勇者の息子は留まらない~婚約破棄されてギルドから追放されたので旅に出ることにしたら幼馴染がストーカーになりました

夏空蝉丸

第1話

 勇者の息子ってことで小さい頃から注目をされてきた。見知らぬ人に声をかけられたり、王城にて美味しい料理を食べれたりと良いこともあった。父親のことを褒められたり感謝されたりするのはとても嬉しかった。ただ、それは今は昔。


 勇者である父は俺が十五歳の時に死んだ。魔族との戦いで受けた古傷のせいだ。とかその時の呪いのせいだ。いやいや、単なる食あたりだ。とか色々と噂をされたが、真実は明かされていない。頑強だったはずの父はあっさりと死に、俺の手の届かないところで盛大な葬式が執り行われた。口を挟むことすら許されずに全てが進められ、最終的に父は王家の墓地の片隅に葬られた。


 残されたのは何もなかった。父は宵越しの金は持たない主義で、謝礼として受け取ったお金はその日のうちに使い果たすような人間だった。それでも、地上に平和をもたらした勇者は周囲に比較的温かく扱われ生活での苦労は全く無かった。


 そんな父は女性にも困らなかった。俺は自分の母親の顔がわからない。剣を握れる年になる頃には、生みの親は愛想を尽かしていなくなっていたからだ。その後も、二人、三人と代わるにつれ、家に住んでいる女性の名前すら覚えることを止めた。無駄だと悟ったのだ。いつまでいるかよくわからない人間の名前を覚えることが。


 そんな感じだったから、父が亡くなった俺の引き取り手などいなかった。幸いなことに十五歳となっていたから一人で生きていくことにした。冒険者ギルドに入り働くことになったのだ。父とパーティーを組んでいた老齢の賢者が、ギルドの相談役をやっていたからそのコネで入れてもらえたのだ。だからと言って俺の保護をしてくれたわけではない。単に働く場所を与えてくれただけのことだった。


 ギルドの勇者パーティーに入った俺は、王都の近郊にあるダンジョンに潜り、金になるものを集めてくるのが仕事になった。正直、退屈な仕事だった。俺は荷物持ちをやらされ、ひたすら雑用をやらされるだけだった。


 もう、こんなダンジョンに残されたものなど殆どなかった。金目のものは父の代に取り尽くされている。武器や鉱石などが見つかることは稀で、いつもは薬草になるコケ類や魔鉱石――魔力が含まれた石――を収集するだけだ。それにダンジョンの中には大した魔物すらいない。父らの功績でダンジョンに逃げ込んだ魔族や魔物もほぼ全滅させられていたのだ。父らが参加した魔族との大戦で大勢の人間が亡くなったが、その御蔭で地上には平和がもたらされていた。


 俺は隠れて剣と魔法の修練を積んでいたが、誰にも知られないようにしていた。冒険者ギルドでは賢者以外に俺のことを気遣ってくれる人間がいなかったし、平和な時代は剣の強さだけが求められるわけではない。ギルドの勇者パーティーのリーダーは、この国の公爵の三男だ。弱いというほどではないが、大戦の時代であれば三日と経たずに屍になっているであろう程度の強さだ。俺なら目隠しをしていても余裕で勝てる。


 そんな男がパーティーのリーダーをやっているのは公爵バックがいるからだ。剣で打ちのめすことは容易だが、そんなことをしても意味がない。命令されてムカつくことも沢山有るが、一撃で倒せると思えばなんとか我慢ができる。もし、できなくなったらぶちのめすだけだ。


 それに俺には時間が必要だった。リーダーの言うことを素直に聞いて時期を待っていたのだ。独り立ちすることができるようになる時期を。


 本当はすぐにでもこのギルドから飛び出しても良かった。そうしなかったのは、金がなかったからだ。父は魔族を倒し、莫大な富を得たはずだったが、死んだ時には借金しかなかった。それを肩代わりをしてくれた賢者には恩があった。口を利いてくれたギルドを逃げ出して顔に泥を塗る訳にはいかない。何故か賢者の依頼めいれいで俺より一つ年下の孫娘と婚約させられたのはちょっと困惑したが、そのうちに気が変わるだろうと黙っていることにしていた。


 ★ ★ ★


「おいアズ、ロッドのチャージは終わってるんだろうな」


 勇者パーティーのリーダーであるホーテー=ドンチーに言われて俺はうんざりした。ダンジョンで収集してきた魔鉱石を利用して使い切った杖へ魔法を充填チャージするのはギルドの重要な仕事だ。


 杖は元々は武器として使用されていたものであるが、現在では生活に使用されている。土木工事において、穴掘りの杖は必須の杖であるし、火小杖マッチは煙草を吸うために使用するだけでなく、家事にとって大事な火を起こす道具として使われている。


 その他にも強力な杖もあるが、強力な杖であるほど王国の管理も厳しく、チャージする仕事などギルドには回ってこない。それらは主に王国魔導院の仕事だ。


 よって、ギルドのメインのチャージは、マッチがメインとなる。百本単位で売るような代物で当然安い。熟練の魔法を使えるギルドメンバーであれば一日に何万本も作れるという話だ。


 俺も本気を出せばそれくらいできると思う。けれども、大量にチャージをするとどうしても雑になる。一般的に百本同時にチャージすれば、数本はチャージされていないのができる。そのかないマッチを売る訳にはいかないから、俺は十本ずつチャージをすることにしている。そして、全部チャージされているのを確認してから次のチャージに取り掛かる。


 これが、ホーテーに言わせると遅いらしい。自分ならばもっと効率よくチャージすることができると吹聴しているのだ。


 ならば、勝手にやればいいのに。黙ってギルドの仕事をすれば良いのに。


「終わってる」

「これだけか。役立たずめ」


 ホーテーが偉そうに言ってくる。だが、言い返す気はしない。俺は黙ったまま作業机の整理整頓を行う。綺麗に使えば明日も気分よく仕事ができるから。


「ほんと、お前みたいな使えない奴をギルドに置いてくれることにマスターに感謝した方が良いぞ。理解しているのか?」


 厭味ったらしい口調で行ってくる。多分、ストレスが溜まっているのだろう。公爵家の子息と言えど三男。冒険者ギルドの勇者パーティーのリーダーって肩書は聞こえは悪くはないが、実際は公爵家から出て暮らしている身。もし、長男と次男が急死することでもあれば呼び出されることもあるかもしれないが、今のところはそんな可能性はなさそうだ。


 だからと言って、俺と同じってわけでもない。向こうはあくまでも貴族。既にそこそこの財産の分与も受けているから金もある。B級冒険者の資格も得ているから、E級冒険者の資格しか無い俺なんかとは格が違う。


「ほんと、可愛そうだなお前は。勇者様と言えば、この国の救世主であらせられるのに、その息子は無能でボンクラ。血筋だけを頼りに生きて行くしか無いとはな」


 どっちが血筋で生きているのやら。言いたくなる言葉を飲み込む。冒険者の資格も金で手に入れたようなもの。こいつがやっているのは冒険者ごっこのようなもの。そんな男をリーダーにしているのも金のため。ギルドは国からの補助金を受けている。その支払いが遅滞なく行われるのもドンチー家のおかげでもある。


「この役立たずは本当にどうしようもありません」


 ホーテーが演技がかった大きな声を出す。多分、その時に丁度建物に入ってきたギルドマスター代行とその娘に聞かせようとしたのだ。やることが相変わらずみみっちくてせこい。


「「お疲れ様です」」


 俺は立ち上がり、他のギルドメンバーと一緒に入ってきた二人に挨拶をする。それに対して二人は笑顔で答える。が、ギルドマスター代行はすぐに笑顔を消して近づいてくる。


「どうなさいましたホーテーさん」


 ギルドマスター代行がホーテーに話しかける。


 ギルドマスター代行は賢者の子息夫人息子の嫁だ。賢者本人はまだ存命ながら、高齢のため療養中で、その子息息子は王国魔導院の主任で多忙なため夫人がギルドを引き継いでいる状態だ。


 ただ、ギルドマスター代行と言っても名ばかり。実際にギルドの実務を仕切っているのは勇者パーティーのリーダーであるホーテーだ。と言っても偉そうに命令をしているだけで、ギルドの業務を理解しているわけではないが。


「いえね、このボンクラの仕事が遅いから指導していただけですよ」

「いつもいつも、ホーテーさんにはご迷惑をおかけします。このギルドが盛況でいられるのもホーテーさんのおかげですね」

「いえいえ、そんなことはございません。代行の自由を尊ぶ裁量のおかげです」


 ホーテーとギルドマスター代行の会話を聞いていると気分が悪くなる。悪酔いして吐きそうだ。


「アズもちょっとは、ホーテーさんを見習って頑張りなよ」


 ギルドマスター代行の娘、賢者の孫、つまり、俺の婚約相手であるレージーラ=レムネアが偉そうに上から目線で言ってきた。パーティーのリーダーであるホーテー、ギルドマスター代行、この二人からは立場上、偉そうに言われるのは仕方がないとは思っている。だが、この婚約相手にまで威張られる筋合いはない。ギルドマスターの孫であり代行の娘ではあるが、ギルドメンバーですら無い。単なる部外者。何も知らないのに口を挟んできている。


 普通の人なら怒るんだろうな。と、いつも思うのだが俺は何も言わない。無用な争いは好きではない。


「お嬢さん、あまりアズを責めないでやってください。本人は一生懸命にやっているのですから」

「流石、リーダーはお優しい」


 ホーテーとギルドマスター代行の会話を聞いていると、背中がムズムズとしてくる。スライムが背中に入り込んでいないか調べたくなる。もう、この場にいるのは耐えられない。さっさと帰らせてもらうしかない。


「代行、リーダー、本日のノルマ分は完了しましたので上がらせてもらいます」

「ちょっと待てよ。時間が来てノルマが終われば帰るのか? 少しでも多く仕事をしてギルドに利益を出そうという意識はないのか?」


 ホーテーが意味不明なことを言い出す。時間が来てノルマが終われば帰るしか無いだろ。内心呆れながらも言葉を選ぶ。


「残念ながら魔鉱石がありません。これ以上は作りたくても作れません」

「ったく。サボる時の言葉だけはいっちょ前だな」


 ホーテーに吐き捨てられるが全然違う。ダンジョンで採取した魔鉱石の量とお客さんからの発注量。そして想定される需要。それらを勘案して仕事の計画を立てているのだ。何も考えずに沢山作ればいいってもんでもない。


 俺はそれらの言葉を飲み込んで立ち上がる。今日はコイツラの顔はもう見たくない。俺が帰ろうとした瞬間に、ギルドマスター代行が周囲に聞こえるような大きな声を出した。


「ちょっと待ちなさいアズ。大事な話をします」


 ギルドの中を何事が起こるのだろうか。という空気が支配していた。


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