!!!」

真っ暗な飲み屋街に私の叫びだけが響き渡る。

飲んで食って叫んで、私、幸せ。

もうこれ逮捕されちゃうくらいの贅沢じゃない?

「終電もないし~。明日までどうしようかな~。」

見て。私の歩き方すっごいフラフラ。おもしろくない?…って誰もいないか。

でもね、聞いて?私だって独りで飲みたいわけじゃないの!分かる?

「毎日毎日、週末のソロ飲みだけが楽しみで働くなんて…。」

すっごくバカみたい。

「白馬の王子様が私を迎えに来てくれないかな〜。」

お城で家事も仕事もない生活がしたいわ〜。

お風呂は広くてー、ご飯も美味しくてー、それと…

「ふーん。社会人って大変なんだね。」

私の現実逃避は突然投げ掛けられた声によって遮られた。

呼び掛け主は、人のいない夜を良いことに大胆にも縁石に腰掛けてその細い脚を車道に投げ出していた。

「そうなのよ。あなたは?」

「大学生だよ〜。」

「今のうちに遊んどきなさい?」

我ながら偉そうな説教ね。自分ならうんざりしてるわ。

「そんなことより、なんでそんな普通に返事してるんだ?」そう思ったそこのあなた。

正直、こんな時間に一人でいる女に話しかける人なんてろくな奴が居ないわよね。それは分かってる。分かってるのよ。

でもね?これだけ言わせて?

この子、すっっっっごく可愛いの!!!!

もう、家に持って帰りたい!

連れて帰るんじゃなくて、持って帰りたいの!

ショートパンツから伸びてる足も細くて白くてえっちで〜、髪型もアシンメトリーなんだけど、左は肩くらいまでのセミロングなんだけど右がショートのツーブロックで耳が見えててえっちで〜、他にも…

「ねぇ、お姉さん。」

「あっ何?って、お姉さん!?」

こんな可愛い女の子にそんな呼び方させて、お金取られたりしない!?むしろ私から払おうか?

「そうだよ〜。だって私より年上でしょ〜?」

「あ、うん。多分ね。24歳。」

やばい。テンパりすぎて噛み噛み。

酔いもすっかり飛んじゃった気がする。

「葉那は?何歳に見える?」

「18とか?大学1年生くらい?」

「ぶぶー。20歳だよ。お酒も飲めるよ〜。」

この子、テンション高いと思ったら酔ってるのね。今ので納得がいったわ。

っていうか、一人称が名前なの?はなちゃんって言うの?

もう!可愛すぎ!

「こんな所で一人でいたら危ないわよ?」

「んーん?一人じゃないよ?」

「あら、友達と一緒なの?」

「違うよ?お姉さんと一緒なの。」

あああああ!!!かわいいいいいいい!!!!!!

さっきから可愛いしか言ってないのは分かるんだけど、ちょっと許して?

いや、もう可愛いんだから、そりゃ可愛いって言うしかないでしょ?

もう無理。結婚したい。

この子のためなら毎日働ける。

この子を養うことをモチベに365連勤でもできちゃう。

いや、でも二人の時間も大切にしたいし〜。やっぱり週休二日は欲しいかも。

記念日は仕事終わりでも良いレストラン予約して、クリスマスはちょっと豪華な料理を作って家のソファに座ってワインで乾杯するような本格派で…。

それで、年末年始とかの長期休暇は…ってダメダメ。いい大人なんだからもっと良識を持たないとよね。

「家とか近いの?もう終電ないけど…。」

「あのね、電車で二駅。」

「普段だったら近いけど、この状況だと外国くらい遠いわね。」

「おねーさんの家に泊めてー。」

「ごめんね。おねーさんも家が遠いからホテルに行くつもりなの。」

あと、その言葉は私以外に言っちゃダメよ?

たとえ女の子の友達にだとしてもダメよ?

「じゃあ一緒に泊まる!」

「…えっ。」

大丈夫?これでホテルに二人で入ったら捕まったりしない?

いやでも断る理由もないし、断ってここにずっといられても危ないし、なんならお金払ってでも一緒に…

「…嫌なの?」

「いえ!嫌なわけないです!ぜひ!一緒に!」

うん!早速予約可能なホテル探しちゃう!

最悪一人ラブホテルでいいかな〜とか思ってたけど、もう必死で良いホテル探しちゃう!

「あっ、ほらここ、今から行けるって。」

「え〜?どこどこ〜?」

「ちょっ!はなさん!?」

私が操作するスマートフォンを覗き込むように、肩口から彼女の頭が伸びてくる。

私の輪郭をくすぐる髪からはまるでシャワー直後かのようにシャンプーの香りが漂う。

子供っぽい言動とは裏腹に大きな胸が背中にのしかかり、大人の女性であることを精一杯主張してくる。

「ここから近いじゃん!」

そう言って無邪気に笑う彼女の口から漏れた吐息が耳を撫でる。

未だ醒めきってない頭は、僅かに残った理性を手放そうかとクラクラ揺れている。

「ほら、歩きましょ。」

ほんとに、もうダメ。無理。耐えられない。

肩に添えられた手を持ち上げ、これ以上の誘惑から逃れるために立ち上がった。

「お泊まり楽しみだね〜。」

って、振り下ろすために掴んだ手を握り返すな!心臓に悪い!ねぇ、ホントに無自覚?酔ってたらみんなにこんなことするの?この子。

「…そうね。」

この1発のカウンターで格付け完了。

私はこの子には一生勝てない…。

「出発しんこー!」

私の心を知ってか知らずかの満面の笑み。

彼女は繋いだ手をおおきく振りながら歩き出した。

「れっつごー!」

私も年甲斐もない掛け声を負けじと上げる。

いい歳して年下の女の子に振り回されてる。

でもそんなことより感じたことがないようなワクワクが心を支配していた。

彼女と同じように1歩を踏み出す。引っ張られるんじゃなくて、隣を歩けるように。

いつの間にか絡んでいた指には気付かないフリをすることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る