完全栄養食育ち、現代日本で食い倒れてるってよ。

@ryourihatunenituyobi

第0話 完全栄養食。


 豊かな緑。光を反射して煌めく海。神々しい太陽とその時々で顔を変える空。その環境たちに囲まれながら食べるオイシイもの。


 母なる宇宙へ旅出た最後の純地球産人間種が絶えて既に400年と少し。人類の末裔である俺たちは食べるものに関して不測の事態に陥らないようにと完全栄養食で生死のサイクルを繰り返していた。ペーストで生きペーストで死ぬ。

 はじめはそりゃあもう反対派がものすごい暴動を起こしたらしい、食は生きる楽しみだ。無味無臭なものなど食べ続けられるわけがないだ、とかなんとか。特にイエローベース。

 そんな頑固な人たちも。一度食べ物の枯渇を経験すれば、生の食材よりも長く持ち、腹が満ち、足りない栄養のないペーストのありがたみがわかったらしい。納得したかは置いといて。以降食道楽の乱は起こっておらず今日まで平穏の極みだ。

 そして運命の仕業か政府の企みか。ある日突然データの保管ベースから食に関するデータがなくなったのだと授業で教わった。


 食という娯楽がなくなったからか否か、現在我が国では紙面的娯楽が大変好まれている。そりゃもう異常なほど。これで娯楽を満たすほか、持て余した時間の使い道がないとも言う。


「────・・・ダメだ、全く創造つかない。」


 最低限の光源の下、広げていたウィンドウを前に俺は頭を抱えていた。食事なんてただの栄養補給でしかない。生きながらえる為の行動。これに娯楽性を見出したご先祖様方は余程暇だったに違いないが、このネタは数ある紙面的娯楽の中であまり触れられておらず独自性を出すにはあまりにもちょうどよかった。


 俺は青年期と成ってだいぶいい時間をくった。学生の頃から運動はからっきしで、その代わりと言わんばかりに評価され続けてきた絵で食っていく。そう宣言して卒業前から何度も出版社へ作品を出したがイマイチ鳴かず飛ばずの経歴で、次の作品で打たねば俺は親に船の修理・安定の為の技術部へ就職させられることが決まっている。それだけはどうしても避けたい。そうして、ありきたりのストーリーでは、リアリティのない絵では当たり前に売れないからとイロモノに手を出そうとしていた。


 誰も知らないものだからこそ無茶苦茶に描いてもいい。古い資料もない。あるのは昔々の人々が“食事”なるもので楽しんだという伝承だけ。


 ・・・、・・・・・・、しかしだ。俺はどうしてもその食事をしてみたくてたまらなかった。誰にも生み出せないものを作りたい。描写したい。唸らせたい。だって、じゃないと、娯楽に昇華できるものが描けないじゃないか。


 昔の人はこうも言ったそうな。凝り性のイエローベースには凝り性のイエローベースをぶつけるに限る。と。


 良い案が浮かんでくるのはどこでだろうか。ディスカッション中?読書中?それとも食事中?人によってはお風呂やトイレなどの密室だろう。かく言う俺は平凡極まりない人物に違いなく、そんな特異なことが浮かんでくるスペースは持ち合わせていない。

 ただ家の中をフラフラしていると心配でいてどこにも職に就かない息子へのふがいなさを怒りへと変換してる母親と、その母親に共感しながら見下した態度の透ける妹の話のタネになる。疑似重力とは違った空気の重さはとてもとても精神衛生上よろしくない。


 いっぱつ当てるまで待っててくれと身勝手に思いながら完全栄養食の入ったパックをすする。片手に収まる程度の大きさのパックは吸うために硬い円筒のついており、何かをしながら作業するには丁度いい。噛む必要もないほど滑らかで特筆すべき点もないペースト。食べ慣れたというべきか飲み慣れたというべきか悩むものの脳死で摂取出来て栄養満点なんて、嗚呼、素晴らしい。俺のように吸う人も居れば人にわざわざ皿に出して食器で食べる人も居る。稀有な人は固形化させたものを食べるらしい。赤ちゃんだって初めの数回は母乳でもすぐにペーストになるし、はじめからペーストを薄めたものの子も居る。介護や病院のごはんも粘度の差はあれどこれ。うーん、テーマを“食”にすると決めたは良いものの、現代人にとってやはりこれがマストなのでは?

 家を出て閑静とした通路をぼんやりと歩く。目的は資料室。通路の窓から見えるグラウンドでは作物の為にと永遠と光が降り注ぎ、機械を使って水やりがされている最中だった。俺もああしてちゃんと人のためになることをすれば幾分かましな家庭環境になるのだろう。今だって恵まれてはいるけれど、やはり母親はちゃんとした職業に就いてほしいのだ。安定した、父のように。しかし諦めきれないから期限付きで好き勝手を許してもらっているわけだが。許したとて、それはそれ、これはこれなんだろう。

 日の入り込む窓の影を踏みながら暫くすると家庭用ゲートとは比べるのもおこがましくなるほど大きなゲートが遠くに見えた。厳かな面構えは遠目に見ても近目に見ても存在感が素晴らしい。・・・それだけしか伝わらないけれど。


 前腕に装着してある腕時計型の身分証をゲートで読み取ってもらい、防犯上念のためらしい色彩認証をしてもらえば漸く入室できた。


 大昔の事を気にかける人間なんてそうそうおらず、故にもう何年も代り映えのしない資料棚の列を覗き込むと奥の方に珍しく人影が居り、その人物の前のデータがごっそりと抜けていることに気が付いた。

「(驚いた、この棚に俺以外の客が居るなんて。だってここは400年以上前の歴ヲタしか入り込まないし、それでもデータが変わらないからまず居ないのに。)」


 なんだか同志を見つけた気になった俺は嬉しくなって引き込まれるようそいつへと歩を進めた。一歩、また一歩と距離を狭めるに連れどことなく違和感を覚えたが気にしないフリをしてその真後ろまで近づいた。近づいて、しまった。


「ども、ここに人がいるなんてビックリしましたよ。君って歴ヲタ?それとも学者さん?」


 小声だがそう声をかけて肩に手をかけた所で目の前の人は大袈裟に肩を跳ねさせた。それと同時か少し早いか振り返ったそれは俺の顔を見るや否や大きくぎゃおだかぎゃあだか吠えたかと思えば意味の分からない言語を騒ぎ立てながら人にしては随分大きな身体で俺を連れてどこかへと飛び込んだのだった。


 俺を連れて。



「どうして。」


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