新設ギルド『断ち月』へようこそ
とととき
第1話 入れるギルドがありません
自分に力があったなら、何かが変わっていただろうか。
リリエリは、父のように立派な拳闘士となった自分を空想した。大いなる勇気を持って困難に立ち向かい、拳一つで竜をも沈める精悍な自分の姿。あり得たかもしれない自分の姿を一通り想像し、それからゆっくりと現実の自分に焦点を合わせた。
『ギルド除名決定通知』
深呼吸して、目を擦って、通知書を逆さまにして、光に透かしてみて、おまけに引き千切ってみても現実は変わらない。
C級冒険者リリエリは、本日付で無職である。
□ ■ □
「つまり、私は魔物と戦う力も勇気もないような意気地なしで、どうしようもなく冒険者に向いていなくって、中途半端に夢を見続けているだけのダメ人間なんですよ」
リリエリは愚痴った。先程からもうずっと愚痴っていた。そのうち半分の時間は泣いていて、もう半分は怒っていたが、そんなリリエリを止めるものは誰もいない。
ここは大都市サンデルヴィル中心区にある大衆食堂。人の入りも上々で、そこかしこで陽気な声が絶えず溢れている。ざわざわと賑やかな店内は、誰を気にかける必要もない絶好の愚痴スポットであった。
「まぁ、あれだ。自分の長所って、自分では見つけにくいものだよ。スイカが自分の種の数を知らないみたいにね」
例えが下手だな、とリリエリは思った。目の前でずっと自分の愚痴を聞いてくれている少女は、名をマドといった。肩ほどの長さの黒髪で、ボーイッシュな服装を好んでいる。トレードマークとなっているキャスケットは、今は彼女の膝の上だ。成人男性の冒険者が大多数を占める中、歳が近いリリエリとマドは互いに貴重な友人であった。
「『黒翼の獅子』だったっけ、リリエリがいたギルド。最近ギルドマスターが代替わりしたんだってね」
「そうです。それでギルドの方針が大きく変わったんです。魔物と戦っていけるような、強いギルドにしたいんですって。採取しかできない冒険者はきっといらないんですよ。そうでなくたって私、剣も魔法も使えないし、足だって」
「よーしリリエリ飲め飲め。今日はパーッとやろう、パーッと」
マドはリリエリのグラスにパーッとオレンジジュースを注いだ。彼女はリリエリが沈みそうになる度に、それとなく話題を変えたり飲み物を飲ませたりして方向転換を図ってくれていた。先ほどからずっとこんなやり取りが、おおよそ三分に一回くらいのペースで行われていたが、マドは根気強く、おまけにとても建設的な人間であった。
「それで、どう? 次に所属するギルドは見つかりそう?」
「ダメです」
食い気味な回答だ。一息でオレンジジュースを飲み干したリリエリの目は、しっかりばっちり据わりきっていた。
「ここ一月で七つのギルドに断られました。『採取専門の方はちょっと』。『魔物の討伐歴はないんですか?』。『『黒翼』を除名された方を受け入れると、上からの覚えが悪いもんで』。『足が不自由な冒険者を受け入れて、ウチで死なれでもしたら困るんだよね』。『採取依頼は儲からないから扱ってないんだ』。『子供は受け入れてない』。『冒険者をやめることをオススメします』。
……そして今日、八つ目のギルドからお断りの手紙を頂いたところです」
「オーケー。大丈夫。落ち着いて。深呼吸して。ほら、八つ首のドラゴンだって、結局は一つのギルドにしか所属できないんだから」
例えが下手だな、とリリエリは思った。それでも、マドが自分を慰めてくれていることは痛いほどに伝わっている。
だからこそ情けなくて仕方がなかった。
リリエリは採取専門のC級冒険者である。魔物と戦う力こそ持っていないが、薬草や鉱石の知識などは人一倍あると自負していた。実際、採取のみでC級のランクに到達したものは、歴史を見ても数えるほどしかいない。
リリエリは優れた冒険者だ。ただし、採取のみにおいて。
リリエリは右足が不自由だった。魔法の力がなければ、歩くことすら難しいのが実情であった。
そんなリリエリが、採取専門とは言えど、冒険者としてやってこれたのは、彼女の右足に刻み込まれた紋章魔術のおかげである。
紋章魔術とは、特定の意匠を組み合わせた紋章を介して魔法を行使する技術だ。広く人々に魔法の恩恵を与える紋章魔術は、都市の外に出て危険な仕事をこなす冒険者に非常に重宝されている。才がなくとも魔法が使えるという点で紋章魔術には大きなメリットがあったが、デメリットもまた小さくはなかった。
例えば、ほんの一部でも意匠が破損すれば魔法の発動はできなくなる、など。
……紋章魔術によって足を動かしているリリエリは、ほんのわずかな怪我であっても行動不能に直結する可能性があるのだ。
絶えず行動を余儀なくされる魔物の討伐は、リリエリにとってあまりにもリスクが大きい。これこそがリリエリが採取を専門としている理由の一つであり、また数々の冒険者ギルドに入会を断られている理由の一つであった。
「私は採取しかできない。冒険者として欠けているものが多いのは承知してます。それでも私は……冒険者でいたい」
「……うん」
「おばあちゃんに仕送りをしたいし、マドがいるこの街を離れたくないです。それに……私、お父さんみたいになりたい。困っている人の役に立てるような、立派な冒険者に」
それなのに。ほとんど吐息のような言葉を残して、リリエリは顔を伏せた。肩が震えていることに気づいているだろうに、マドは何も言わなかった。代わりに、そっとリリエリのコップにオレンジジュースを注ぎ足した。
「リリエリが頑張ってることはよく知ってる。だからこそ、今は前を見るべきだ。次の行動を考えなくちゃ」
「……マドってそういうところありますよね」
「ドライすぎるかな。嫌いになった?」
「まさか。マドのそういう前向きなところ、励みになります。……もう少しだけ、私のことを助けてくれますか?」
当然だよ、とマドは自らの胸を叩いた。
食堂は相も変わらず楽し気な雰囲気に満ちていて、誰も彼もが思い思いの話題に花を咲かせている。食事に誘ったのはマドからだった。マドは人が多いところが苦手だというのに、と不思議に思ったものだが、なるほど、こんなに賑やかな場所で落ち込み続けるのは難しい。
……これもマドの気遣いだ。食道に入っておよそ半刻ほど経ってようやくリリエリは親友の配慮に気がつき、面映ゆい気持ちになった。
店の中は厨房から漂う揚げ物の良い匂いに満ちている。なんだか急に空腹を思い出して、リリエリはポテトフライを注文した。しっかりと食事をとることも冒険者の基本である。食欲が戻ってきたようで何より、とどこか嬉しそうな笑顔を見せたマドもミルクを注文した。
「とにもかくにも、冒険者でいたいんだったら、入れるギルドを探さなきゃいけないよね。今、『黒翼』を含め九つのギルドが駄目で、……リリエリは魔法系ギルドに興味ある?」
「魔法系って、マドが入ってる『銀楼館』みたいなところですよね。たぶん、入れないと思います。私、足の紋章魔術を動かすことに魔力を割いていて、他の魔法は……」
「となると、やっぱり『黒翼』みたいな総合的なギルドしかないか。じゃあ、この街で候補になりそうな他のギルドは、……あれ?」
マドは指折り数えた。一から始まって九で止まる。この動作を二回ほど繰り返し、間でウェイターからポテトとミルクを受け取り、もう一度だけ指の本数を数えてから、マドはミルクを飲んだ。優雅とか、穏やかとか、そういう形容詞がつきそうな動作だ。ゆっくりと木製のマグが傾く。マドの喉が上下するのが見える。
ふう、と一つ息をついたマドは、店内の喧騒にも負けないほどにきっぱりとした口調で言った。
「この街にはもうギルドがないね」
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