第3話 姫と騎士
私はマーサと共に、盗賊の一人に連れられて盗賊団の団長の天幕に来た。
「団長、連れてきやしたぜ、例の姫様」
中から、入れ、という声がした。
怖い、マーサが一緒だからまだ冷静でいられるけど、ここは盗賊団のアジトだ。
私はどうなるかまだ分からない。
私はマーサの顔をみる。でもマーサは何も答えない。
「おい、姫様よお、団長が良いと言ったんださっさと入れ!」
私は盗賊に小突かれ、半ば強制的に天幕に入れられる。
天幕の中は私がさっきまでいた天幕よりも広い。
隅にはテーブルが置かれており、その上に地図が広げられている。
目の前には団長と呼ばれる盗賊の頭がいるのだろう。
私はその男を見ることができなかった。
私は再びマーサを見る、マーサは目をつぶっている。
私はどうしたら……。
次の瞬間、団長と呼ばれる男は声を上げた。
「馬鹿野郎! この人は俺の大切な人だと言っただろう! 丁寧に扱えとな!」
「へへ、すいやせん。俺っちはまだ盗賊のくせが抜け切れてなくて。って、すいやせん。そんなまじな顔しなくても……ひぃ、ごめんなさい」
私をさらったと思われる盗賊はすぐに団長と言われる盗賊の男に土下座して謝っている。
「まったく。それに俺じゃなくて、まず姫様に対して謝罪すべきだろうが、馬鹿者が!」
なに? どういうこと?
目の前の光景に混乱した。
きょとんとしている私を見て、目の前の団長と呼ばれる男は腰に帯びた剣を外しひざまずく。
「姫様。お忘れですか? 俺は貴方様のただ一人の騎士クロードです」
跪いたことで彼の顔がよく見えた。短く切られた赤い髪に。鋭い目つきだけど、どこか優しい目の。
「……え? クロード? あなた、生きてたの?」
記憶が蘇る。
思い出すと余計つらかったから、ずっと心に押しとどめておいた幸せだった記憶の一つ。
彼は私が6歳の誕生日の日にレーヴァテイン伯爵が見つけてくれた私のただ一人の騎士であった。
思い出した。あれはレーヴァテイン伯爵が生きてた頃の記憶。
…………。
「ひとりだけ! これじゃ戦力にはならないわ! この国を変えるには戦力不足なのよ! おじい様、彼一人では、力不足だと思います」
しまった。初対面の男の前で、教育係であるレーヴァテイン伯爵に対して、いつもの癖でおじい様と言ってしまった。
はずかしい、でも、私にとっては顔の知らない父である王よりもよほど身近なのだ。
落ち着こう、今は目の前に膝まづく騎士を見ないと。
「おいおい、お姫様、初対面でそれはあんまりだぜ。で、力不足だとしたらどうするんですか? 首ですか?
これでも俺はレオンハルト・レーヴァテイン伯爵の、いや、ふふ、お姫様のおじい様から公認を受けたんですがねぇ」
この男は私に対して敬意がない。言葉遣いが王族に対してのものではないわ。
いや、私は王族のなかでは最底辺。そうか彼は左遷されたのだ。だから私の騎士になった。彼も私と同じなのだ。
それに私も言葉足らずで失礼な態度だった。彼が弱いなどと言っていない。
彼はとても強い。彼の身体を見ればわかる。引き締まった肉体に大小様々な傷跡が歴戦のつわものを思わせるのだ。
それでも強さとは数である。私はそれが言いたかったのだけど、誤解はいけないわね。
「いいえ、首になんてしない。さっきのは謝ります。ごめんなさい。ところでおじい様、約束ですわ、忘れてはいませんね? 彼に魔剣を授けます。あなた、魔剣は持ったことがあって?」
それから一年くらい経った頃。
庭園から心地よい風が吹いてきて、ちょうどバルコニーにいた私の頬をなでた。
クロードの魔剣の風だろうか。彼は私の護衛の合間にも訓練を欠かさない。
主としては、ねぎらいの言葉を授けなければ。
庭園には汗だくで上半身が裸のクロードがいた。たくましい身体。
私は、ドキッとした。彼のことが好き? いいえ、そうじゃない。
ちょっと素敵だなと思っただけだ。
私には彼の様に剣を自由に扱えるだけの身体がないのだから。
そう、これは嫉妬よ彼の身体がうらやましい。それだけよ。
私がそう結論をつけようとしていた瞬間。
クロードは私に気付くと私の前に来て膝まづいた。
「これは姫様、見苦しい姿で無礼をお許しください」
「許さないって、何回言ったかしら。私の前で半裸はやめなさいって」
まあ、いつも私が貴方に会いに行ってるんだけどね。
「はは、姫様が悪いんですよ。俺の訓練を見ても楽しくないでしょう? まあ俺としては姫様の熱い視線は大歓迎ですがね」
見透かしてる様な顔で私に笑顔を向ける。
「わ、私は貴方の主で、その騎士の事を考えるのは当然の事でしょう?
ところで、貴方が使ってた魔剣、何番の魔剣かしら、とても綺麗ね、私にも使えるんじゃないの?」
私は話を逸らした。そういう会話はなんか恥ずかしいから……。
「おいおい、姫様、それはお転婆がすぎますぜ。これは正真正銘ルカ・レスレクシオンの四番の魔剣、エアーレイピアですぜ?
見た目よりは重いし、その細腕じゃ10年は速いんじゃ、いや、姫様なら2年か3年で使えそうなのが実際にこわいところですがね」
「そ、そう? 頑張ってみるわ。ところで実際には十番台の魔剣も何本か貰ってるのよね。貴方はそれを使いこなしてしまったから、おじいさまにお願いして次の魔剣を授けましょう」
「おいおい、姫様、騎士に授ける剣は一本だけが通例ですぜ? ……それに、姫さん忘れたのかよ、この剣はあんたが初めて俺に授けた魔剣なんだぜ! 思い出とかあるだろう?」
思い出はある。けどそれはいい思い出ではない。
「じゃあ、それはキャンセル。あの時私が持てた剣はそれしかなかったのよ。あなた笑ってたでしょ? ぷるぷると振るえる腕で剣の儀式をする私を。あれから身体も大きくなったし。
次は十二番の魔剣、魔封じの剣を貴方に授けます。これなら騎士の貴方に最適でしょう? 私もこれを持てるようになるまで身体を鍛えたんだから」
十二番の魔剣、魔封じの剣は騎士の剣に相応しい、立派なロングソードであった。
「はは、まったくお転婆な姫様だ。じゃあ、俺もありがたく頂戴するとしようか――」
その時、屋敷の奥から叫び声が聞こえた。
「大変だ! レーヴァテイン伯爵が突然お倒れに!」
…………。
そうね、これから私の人生は転落したのだった。
数か月後に、おじい様は死んだ。
その後、クロードは後ろ盾のない私から引きはがされてしまった。
無謀な魔獣討伐任務に駆り出され死んだ、はずだった。
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