第111話 対になる物(ヒューバートside)
エバンズがラファエル殿の背中から飛び降り、アリスに手を伸ばす。まるで時の流れが鈍重になったかの様に、全てがゆっくりに見えた。
アリスの胸に槍が突き刺さるのを見て、私の頭の中は真っ白になった。何が起きている。それもほんの僅か。ラファエル殿が『ヒューバート、しっかりしろ!』と鴉を追いながら、私の脳に声を響かせた。
私はハッとし、ラファエル殿を見下ろす。
『ヒューバート、儂が鴉を追い込む! 小僧! 行くぞ!』
レオンが即座にラファエル殿の指示に従い鴉を追いかけ、雷魔法を放つ。
鴉はちょこまかと飛び回っていたが、急下降し人の姿に変わると、その手に魔女の杖の様な物を現した。
杖を振り攻撃魔法を放つ。ラファエル殿は大きな身体でありながらも、それを見事に避けていく。次々と放たれる魔法に、私も防御魔法を使いつつ、剣に魔力を込めて鴉男に向かって薙ぎ払う。
鴉男は私の攻撃を辛うじて躱しながらも、確実に追い詰められていた。
「よくも娘を……! お前は私が成敗する!」
「ふははは! あれはお前の娘か! 心臓を貫いた! もう生き返れやしない! ふはははは!!」
怒りの余り脳が痺れる。鴉男の高笑いに、私は剣を振り上げると同時に魔女達の声が氷の間全体に響き渡った。
「「コレット・イリスを西の魔女とし、ここに認める!!」」
四色の魔力を含んだ光が氷の間に渦巻いたかと思うと、赤髪の少女に吸い込まれる様に光が消えた。
それを見た鴉男が叫ぶ。その声は、東の魔女であろう女の声に掻き消される。鴉男が赤髪の少女の元へ走り出したが、レオンが鴉男の前に立ちはだかり、行く手を塞いだ。
「どけぇぇぇえええ!!」
鴉男はレオンに向かって杖を振ろうとした。が、ラファエル殿が鞭のような尾で、その杖を吹き飛ばした。
突然、手から杖が消えたことに驚いたのか、一瞬、隙ができた鴉男に、私は魔力を込めた剣を突き刺す。
鴉男がアリスを貫いた箇所と同じ、胸の中心部へ。深く。
耳を劈く叫び声を上げ、鴉男の身体が黒い塵の様に粉になって消えていく。
「安心しろ。お前の主人も、すぐにお前と同じ場所へ向かわせてやる」
完全に塵が消えてなくなるのを見届けて、私は魔女へ目を向けた。
南の魔女と共に戦う銀髪の少女を見て、すぐに北の魔女ナリシアだと分かった。
八百年前と姿に変わりがない。
違いと言えば、服装だけでは無かろうかと思うほど、何も変わりが無い事に驚いた。
だが、それ以上に驚いたのは、息子アレックスの瞳の色が変わっていた事だった。
青紫の瞳に金色の光を纏っている。角度によってその色が違って見える瞳は、紛れもなく【
アレックスが放つ魔術の速度は、普段の倍の速さだ。魔眼の力なのか、アレックスを包み込む魔力の流れも通常のアレックスとは違う事が分かる。
アレックスの攻撃を必死の形相で跳ね返すダリアを見て、私は目を見開いた。
ダリアの胸元にあるブローチ。
風の精霊王の言葉を思い出す。
『対になる物を、探せ……』
私は、あのブローチが対になる物だという自分の直感を信じた。
今のアレックスは両眼とも魔眼だ。ならば、あれを破壊出来る可能性が高いという事だ。
私は大声で息子の名を呼んだ。
「アレックス! 東の魔女のブローチを破壊しろ!」
アレックスは動きを止めるとこ無く、ダリアに攻撃を続ける。
聞こえているのかすら、わからない。すると、私の言葉に北の魔女が「あれがダリアの依代か!」と反応した。
「ダレーシアン! ダリアのブローチだ! あれがダリアの依代だ! ルイス! あれを破壊するんだ! 我々が援護する!」
北の魔女は、アレックスを「ルイス」と自然に呼んだ。ルイス・ランドルフとアレックスは、確かに良く似ていた。やはり、あの少女が八百年前の少女と同一人物であると確信した。
私はエバンズとアリスの元へ走り寄る。
「ヒューバートさん……」
普段は自信に満ち溢れ、何があっても微動だにしない男が震え、涙で頬を濡らしている。
私はエバンズからアリスへと視線を向ける。
赤髪の少女が額に汗を浮かべながら、次々と魔法を紡ぐ。その詠唱は、聞いたことの無いものばかりだ。まるで手術をする様に白い光がいく筋もの糸の様に輝き、アリスの傷口に流れ込んでいく。
「……大丈夫……大丈夫です。アリス様は、必ず助かります……!」
誰にともなく赤髪の少女が呟く。
私は「ありがとう。頼む」と囁く様に伝える。
アレックスへ視線を向ける。
南の魔女と北の魔女に加え、魔眼を持ったアレックスが三人掛で攻撃しているというのに、ダリアはまだ戦っている。
それだけ魔力が強いのだろうが。何よりアレックス達は、ダリアが放つ黒魔術に苦戦している様にも感じた。
「エバンズは、そのままアリスに付いてやっていてくれ」
「……」
「私は息子を攫い、娘を瀕死に追いやった魔女を、許さない」
私はエバンズの肩に手を乗せ、ポンと一度叩き、そのまま掴む。
「頼んだぞ」
「……はい」
私は口角を上げ、一瞬だけ笑みを見せる。そして、そのまま立ち上がり、アレックス達の元へ向かった。
闇の魔術の詠唱をしながら。
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