第18話 砂漠の魔獣編
結局、あれから二回ほど水を飲んだ。レージーラがやたらと嬉しそうな表情をしていた気がするが気のせいだろう。考えたら負けだ。水は水。それ以外の何物でもない。どんな汚れていた水分でも
「アズ、建物が見えるよ!」
午後の暑さが和らいできた時間、ボーッと歩いていた俺は話しかけられてふと立ち止まる。後ろを歩いていたレージーラが俺を追い抜いて立ち止まり遠くの景色を指差す。今まで疲労困憊って様子だったのに、疲れが吹っ飛んだようだ。
「ああ、だが、まだ遠いけどな」
「分かってるって蜃気楼だってこと。でも、このまま歩けば辿り着くはず」
「だな」
逃げ水とは違う。蜃気楼の先には本物がある。あと半日、長くて一日も歩けば間違いなく辿り着くはず。水の余裕はないけど、あそこまで行けば一息つけるだろう。走りたくなるほどのはやる気持ちを抑えながら歩きだすと、レージーラは鼻歌交じりにスキップを始める。どれだけテンションが上がっているんだよ。と思って見ているとすぐに止めてゆっくりとした歩みに変わる。
それはそうだ。昨晩、少し休憩したとは言え、十分な睡眠が取れたというわけではない。周囲に砂しか無いこんな場所に俺たちの生命を脅かすほどの強力な魔獣がいるとは思えない。そうは思っても、どうしても警戒心が働く。完全に落ち着くことなど出来ない。家の中でベッドの上で眠るのとは疲労の回復度が全く違う。
それでも、ゴールが見えてきたことで気持ちが高揚していた。二人とも殆ど休憩を挟まず歩き続けた結果、気がついたら日が暮れようとしていた。
「今日はここで野営するしか無さそうだ」
「どうしたのアズ。今までだったら一歩でも進まないと。だったのに」
今でも気持ち的には同じだ。だが、これ以上は注意して進む必要がある。と言うのも、魔獣が出るエリアに入ったからだ。父親の遺してくれた本の中に書かれている。ローディス王国側の砂漠との境界には魔獣が残されている。と。
夜、暗い中、魔獣に襲いかかられるのは結構面倒。だが、それはまだ良い。対処の仕方がある。それよりもっと面倒なのがホワイトワームの蟻地獄だ。流砂に飲み込まれてしまえば脱出するのが難しい。一応、落ちた場合の対処法は考えてはいるもののそんな一か八かみたいな脱出方法を試したいわけじゃない。
「ここからは、夜の移動はかなり
「そうかな。少しでも早く街に着いて落ち着きたいけど。もうちょっとじゃない。ここまで来て砂嵐で足止めされる方がキツくない?」
月が昇り始めている。ほぼ満月の灯りで進むことは出来る。とは言え、ホワイトワームの蟻地獄が進路上にあるか判断するのは難しい気がする。気がついたら体が沈み始めている。ってなってから後悔しても遅い。そのことを考えると、明日、日が昇るまで待つのが正解だけど、レージーラが言うように、いつ風が吹き始めるかはわからない。砂嵐が吹き荒れる中を進むのであれば、夜に進む方がマシとも言える。
「体力的に大丈夫なのか?」
「ロイヤルゼリーの残り、全部、食べよ」
俺とレージーラは最後の休憩を取ってから歩き始める。ゆっくりとしっかりと確実な歩みで。少しの間は集中力を保てていたが、徐々に意識が散漫になってくる。蓄積された疲労があるし、睡眠不足でもある。何事もないことは良いことではあるが、それが油断になってきて。
「キャッ!」
「どうした!」
レージーラの短い叫び声に眠気がすっ飛ぶ。振り返って剣を抜く。
「ご、ごめん。虫に噛まれたみたい……」
手の甲を見せてくるがよく見えない。が、気になることがある。
「虫はどうした?」
「はたき落として、踏み潰したけど。まずいの?」
「いや、そっちは大丈夫だと思うけど、それより傷とかはあるの?」
「もしかして血を吸われた?」
「血を吸う虫なら痛みを与えないで吸うからそっちの危険性は大丈夫。それより、もし血が出ているなら……」
言い終える前に気配を感じる。砂の中を何かが這って近づいてきている。それほど大きくはない。精々、手のひら、それより大きい程度。だが、数が多い。少なくとも三体以上の気配。
「逃げる?」
「いや、ここで何匹か倒した方が良い」
「わかった」
「待て。魔法は駄目だ。剣で倒す」
俺は砂から飛び出してきた何かを地面のゴミを掃くかのように一刀両断する。一体、二体……、五体を超えたところで、そいつらは俺たちより斬り殺した何かに対して襲いかかる。
「今だ。行くぞ」
「共食いかぁ」
走り出したりはしない。剣を抜いたまま歩き始める。時折、何かが襲いかかってくるが、剣先に飛び込んでくる。これが
いい加減、疲れてきた。剣先を振る。リュックから羊毛の切れ端を取り出す。汚れを拭き取ってから剣を鞘に納めようとして構え直す。
「アズ、逃げ切った。かな?」
「いや、面倒くさいのが現れたようだ」
俺は気配のする方に剣を向ける。今度の魔獣はそれまでの魔獣のように砂に隠れながら襲いかかったりしてこない。何故ならば、体が大きすぎて隠せないのだ。ミミズのような体型ながら、サイズが違う。人を丸呑みに出来るような体高、長さは人の身長の三倍以上ある。月明かりの中、堂々といや、偉そうに俺たちに向かって近づいてきている。
「もしかして、この魔獣って……」
「ああ、ホワイトワームだ」
「こいつ、蟻地獄に棲んでるんじゃないの?」
「夜になると腹が減って巣から出てくるんだろ。ほら、体の大きさ的にのんびり待ってて落ちてくる餌を食べているだけじゃ生きていけないんじゃないの? 人間の数倍もある図体を維持するためには結構な量の餌が必要なんだろうね」
「何、暢気なこと言ってるのアズ、その餌って私たちのこと……」
俺はホワイトワームが大きな口を開きながら突進してくるのを察知して、レージーラを掴んで横に躱す。
「ちょ、ちょっと先に言ってよ」
「魔法、使えるか? 炎系!」
「私のこと、誰だと思ってるの!」
口を大きく開きながら横を通り過ぎていったホワイトワームは、暫く進んだところで何も口にできていないことに気づいたのか、Uターンして戻ってくる。
「いっけー」
レージーラの炎魔法によって生み出された火の玉が、ホワイトワームにゆっくりと飛んでいきヒットする。炎が飛び散り月明かりに負けないほどの光を一瞬だけ生み出して消える。人間なら大ダメージを受けるほどの高熱だ。
「やったよアズ!」
「いや、まだだ」
仕留めたかに見えたが、ホワイトワームは怯んでいない。勢いを落としただけでノソノソと近づいてくる。突進してくる攻撃も脅威に感じたが、ゆっくりと近づかれる方も厄介。
「あれが効かない?!」
「いや、効いてはいる。撃ち続けるしか無い」
「でも、あと、一発が限度だよ」
「だったら、合図した時に撃ってくれ」
俺は剣を腰の鞘に素早くおさめ、リュックの中から
ホワイトワームの前に出て、意識をレージーラから俺に固定させる。所詮魔獣。臭いに反応して襲いかかってくるだけの存在。ノソリノソリと近づいてくる。さあ、勝負といこうじゃないか。人間と魔獣の命がけの闘いを。
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